第191話 賢者は獣の目的を問う
大精霊と別れた私は、研究所の地下へと移動する。
具体的には、出入り口の無い密室だ。
数人の所長が作業をするそこは、グウェンの幽閉場所である。
中央の結界には、気だるげな顔のグウェンが寝転がっていた。
彼女は私を見つけると、ゆらりと手を振ってみせる。
「どうも、お疲れ様です……」
「大丈夫か」
私の言葉を聞いて、グウェンが片眉を動かした。
彼女は、どこか皮肉った笑みを張り付けていた。
小さくため息を洩らすと、鼻を鳴らす。
「よりによって、あなたが言っちゃいます? 本当に心配しているのなら、監視役を変えてくださいよ」
「それは無理だ」
「ですよねー。分かってましたよ、ええ」
グウェンは緩慢な動作で起き上がった。
結界にもたれながら話しかけてくる。
「今更ですけど、ジョン・ドゥさんやバルクさんはどうなりましたか?」
「自我が崩壊して消滅した。もう存在しない」
私の精神世界で蘇ったジョンとバルクは、厳重に捕縛した。
そのまましばらく放置していたのだが、現在は自壊して跡形もなくなっている。
グウェンの能力が及ばなくなり、存在を維持できなくなったのだろう。
他者の精神世界に長居するのは危険な行為だったのだ。
自壊した彼らは融解し、私の中に取り込まれた。
その影響なのか、私はジョンの記憶とバルクの呪術を断片的に継承している。
まだ上手く使いこなせないが、どちらも有用には違いない。
今後に活かしていきたいと思っている。
私の話を聞いたグウェンは腕組みをした。
彼女は飄々とした態度で首をひねる。
「やっぱりそうなりましたかー。適役かと思ったんですけど、敵わないものですね。ハーヴェルトさんったら、無敵すぎません?」
「無敵ではない。気を抜けば簡単に死ぬ」
慢心こそが最大の敵だった。
勝利を確信して油断した相手を、私は何度も討伐している。
今までに倒してきた英雄達は、私を殺し得る力を持っていた。
何かが少しでも違えば、敗北していただろう。
無敵などと驕るつもりはなかった。
「ところで、今日は何をしに来たんですか。ひょっとして私が恋しくなっちゃいました?」
「この大陸にいた獣を殲滅した。残るのはお前だけだ」
私は冗談を無視して告げる。
するとグウェンは笑みを深めた。
彼女は楽しそうに唇を舐める。
「――ほほう、やりますねぇ。さすがは魔王といったところですか」
仲間が殺されたというのに、グウェンは上機嫌だった。
この報告を待ち望んでいたかのような反応である。
おそらく自身が幽閉された時点で、ここまでの展開を予想していたのだろう。
(或いは、格下の獣など興味ないのか)
戦った感触から比較するに、グウェンは獣の中でも上位に位置する。
人型になれる獣は実力者揃いだったが、いずれも大した強さではなかった。
少なくとも彼女を凌駕するほどではない。
ふと表情を消したグウェンは私に問いかける。
「私も殺すつもりですか?」
「いや、お前に求めるのは情報提供だ。外世界の獣の目的が知りたい」
「いいですよ。特別に教えてあげちゃいましょう」
グウェンは快諾した。
悩むどころか、話したがっている様子だ。
さすがに不審に思った私は、彼女の顔色を窺う。
特に怪しい点はなく、内心は読めなかった。
「……やけに素直だな」
「逆に訊きますけど、この状況で強情になれると思います? 変に意地を張ったら、とんでもないことになるのは目に見えてますし」
グウェンは視線を私から所長へと移す。
複数の所長が、いい笑顔で働いていた。
先ほどから壁や天井を往来しており、人数は常に変動している。
ただし、必ず一人以上がグウェンを凝視していた。
瞬きもせず、笑みを湛えて監視を行っている。
苦笑するグウェンが自らの肩を抱く。
彼女が精神的に疲弊するのも納得だった。
心の休まる環境ではない。
しかし、おかげで口を割りやすくなったのはありがたかった。
所長には尋問の才能もあるのかもしれない。
研究に関連付ければ、そういった仕事も任せられそうだ。
彼女なら、速やかに情報を引き出せるはずである。
これは後々の課題としておこう。
幹部達と相談して決定すべき案件である。
「外世界の獣の目的とは何だ」
改めて問うと、グウェンは私を指差した。
彼女は不敵な表情で答えを口にする。
「端的に述べますと、私達の目的はこの世界の魔王――すなわちあなたの捕食です」