第203話 賢者は塔を目指す
私は剣を携えて一歩踏み出す。
その瞬間、塔の反応に変化が起きた。
大きく振動を始めて、辺りに力を波及させる。
平伏する人々は恐怖に立ち上がると、悲鳴を上げながら塔に向かって殺到していく。
(不味いな)
私は魔術を行使して、人々の進路を塞ぐように幾枚もの障壁を造った。
そうすることで、彼らが塔に吸収されるのを妨害する。
これ以上、犠牲を増やすわけにはいかない。
ほどなくして塔から瘴気が膨れ上がる。
突如として、地面を割るようにして黄金の触手が現れた。
触手はあちこちから飛び出すと、人々を捕えて吸収していった。
僅かな血も残さず、綺麗に取り込んでいる。
偽りの神は、木の根のように自らを地下に張り巡らせていたのだ。
私でも気付けなかったということは、相当な隠密能力である。
動きを止めている間は、感知が不可能になっているのかもしれない。
(完全にやられた。罠だったか)
後悔する間もなく、黄金の触手は私も捕えようとしてきた。
一斉に迫るそれらを形見の剣で切断する。
触手に直接触れるのは危険だ。
おそらく私ですら吸収されるだろう。
存在ごと取り込まれるため、別のアンデッドから蘇ることもできない。
甘い見込みで突貫すれば、たちまち殺される。
(下手な防御は逆効果だ。斬り伏せるのが確実だろう)
瞬時に判断した私は、形見の剣を振るって触手を斬り落としていく。
ところが、触手は圧倒的な密度を維持して迫ってくる。
一向に数が減る様子がない。
いくら斬っても次々と地面から生えてくる。
その間にも人々が吸収されていた。
(このままだと手遅れになる。悠長にやっていられない)
焦りを覚えた私は、転移で一気に近付こうとする。
しかし、術が上手く発動しない。
体内の魔力が乱されているようだった。
間違いなく塔の影響だろう。
あらゆる防護を施しているにも関わらず、それでも不足らしい。
現状、高度な術は使用を制限されているようだ。
禁呪の発動も厳しそうだった。
仕方なく私は別の魔術を行使する。
使うのは中級の魔術に瘴気や魔力を込めたものだ。
多種多様な遠距離攻撃が、黄金の塔と触手に降り注ぐ。
圧倒的な破壊力を持つ魔術はしかし、余すことなく吸収されてしまった。
黄金の塔は傷一つなくそびえ立っており、触手も同様だった。
魔力や瘴気を伴う攻撃は、問答無用で糧にされるらしい。
(理不尽な能力だ……これが世界の意思か)
縦横無尽に襲い来る触手を斬りながら、私は街中を駆ける。
家屋の陰を縫うように疾走し、触手を掻い潜りながら接近を試みる。
しかし、一定まで距離を詰めたところで、途端に守りが厚くなった。
やむを得ず私は後退し、塔から見えない位置に退避する。
(能力はおおよそ把握できた。ここからが本番だ……)
人々の悲鳴や歓喜の声を聞きながら、私は思考を巡らせる。
ここまで泥臭い戦いをするのは久々だった。
とは言え、文句を言える立場でもない。
偽りの神は、よほど私を近付けたくないらしい。
中距離や遠距離での戦いを得意とするようだ。
すなわち私がやることは決まった。
距離を詰めて、物理攻撃で叩く。
形見の剣なら塔すらも斬れる。
ここまで来て弱音を吐くこともない。
滑稽なほどに劣勢を強いられているが、やるしかないだろう。