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処刑された賢者はリッチに転生して侵略戦争を始める  作者: 結城 からく
第七章

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第209話 賢者はさらなる進出を企む

 その日、私は城の一室で寛いでいた。

 少し前に設けられた遊戯室だ。

 部屋には他にもディエラとヘンリーがいた。

 二人は、真剣な面持ちでテーブルを挟んで対面している。


 テーブル上には、いくつもの升目で均等に区切られた盤が置いてあった。

 白と黒の駒が不規則に並んでおり、ディエラ達はそれを交互に動かしている。


 あれは戦争を縮小再現した遊びだ。

 ジョン・ドゥの記憶にあったものを再現し、それを幹部達が独自に改良したのである。

 内容としては、魔王軍と人間軍が戦うというものだ。


 魔王軍は開始時点で駒の数が少ない。

 ただし相手の駒を倒すことで、アンデッドの駒を追加できる。

 アンデッドの駒を合成すれば、強力な駒を増やしたり、倒されたアンデッドの駒を復活させられる。


 加えて一部の駒は、特定の駒にしか倒されない特性を持っている。

 最終的には数で圧倒できるため、特に終盤においての蹂躙が強い陣営であった。


 対する人間軍は、開始時点の駒数が多い。

 動きが特殊な駒が多く、固有の能力を持った駒も多い。

 さらに逆境に追いやられることで、英雄に覚醒させることもできる。

 序盤はもちろん、終盤になっても強い陣営だ。


 最近は、この遊戯が魔王軍の間で流行していた。

 誰もが様々な工夫を凝らして対戦が実施している。

 一見すると遊びに過ぎないが、これがなかなか馬鹿にできない。

 戦略眼を養うことができるのだ。

 楽しみながら学べるために好評だった。


「ぬぬぅ、この局面は……」


「早くしろよ。長考はなしって、あんたが決めたろう?」


 ディエラとヘンリーの戦いは白熱していた。

 私は盤上の展開に注目する。

 現状、人間軍を指揮するヘンリーが優勢だった。

 数々の英雄駒を生み出して、次々と魔王軍の戦力を削っている。


 やがて勝敗が決した。

 結局、戦況が覆ることはなくヘンリーが勝利した。

 盤上では、戦線を押し込んだ人間軍が魔王の駒を打ち倒している。


 ディエラは床に倒れ伏していた。

 彼女は手足を振り乱しながら暴れて、大声で再戦を希望していた。


「魔王軍は弱いのじゃ! 今度は吾が人間軍を使うっ! そうすれば絶対に負けぬ!」


 とても先代魔王とは思えない台詞だが、口出しするのも野暮だろう。

 それだけのめり込んで勝負しているということだ。

 陣営を入れ換えながら五連敗ほどしているが、深くは考えないでおく。


 駒を並べ直す彼らを見て、私は腕を組み直す。


(……平和な風景だ)


 窓の外を眺める。

 午後の城下街は今日も人々が往来していた。

 そうして豊かな暮らしを送りつつ、都市の発展に貢献している。


 外世界の獣を討伐して一年が経過した。

 大陸では特筆するほどの争いは起きていない。

 各国は復旧作業に追われており、小競り合いをしている暇がないのだ。


 魔王領からも散発的に攻撃を仕掛けていた。

 滅ぼさないにしろ、各国には常に消耗を強いている。

 上層部は悲鳴を上げているだろう。

 彼らは目論見通りの政策を立てられず、国力の回復に力を尽くしている。

 歪んだ形ながらも、確かな平和が生まれていた。


 大陸の外も似たような情勢だ。

 獣達がもたらした被害は甚大である。

 加えて彼らを迎撃した防御機構が、少なくない破壊を行っていたのだ。

 二重苦を受けるのは、人間の国々であった。


 国は物資を放出して復旧に取りかかっている。

 皮肉なことに、経済面では良い循環が起きているらしい。

 相対的に国民の生活は改善されたそうだ。


 獣の一件以降、魔王軍は大陸外にも遠征して侵略を行うことがあった。

 ただし本格的な攻撃ではない。

 最新兵器で攻め込み、一時的にその地域を支配するだけだ。

 そして相手の軍隊の反撃を受ければ、即座に撤退する。


 もっとも、場合によっては長期的に支配することもあった。

 現在では実質的な魔王領となっている場所も少なくない。

 しかしそれは、元々の治安が劣悪で、様々な問題を抱えていた地域が大半だ。

 そういった場所を拝借し、別大陸における活動拠点と定めている。

 各国に警戒心を抱かせる要因にはなれど、国営の妨げにはなっていない。


 結果、この一年で魔王軍を危険視する国は急増した。

 大陸の外からも命を狙われるようになったが、これらはすべて思惑通りである。


 この大陸では、私の活動によって戦争が激減した。

 国家間の戦争は皆無となり、人々は正義のために取り合おうとしている。


 私は、同じことを別の大陸でも始めるつもりだった。

 掲げる望みは、世界平和のみ。

 その実現を、ようやく視野に捉えることができた。

 あの人のためにも、必ず成し遂げるのだ。


「のおおおおああああっ! どうして勝てないのじゃあああああッ!?」


 ディエラの絶叫で我に返る。

 椅子から転げ落ちた彼女が、涙を流して悶えていた。

 どうやらまた敗北したらしい。

 思考を遮られた私は、指先で側頭部を掻いた。

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