第196話 賢者は獣の頂点を捕捉する
私は大精霊を注視する。
獣の出現以降、本体が姿を見せるようになっていた。
防御機構の顕現条件を満たしているためだ。
分体であるユゥラに憑依するのは、原則的に本体が活動できない時が多い。
したがって現状と矛盾していた。
その旨を問うと、大精霊は補足説明を加える。
「本体は別所で戦っています。今は意識を割いてユゥラに憑依しているのです」
それを聞いた私は感心する。
随分と器用なことをするものだと思うが、彼女ならそういったことが可能だろう。
納得したところで私は話を戻す。
「神はいないと言ったが、どういうことだ」
「そのままの意味です。別大陸にて降臨した神も偽者です。実際は外世界の獣でしょう」
「やはりそうか」
なんとなく予想は付いていた。
感知魔術は、神を名乗る存在を捕捉している。
その存在は特殊な力を内包していた。
まるで聖気のような反応だが、これは紛れもなく瘴気である。
すなわち相手は獣だ。
巧妙に偽装して、神のように振る舞っているだけだった。
そうなると一つの疑問が浮かび上がる。
「偽りの神は、仲間である獣を殺しているのか」
「はい。弱い獣を見せしめに使うことで、人間からの信頼を得る方針に切り替えたようです」
「なるほどな」
大精霊の意見は、ごく自然な流れだった。
獣の勢力は、決して一枚岩ではない。
多少の損害は許容し、先の展開を見据えた選択をしたのだろう。
神を味方にした人間と、邪悪なる魔王の対決。
この二勢力の戦いに持ち込みたかったに違いない。
(しかし、なぜ人間の信頼を得て、共闘関係を結びたいのだろうか?)
獣からすれば、人間は脆弱な存在である。
仲間を犠牲にしてまで手を組みたいとは考えにくい。
そうなると、人類を味方に付ける利点は限られた。
私は閃いた答えを呟く。
「――世界の意思が目当てか」
「おそらくそうですね。彼らは仕組みを理解して、後押しを受けるために人々の支持を集めたのでしょう」
私は精神世界でのグウェンとの会話を思い出す。
外世界の獣は、世界の意思を知っている様子だった。
何度も敵対しているようなことを仄めかしていたのだ。
今回は私の力を考慮した結果、その仕様を逆手に取ることに決めたのだろう。
私は他に気になっていた点を尋ねる。
「他の防御機構はどうしている」
「現状、危険な獣のみ駆除しているようです。偽りの神に干渉する気配はありません」
妙に消極的だ。
防御機構ならば、即座に対応するかと思ったのだが。
「なぜだ」
「偽りの神の標的が、あなた一人と明言されたからです。世界の存続とは直結しないため、殲滅義務は働きません」
大精霊の回答は、到底受け入れがたいものだった。
故に質問を重ねて追及する。
「私の死後、力を手に入れた獣達は世界の脅威となる。それでも静観するのか」
「防御機構の大半は、途方もない年月を生きたことで感情が摩耗しています。自らをただの装置だと考えている者も多く、柔軟な行動ができないのです」
大精霊が打ち明けたのは、自らの欠陥を認めるような現実であった。
彼女の内心が不明だが、決して嬉しいことではないだろう。
沈黙した私は、若干の気まずさを覚えながら確認する。
「……つまり、他の防御機構の助けは期待できないのだな」
「そうですね。魔王軍の戦力で対処するしかありません」
「分かった」
頷いた私は思考をまとめる。
全容は概ね把握できた。
とにかく、偽りの神こそ倒すべき対象だった。
感知魔術の反応からしても、最も強い獣である。
堂々と人間の頂点に君臨した挙句、侵略者の身でありながら魔王討伐を掲げている。
私の瘴気を得て何をするつもりかは知らないが、おそらく碌なことではあるまい。
ここで食い止めなければいけない。
取るべき行動は確定した。
あとは時期と状況を加味して、動き出すのみだ。
決戦の瞬間は、刻一刻と迫りつつある。