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第20話 賢者は勇者の意志を挫く

 勇者のそばに着地した私は、間を置かずに魔術攻撃を行う。

 瘴気の槍の十連射だ。


「ぐっ……くそッ」


 勇者は聖剣を縦横無尽に操る。

 彼は瘴気の槍を切断して霧散させた。

 そのままただの一つも傷を負わずにやり過ごしてみせる。


「ふむ……」


 私は無言でその姿を観察する。

 洗練された剣捌きだ。

 年齢からすれば天才の域とも言える技量だろう。

 あと五年ほど研鑽を積めば、さぞ立派な剣士に大成するに違いない。

 もっとも、彼の命は今夜で尽きる。

 それは起こり得ない未来だ。


 使っている剣は、ただの魔術武器である。

 そこに聖なる光を付与しているようだ。

 勇者として覚醒した際に習得した能力だろう。


(強力な破邪の力だな。不死者殺しに特化している)


 あの聖剣で致命傷を負うと、魂が損傷する恐れがあった。

 復活に支障が生じるかもしれない。

 不死身の特性を以てしても慢心できない相手だ。

 私という魔王を殺すために選ばれたのが、はっきりと分かる能力である。


「…………」


 勇者は聖剣を構えたまま、私を見つめてくる。

 何か言いたげだ。

 ここまでの行動からして、問答無用で攻撃を繰り出してくるかと思ったのだが。

 やがて勇者は、重い口を開く。


「なぜ、こんなことをするんだ……」


 勇者の発した疑問を聞いて、私は彼の心境を朧げながらも理解した。

 会話による時間稼ぎではない。

 彼は私が殺戮を行う理由を知りたいのだ。


 至極当然の心理だろう。

 答えずに攻撃することも可能だが、せっかくなので応じることにした。

 私にとっても、必要な行動だと思ったのだ。

 今代の勇者の言葉を聞いてみたかった。


 一旦剣を下ろした私は、勇者の質問に答える。


「私が魔王だからだ」


「お前のせいで、家族が死んだ。グールになった妹を殺さねばならなかったんだ……ッ!」


「そうか」


 私の行動によって、王国内では無数の悲劇が生み出された。

 アンデッドの軍勢で人間の生活圏を襲い続け、私自身が魔術で殲滅したこともあった。

 犠牲者は膨大だろう。

 私は償い切れない数の罪を背負っている。


 よく知っている。

 そうなると理解した上で実行してきたのだ。

 故に糾弾されようと動じない。

 すべての悪を承知で私はここにいる。


 勇者は平然とする私を見て唖然とした。

 そして、乾いた笑いを洩らす。


「ははは、心が痛まないのだな……さすがは魔王だ」


 勇者は不意に俯く。

 顔を上げた時、その目は強烈な殺意を湛えていた。

 聖剣の輝きが増す。

 勇者はその切っ先を私に向けた。


「俺は勇者。宿命に従ってお前を倒す」


 勇者は毅然とした態度で宣言した。

 微塵の迷いも捨て去った顔だ。

 その姿に懐かしさを覚えてしまう。

 かつての自分を見ているのではないかと錯覚させられた。


「…………」


 私は形見の剣に手を伸ばす。

 柄に指をかけて一気に引き抜いた。

 あの人と同じ構えを取り、聖剣の勇者と対峙する。


 互いに距離を保ったまま、沈黙が続いた。

 後方から喧騒が聞こえる。

 要塞の人間と魔王軍が交戦しているのだろう。

 そちらに意識は割けない。

 一瞬、気が逸れるだけで致命的であった。


「ハァッ!」


 先に動き出したのは勇者だ。

 彼は這うような姿勢から瞬く間に接近してくる。

 魔力の活性化を感知した。

 練度の高い身体強化を使っているらしい。


 私は素早く魔術を展開した。

 地面から黒い蔦が生え、勇者を拘束しようと蠢く。


「鬱陶しいッ!」


 勇者は小さく跳躍した。

 最低限の動作で蔦を切り払う。

 彼は地面を蹴り出してさらに加速した。

 そこから私を聖剣の間合いに捉えてくる。


(戦いの中で成長しているな……)


