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第189話 賢者は本質を知る

 大精霊がこちらを凝視する。

 私はその視線に耐えて、じっと見つめ返した。

 怯む場面ではない。

 その覚悟を見せねばならなかった。

 私の心意気が通じたのか、大精霊は話を進める。


「世界の意思ですか。具体的にどのようなことを訊きたいのですか」


「私の解釈と見解が合っているか教えてほしい」


「いいでしょう。それなら構いません」


 大精霊は快諾した。

 渋られるかと思ったが、そのようなことはなかった。

 機嫌が良いのかもしれない。

 或いは私がこの話題を挙げると予期していたのか。


 何にしても絶好の機会だ。

 私はさっそく本題に入ることにした。


「結論から述べると、世界の意思とは"人々の願いの具現化"だと考えている」


「根拠はあるのですか」


「過去に見聞きしてきた事柄から導き出した答えだ。そこに獣からの助言を加えた」


 私がそう答えると、大精霊は怪訝な雰囲気を見せる。

 彼女は探るような口調で問いかけてきた。


「……どういうことでしょう」


 私はグウェンとの邂逅や、彼女と話したことを説明する。

 グウェンは、世界の意思で誰が得をするかを考えるように言っていた。

 そこを辿れば正体は明白だ、と。

 私は様々な可能性を考え、そして答えに辿り着いた。


「世界の意思は、人々を守るような現象を発生させる。英雄覚醒が分かりやすい例だろう」


 これに関しては身を以て味わっている。

 私が今までに殺した英雄達は、いずれも世界の意思に選ばれた。

 そして宿命に従って対決を挑んできた。


 無論、私自身やあの人も該当する。

 先代魔王を倒す人間が望まれた結果、私達は後押しされたのである。


 本来なら完成するはずのない兵器や術が機能するのも、世界の意思の一例だろう。

 すべては人々の安寧を取り戻すためだ。

 一人ひとりの望みは儚くとも、積み重なれば法則すら歪めていく。


 此度の騒動でも、同様に世界の意思が暗躍していた。

 魔王である私が能力を与えられたのは、獣達が出現したのが発端である。

 獣達を殺す英雄として、選ばれたということだろう。


 獣の攻撃が始まった当初、一部の人々は魔王による獣の殺戮を望んでいたらしい。

 圧倒的な巨悪が、各地を荒らす獣を倒すように望んだのだ。

 ぶつかり合って互いに死んでほしいという願いも含まれていただろう。

 それらの祈りが、世界の意思として私に作用したのである。


 現在、私に与えられた追加の力は剥奪されていた。

 原因は判明している。

 魔王が獣を使役しているという風説が主流のためだ。

 人々の願望が向けられなくなったことで、獣殺しの能力は失われた。


 もっとも、特に問題はない。

 未だ魔王としての力は健在であり、剥奪されたのは獣の特性を無視する能力だけだ。

 それに関しても専用の術を用意しているので、戦闘面で困ることはなかった。

 相手が外世界の獣だろうと、問答無用で虐殺することができる。


「便宜上、世界の意思と称しているが、実際は個人が操る代物ではない。無数の想念の集合体――形なき守護者と言うべきか」


 太古から世界を守ってきた概念は、人々が生まれた時点で成立したのだろう。

 防御機構すら滅ぼされた過去があると聞いている。

 それは明らかに世界の味方ではない。

 人類が望むのなら、どのような存在さえも殺害してしまうのだから。


 その側面に着眼した場合、守護者という表現は相応しくない。

 言うなれば処刑人であった。


「…………」


 私の見解を聞いた大精霊は沈黙する。

 言葉を吟味している様子だった。

 思考を終えた彼女は、何かを試すように尋ねてくる。


「世界の意思は、時として良からぬ結果をもたらします。あなたが防がなければ、人々の不利益になる事態も数多くあったでしょう。ここまでの見解に反していますが、それについてはどう考えますか」


 投げかけられた疑問を受けて、私は頭の中で考えを整理する。

 元より想定していた反論だった。

 予め用意していた推測を慎重に伝えていく。


「世界の意思は、おそらく完璧な仕組みではない。人々の望みを叶えることだけに特化しており、その先の展開を保証していないのだ。故に人々を不幸にする場合がある」


 この欠点は、人間の本質を表していた。

 誰もが個々人の視野で物事を判断し、願望を抱いて行動する。

 その際に後先を考えない者は、決して珍しくないだろう。


 世界の意思は、それと似たような性質を持っていた。

 私という悪を倒すことに固執するあまり、さらなる暴力を生み出す。

 仮に私を倒した場合のことなど想定されていない。

 願望はそこに集約されているからだ。


 融通の利かない概念だが、その分だけ凄まじい効力があった。

 上手く機能すれば、唯一無二の働きをする。

 誇張抜きで無限の可能性を秘めていた。


 きっと遥か昔から、人々の存続を支えてきたのだろう。

 現代においても悪の撲滅を狙っている。

 世界の意思とは、そのような現象であった。


「これが私の見解だ。正誤を教えてほしい」


 私はそこで言葉を切り、大精霊の反応を窺う。

 長い沈黙を挟んだ末、彼女は静かに頷いた。


「概ね正解です。真理の一端に辿り着いたようですね」

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