第197話 賢者は世界事情に悩む
それからさらに三日後。
偽りの神が、大陸の外で本格的に動き出した。
いくつかの国をまとめると、連合軍を編成したのである。
連合軍はさっそく渡海を始めた。
私のいるこの大陸を狙っているのだろう。
戦力的にかなりの規模であり、英雄に匹敵する者も数多く参戦しているらしい。
本気で私を滅ぼすつもりのようだ。
(人々を守るはずの英雄が、あろうことか侵略者に加担するとはな……)
その事実に辟易するも、批難するつもりはなかった。
こればかりは仕方ない。
世界の意思という仕組みには、良くも悪くも人類の考えが反映される。
英雄を生み出したからと言って、それで事態が好転するとは限らないのだ。
その性質上、滅亡に繋がる恐れもある。
今回などが分かりやすい例だろう。
覚醒した英雄達は、自主的に獣達の陣営についている。
人類の業の深さを感じざるを得ない。
問題は連合軍の侵略そのものだけではなかった。
彼らはこちらの大陸の国々に対し、援護や物資提供を要請し始めた。
協力という名の雑務を押し付ける算段なのだろう。
さらに魔王領の資源の独占も宣言している。
当然、大陸内の各国はこの要求を拒否した。
事前連絡のない命令である。
魔王討伐が名目であれ、他国の軍に自国領を通過させることにもなり、様々な面で望ましくない。
何より傲慢な態度が、国々の強い反発心を招いてしまった。
要求を拒んだいくつかの国は、海に軍を派遣して展開させている。
連合軍の上陸を阻止するつもりなのだ。
密偵によると、迎撃まで視野に入れているらしい。
大陸内の国々は、魔王の滅びを歓迎する。
だが、それ以上に連合軍の介入を嫌っていた。
魔王領の利権を奪われることが許せないのだろう。
大陸内に限っても、苛烈な戦いが予想されるのだ。
海の向こうの軍隊までもが混ざってくると、いよいよ混沌とした様相を呈する。
このまま何もしない場合、大陸内外の国々の間で戦争が勃発する恐れがあった。
なんとも厄介な事態である。
おかげで魔王軍が早急に手を打たなければならなくなった。
(難儀なものだ。理想通りには動かないな)
魔王軍の出撃準備を眺めながら、私は苦い気持ちを抑える。
ここは王都外周に設けられた訓練場だ。
海へは相当な距離があるものの、私が魔術で転送するので移動の手間は考えなくてよい。
訓練場には、大量の船が用意されていた。
海上での戦闘を意識した武装も着々と整いつつある。
「大規模な戦争だ! お前ら、絶対に死ぬなよ!」
ヘンリーが指示の合間に士気の向上を図っていた。
それによって兵士達も要領よく進めているようだった。
場の緊張感は、適切な塩梅で維持されている。
私の隣にはディエラがいた。
仁王立ちで魔王軍の様子を眺めている。
今回は彼女も参戦するつもりだった。
獣の掃討する際、ディエラには王都の防衛を任せていた。
ほとんど留守番のような扱いである。
それが不服だったらしく、彼女から参戦を申し出たのだった。
「ところで、他の獣を放置してもよいのか?」
「問題ない。根回しをしてある」
私は大精霊を介して、他の防御機構に獣の殲滅を依頼していた。
偽りの神に関しては私が倒すと伝えてある。
一部の防御機構がこれに承諾し、各地で戦闘を継続していた。
基本的に融通が利かない存在だが、働きかければ動くこともあると分かった。
その旨を説明すると、ディエラは釈然としない様子で唸る。
「あの堅物共が動くとはなぁ……吾が現役魔王の際も動かなかったのじゃぞ?」
「大精霊の説得を信じるしかない。いざという時は、世界を人質に脅迫するまでだ」
「……何気にえげつない方法を考えておるな」
「必要な策だ」
やり取りをしつつ、私は感知魔術を使う。
連合軍がちょうどこの大陸に近付いてくるところだった。
向こうからも陸地が見えてきた頃だろう。
そろそろ戦争が始まる。
人間同士の戦いを、私が食い止めなければ。
私は全能ではない。
多少の犠牲は許容するが、散っていった命は必ず利用する。
決して無駄にはしない。
――私は、世界に平和をもたらすのだ。