第211話 賢者は所内を視察する
翌日、私は研究所へと赴いた。
王都全域の地下を研究所とすることで、所長の力はさらに上がっていた。
もはや最大最強の防衛力と称してもいい。
彼女に知られずに研究所へ潜入することはまず不可能だろう。
私が真剣に突破を試みても、それなりに手間取るはずだ。
幹部達ならまず誰も敵わない。
安心して遠出できるのは、ひとえに所長のおかげであった。
研究所の入口を越えたところで、さっそく所長が出迎えに来た。
彼女は揉み手をしながら頭を下げてくる。
「これはこれは! 魔王様、ご機嫌いかがでしょうかっ!」
「いつも通りだ。所長こそどうなんだ」
「私はいつだって絶好調ですとも! 何と言っても不死者ですからね。疲れや病気知らずで、いつだって働いておりますよ!」
所長は自信満々に答える。
人間だった頃の彼女は、不屈の精神力で肉体の負担を無視していた。
現在はそういったこともなくなり、さらに生き生きとしている。
疲労を感じない体質を最大限に活用しているようだ。
とは言え、心配しなくてもいい理由にはならない。
不死者でも不休で動けるわけではないのだ。
私はそれとなく所長に忠告を行う。
「……たまには休暇を取るべきだと思うが」
「お気遣いありがとうございます。ですが私は研究が大好きです。忠誠心や義務感で頑張っているわけではありません。この環境で自由に研究できることが、私にとって何よりの癒しです」
「無粋な助言だったな。すまない」
「何をおっしゃるのですか! 魔王様は悪くありませんよ。こうして気を回していただけることに感謝しております」
所長は深々と一礼をした。
狂気的な研究欲で勘違いしそうになるが、彼女は根が真面目だ。
いつも低姿勢で、誰に対しても真剣な態度を見せる。
人望もあり、所員からも何かと好かれていた。
そこまで考えたところで、私は辺りを見回す。
研究所内は、無数の所長ばかりが跋扈していた。
一般の所員がほとんど見当たらない。
感知魔術を使ったところ、大半が出払っているようだった。
「今日は職員が少ないのだな」
「たまたま有給休暇が重なったそうです。あ、もちろん研究所の業務に問題はありません。私がしっかりと受け持っていますからね!」
「だろうな。その点については心配していない」
所長は研究所の管理を徹底している。
何か不備があれば、すぐさま解決していた。
施設の責任者として非常に優れている。
そして彼女自身が働き詰めとなっている一方で、部下には積極的に休みを取らせていた。
少しの体調不良も見逃さず、常に最適な労働環境を構築しているのだ。
表面的な能力だけで判断した場合、所長は非の打ちどころのない配下だろう。
私や他の幹部を凌駕する適性も数多い。
そんな所長と共に、私は研究所内を視察していった。
歩きながら様々な開発や研究を見学する。
所長の止まらない説明及び雑学に耳を傾けながら、書面だけでは分からない部分を確認した。
ひとしきり巡ったところで、私は此度の訪問の本題に入る。
「ところで、彼女の部屋に向かいたいのだが……」
「監視を中断するのですね! 了解ですっ!」
「助かる」
所長は事前に察していた。
半ば恒例の流れなので、説明の手間も必要ない。
私は所長に別れを告げて転移する。
向かう先はこの施設に囚われた獣――グウェンの居住空間だった。




