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処刑された賢者はリッチに転生して侵略戦争を始める  作者: 結城 からく
第六章

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第207話 賢者は偽りの神を斬る

 黄金の塔が左右に裂けた。

 自重で裂け目が広がっていく。

 やがて轟音を立てて、完全に真っ二つとなった。

 砂煙が舞う中、私は剣を構えて注視する。


 間もなく塔の断面から人型が浮き出てきた。

 曖昧な輪郭だった。

 身体の凹凸からして女だろうが、目や口といったものがない。

 色見は黄金だが、泥人形のような造形であった。


 人型が首をこちらに向ける。

 敵意は感じられず、ただ茫然と見つめているようだ。

 私は問いかける。


「偽りの神だな」


「――なぜ。これが、人々の、幸せ」


 私の言葉には応じず、偽りの神は呟く。

 澄んだ少女の声だった。


 私は彼女の主張に違和感を覚える。


「幸せだと?」


「――すべてが、ひとつ。みんな、一緒。死の恐怖、ない」


 偽りの神は、途切れ途切れに語る。

 それは彼女が人々を取り込んでいた動機だった。


「――魔王、邪魔を、する。これで、みんなを、救えるのに」


「お前の糧となることは、決して救いではない。ただの生存放棄だ」


 私は淡々と否定する。

 偽りの神は、首を横に振った。


「――違う。みんな、生きている。ここなら、死なない。永遠の、命」


「物理的な話ではない。精神的な部分だ。命の尊厳が侮辱されている」


 私は反論しながら自己嫌悪を認めた。

 人間をアンデッドに変貌させておきながら、このような言葉を吐けるとは。

 生命を侮辱しているのは、他ならぬ私自身だった。


 それでも私は伝えねばならない。

 偽りの神は、正しくない。

 自らに言い聞かせるように主張を続ける。


「お前は、過去に無数の世界を喰らってきたのだろう。そうして蓄えた命を力として、新たな世界を貪る」


「――そうじゃ、ない。不安な、命を、守っている、だけ。みんな、喜んで、いる」


 偽りの神は震えている。

 両手で自らを抱き締めると、苦しげに呻き出した。


 私は構わず言葉を重ねていく。


「自我も感情も壊れて、存在が混ざり合った状態を肯定するのだな?」


「――死ぬのは、かわいそう。生きられるのは、たのしい。間違って、いない」


「そうか。お前の言い分は、分かった」


 私は話を区切り、肩の力を抜く。

 言い合いはここまでだった。

 互いの意見は十分に理解できた。

 これ以上の討論は不要だろう。

 その上で私は発言する。


「認めよう。私達は、同類だ。身勝手な主義主張で人々を救おうとしている。思想と方法が異なるだけだろう」


 私と偽りの神は、根本が同じだった。

 他者を救おうという考えを持ち、そのために手段を選ばずに暴走している。

 狂気に浸る自分を肯定し、理想を掲げて異なる正義を叩き潰そうとしていた。


「私達は命を背負っている。それも数え切れない数だ。背負った命を懸けて殺し合った」


 形見の剣の切っ先を、偽りの神に向ける。

 彼女は間合いの外だが関係ない。

 一瞬で詰められる距離だった。

 その命は、私が握っている。


「お前の背負う命と意志は、私が引き継ごう」


「――嫌。死にたく、ない。死ぬのは、とても、こわい。みんな、こわい」


「私はお前を逃がさない。諦めろ」


 転移で偽りの神の前に移動する。

 反応される前に剣を一閃した。

 黄金の体躯を斜めに切断する。


 跳ね上がった上半身は、地面に落下して転がった。

 断面から灰色の煙が溢れ出す。


「――あっ、あああ」


 黄金の塔が急速にしおれていく。

 あれだけの神秘性や威容が、見る影もなく薄れつつあった。

 輝きも失われて、どす黒く変色し始めている。


 横たわる偽りの神が腕を伸ばす。

 その手が何かを掴むことはなかった。

 彼女は弱々しく言葉を紡ぐ。


「――これが、死。みんなの、命が、消えて、無くな、る」


 儚げな視線が旋回して、私を捉えた。

 彼女は消え入りそうな声で告げる。


「――忘れ、ないで」


 その言葉を最期に、偽りの神は動かなくなった。

 断面から煙を発するだけとなる。

 やがて姿形が分からなくなるほどにしぼみ、体積を失っていった。


 死を確信した私は、形見の剣を鞘に収める。


「…………」


 辺りを蠢いていた触手も、とうに枯れ果てていた。

 発散された煙は、濃密な瘴気として蔓延している。

 私はそれらを余さず吸収していった。

 偽りの神の力が流れ込んでくる。

 それを体内で制御して、我が物として支配した。

 獣の力は、魔王の一部として浸透する。


 ――長きに渡った外世界の獣との戦いは、こうして終結したのであった。

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