 最初に相対した時と比べると、反応速度が明らかに上がっていた。

 やはり勇者だ。

 世界に愛された不条理な正義である。


 だが、私に敗北は許されない。

 ここで滅びれば、またも惨劇は繰り返される。

 人間同士の争いが激化してしまうのだ。


 魔王のいない世界では、この勇者も過剰戦力になるだろう。

 強大な力に脅威を覚えた人々は、きっと彼の始末を目論む。

 かつての私やあの人が辿った末路である。


 そうならなかったとしても、都合のいい殺戮兵器として利用されるはずだ。

 敵対国との戦争に聖剣が振るわれることになる。

 どちらにしても多くの血が流れる。

 他ならぬ人間の所業でそれが行われていくのだ。


 そのような未来は望ましくない。

 私は何とか変えたかった。

 たとえ歪んだ構図でもいい。

 魔王という世界悪を建前にしてでも、人間には手を取り合ってほしかった。

 理想だけでは平和を語れないのだから。


「終わりだ、魔王ッ!」


 勇者は聖剣による斬り上げを放つ。

 私の胴を縦断する軌道だ。

 このまま何もしなければ、聖剣は今代の魔王を滅ぼすだろう。


(無論、そうはさせない)


 私は意識を集中する。

 斬りかかってくる勇者の動きを凝視していると、細かな挙動までが手に取るように把握できた。

 同時に私がどう対処すべきかも直感的に理解する。

 魂に宿る先代勇者の剣術が教えてくれるのだ。


 私は手首を返し、迫る聖剣の刃に合わせて動かす。

 互いの剣が衝突した。

 甲高い音を立てて火花が散る。


 聖剣の斬撃は、私の身体に当たらない。

 紙一重のところで、形見の剣によって食い止められていた。


「な、に……ッ!?」


 驚く勇者は、力任せに押し切ろうとする。

 しかし、聖剣はそれ以上動かない。

 交差する剣が擦れ合う音を鳴らすばかりであった。


「無駄だ」


 私は剣を振るって聖剣を弾いた。

 追撃を警戒した勇者は後方へ飛び退く。


 彼の頬に赤い線が走っていた。

 そこから僅かに血が滲む。

 こちらの刃が掠めたのである。


「…………っ」


 勇者は手の甲で頬を拭って出血を確かめる。

 彼は硬い表情で息を呑む。


 そこには魔王に対する恐れがあった。

 一瞬ながらも、敵わないと考えてしまったのだ。

 自らの死も連想しただろう。

 勇者だからと言って、絶対的な勝利はないと彼は気付いた。


「怖いだろう。恥じることはない。誰しもが持つ感情だ」


 私は形見の剣を悠然と構える。

 空いたもう一方の手は頭上に掲げた。


 周囲の空間がぶれると、数百にも及ぶ瘴気の杭が出現した。

 宙に浮かぶそれらは、四方八方から勇者を取り囲む。

 すべての切っ先が彼を狙っていた。


「なっ……」


 これには勇者も絶句する。

 彼は苦痛を堪えるように顔を顰めた。

 絶望に屈すれば死が待っている。

 たとえそれが分かっていても、心を奮い立たせることは難しい。


 人間の精神力は脆弱なのだ。

 私自身もそうだった。

 魔王討伐の際、道半ばで死なずに済んだのは、隣にあの人がいたからだろう。


 今の勇者は孤独だった。

 彼を助けに来る人間もいない。

 むしろ背後の要塞では、兵士達が勇者の救いを待っているだろう。


 太陽が地平線に沈み切るのを横目に、私は勇者に告げる。


「――これが魔王だ。お前に真の絶望を教えてやろう」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 形見の剣に名前があればいいね 「勇者は孤独だった」何か悲しいね
[気になる点] 魔王になった経緯は話せないにしても 先代魔王を倒した勇者と賢者が、冤罪を掛けられて殺されたくらいは話してもいいんでないの? 今代勇者の反応が見たかったな
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