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第180話 賢者は獣の駆除に赴く

 指示を終えた私は玉座を一瞥する。

 そこには形見の剣と、遺骨入りの結晶があった。

 今回の相手は強大だが、使いどころではないだろう。

 何らかの根拠があるわけではない。

 ただの直感だが、まだその時ではない気がしたのだ。


 特に武装もせずに、私は感知魔術を行使する。

 範囲を拡大すると不審な反応がいくつも発見できた。

 魔力ではなく、瘴気に似た力を帯びた存在が点在している。

 グウェンと似た反応なので、これが外世界の獣だろう。


 獣は、領内だけでも数カ所に出現していた。

 グウェンほど強い反応は皆無だが、代わりにその数が膨大だ。

 まるで複数の軍隊による一斉攻撃を思わせる。


 魔王軍は各地で迎撃しているようだった。

 それぞれの戦場に幹部や、それに準ずる者が役割を分担して対応していた。


(悪くない動きだ)


 私が不在の中、最適に近い立ち回りを行っている。

 おかげで領内の被害は、最小限に抑え込まれていた。

 他国に比べても段違いに軽微だろう。


 本来なら他国の支援も行うべきだが、手出しの形も考えなくてはならない。

 あからさまに助けると、魔王の印象が変わってしまう。

 今度を考えた場合、それだけは避けたかった。

 何はともあれ、まずは領内の対処が先だ。


「…………」


 私は己の身体を解析する。

 慎重に探ると、妙な力が働いていることに気付く。

 自前の魔力ではなく、かと言って死者の谷から供給される瘴気でもない。

 どこからともなく与えられた恩恵だった。


 世界の意思だ。

 今も尚、継続して私に作用しているらしい。

 いつまで効果があるか分からないが、今回は利用させてもらうつもりだった。


 グウェンとの対話を経て、世界の意思の正体は朧げながらも理解した。

 後ほど大精霊に確認しようと考えている。


(そのためにも、迅速に処理していかなければ……)


 私は最寄りの戦場へと転移する。

 そこは青々とした草原で、既に魔王軍が展開していた。

 彼らは横一直線にどこまでも並んでおり、そのような列をいくつか作っている。

 よく見るとそれは、地面にできた長い亀裂に沿った隊形だった。


 整列する魔王軍は、亀裂の内側へと攻撃を行っている。

 鉄砲の弾や様々な系統の魔術が、号令に従って放たれていた。

 彼らは前列と後列で素早く入れ替わり、切れ間なく攻撃を繰り返している。


 感知魔術によれば、亀裂の内部に尋常でない数の生物が潜伏していた。

 魔王軍はそれを迎え撃っているようだ。

 戦況を確かめていると、この場の責任者であるヘンリーが駆け寄ってきた。


「よう、大将! ようやく戻ってきたか。元気そうで何よりだ」


「待たせたな」


 肩を叩いてくるヘンリーに、私は静かに応じる。

 配下達は私の到来に気付いているようだが、攻撃の手は止めない。

 礼儀よりも命令通りの行動が優先であると理解しているのだ。

 よく訓練されている。

 一方、ヘンリーは腰に手を当てて私に問いかける。


「ここに来たってことは、援護を期待していいんだな?」


「ああ、そうだ。出遅れた分、力を尽くそう」


「助かるよ。ちょうど参っていたところなんだ」


 ヘンリーは亀裂を指差した。

 頷いた私は、ヘンリーとの念話を繋げながら空を飛び、上空から見下ろせる位置に陣取った。

 そして瘴気反応の正体を知る。


 夥しい数の蛙が、地上へ這い上がろうとしていた。

 しかもただの蛙ではない。

 その体躯は水のように透明で、光の反射と揺れ方で輪郭が分かる程度だった。

 肥大化した一つ目だけが、鮮やかな赤色をしている。


 異形の蛙の群れは、それぞれが瘴気を保有していた。

 それなりの濃度と量である。

 少なくとも生者ならアンデッド化するほどだった。


 魔王軍による攻撃が、一つ目の蛙に炸裂した。

 蛙達は負傷して亀裂の底へと落下する、途中で蠢いて分裂する。

 数を増やした蛙達は亀裂の壁に張り付き、再び地上を目指し始めた。


(この蛙達が、外世界の獣なのか……)


 グウェンとは随分と違うが、反応に間違いはない。

 外世界の獣とは、様々な種族の総称らしい。

 少なくとも容貌に統一感はないようだ。

 私はさらに観察を進めていく。


 無限に増える蛙は、分裂せずにそのまま死ぬ個体もいるようだった。

 一方で攻撃されずとも分裂し続ける個体もいる。

 法則性は見られない。

 なんとも奇怪な生態だった。

 この世界には存在しない生物なのは、間違いないだろう。


 魔王軍は今のところ優勢で、地上への進出を食い止めている。

 だが、それも時間の問題だろう。

 増え続ける蛙を前に、いずれ攻撃の手が足りなくなる。


 加えて魔王軍は疲弊しつつあった。

 直接的な被害はないが、一部の者達が前線から退いて休息を取っている。

 蛙と対峙するうちに、軽度の精神汚染を受けた模様だ。


 私は地上にいるヘンリーに念話で尋ねる。


「こうなった経緯を教えてほしい」


『ああ、分かったよ』


 ヘンリーは要点だけを抜き出して説明をする。


 曰く、蛙達は突如として空から降ってきたらしい。

 彼らは周辺一帯の家畜や作物、果ては人間を食い荒らし始めた。


 情報を受けて駆け付けた魔王軍は、すぐさま掃討を開始した。

 しかし、分裂の特性のせいで戦闘は難航する。

 結局、殲滅は不可能と判断して、地上を荒らしていた分を亀裂まで追いやって現在に至るという。


 蛙達はとても弱いが、拘束系の魔術が効かないらしい。

 そのため絶え間なく攻撃を浴びせることで、後退させるしかないそうだ。

 控えの魔術師が死骸を解析し、効きやすい術や足止めに適した術を模索しているものの、決定的な解決手段は見つかっていないという。


『亀裂そのものを封印する準備を進めていたところだが、その必要はなさそうだな。大将、派手にやってくれよ』


「任せろ」


 期待を向けられた私は頷く。

 ここまで時間稼ぎをしてくれた魔王軍には、感謝する他あるまい。

 彼らがいなければ、被害は取り返しの付かない規模になっていただろう。

 亀裂を埋め尽くす蛙達に向けて、私は禁呪を発動した。

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