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処刑された賢者はリッチに転生して侵略戦争を始める  作者: 結城 からく
第一章

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第18話 賢者は形見の剣を握る

 私は城の屋根の上にいた。

 眼下で編成される魔王軍を眺めている。

 今回の勇者討伐に参加する者達だ。


 総数は二千。

 そのほとんどをアンデッドが占める。

 生きた魔物はごく少数であった。

 余計な被害を出さないため、少数精鋭を意識している。


 覚醒したばかりとは言え、相手は勇者だ。

 味方がやられないように尽力するつもりだが、どこまで守れるか分からない。

 私は魔王であり、領民の命を預かる身分でもあった。

 彼らを無闇に死なせたいとは思わない。


 今回の作戦は単純だ。

 まず転移魔術で勇者のいる辺境の領地へ赴き、日没の闇に紛れて強襲する。

 向こうは転移妨害の結界を張っているかもしれないが、こちらの出力で押し切るだけだ。

 私を超える術者はいないため、作戦に大きな支障はないだろう。


 転移後は一般の兵士を虐殺していく。

 ここも問題ない。

 幾度も繰り返してきたことだ。

 聖魔術等で反撃されるだろうが、それもたかが知れている。


 唯一の脅威である勇者に関しては、私が対応するつもりだった。

 何も加減することはない。

 ただ全力で屠るのみである。

 実力で負けることはまずない。


 沈みかけの太陽は、地平線から赤々とした夕日を放っていた。

 もうじき夜がやってくる。

 不死者の時間だ。

 襲撃をするにはちょうどいい。


 そうして日没を見つめていると、背後から一つの気配が近付いてきた。

 私は振り向かずに相手を察する。


「準備は終わったのか」


 背後から抱き付こうとしてきたルシアナを押し退けつつ、私は事務的に尋ねる。

 ルシアナはするりと身を翻すと、私の隣に腰かけた。

 彼女は優雅な仕草で脚を組む。


「ええ、ばっちりよ。いつだって出発できるわ」


「そうか」


 ルシアナは要領がいい。

 どういった仕事でもそつなくこなせる。

 先代魔王の時代でも、諜報活動や破壊工作が主任務だったらしい。

 各国で猛威を振るっていたことをよく憶えている。

 その技能は健在で、新たな時代の為に多大なる貢献をしてくれていた。


「ねぇ、魔王サマ」


 ルシアナはじっと私の顔を凝視する。

 吸い込まれそうな瞳だ。

 サキュバス特有の魔力を帯びている。


 生前の私なら、全力で精神防護の魔術を使っただろう。

 魅了されて彼女の奴隷となってしまうからだ。

 無論、今の私に魅了は通用しない。

 妖しげな視線に対し、私は平然と応じる。


「何だ」


「今ってどんな気分?」


「……なぜそんなことを訊くんだ」


 私は唐突な質問を訝しむ。

 ルシアナの表情から真意は読み取れない。


 彼女は唇に指を当てて微笑する。


「だって、気になるじゃない? 魔王サマの心境を知りたいのよ」


 どうやら単純な好奇心らしい。

 奔放な性格のルシアナなら別におかしくない。


 私は返すべき答えを考える。

 場に暫しの沈黙が漂う。

 その間、ルシアナは口を挟まずに待っていた。

 言葉がまとまったところで、私は静かに答える。


「――心境は、悪くない。我ながら冷静だと思う。不死者になったことで、心が鈍くなったのかもしれない」


「あぁ、確かに人間の頃より落ち着いた気がするわ。人格的に一皮剥けたというか……って、一皮どころじゃないわね」


「面白い冗談だ」


 ルシアナの遠慮ない言葉によって、肩の力が上手い具合に抜けた。

 私はこういう気の利いたことが言えない。

 どうして思い付かないのだ。

 見習った方がいいのだろうか。


「んー……?」


 ルシアナは首をひねって唸る。

 彼女にしては妙に難しい顔をしていた。

 挙句の果てに、ぺたぺたと私の顔を触り始める。


 これにはさすがの私も静観を破る。


「まだ何かあるのか」


「もしかして、笑ってる?」


 ルシアナが真剣な様子で訊いてくる。

 先ほどのような冗談ではない。


 私は思い付いたままの答えを口にした。


「この顔で笑えると思うか?」


「……あっはっはっは! 確かにそうね! 骨だけで笑えるわけがないものねっ!」


 その途端、ルシアナはなぜか爆笑する。

 彼女は腹を抱えて転げ回った。

 何かが彼女の琴線に触れたのだろうか。

 私には理解できず、共感もできそうにない。


 ひとしきり笑った後、呼吸を整えたルシアナは立ち上がった。

 彼女は伸びをしながら息を吐く。


「うんうん、その調子なら大丈夫そうね。心配して損しちゃった」


 私はルシアナの言葉でようやく状況を理解する。

 グロムの時と同様、彼女は勇者と敵対する私を気遣っていたらしい。

 てっきり暇潰しにでも来たのかと思っていた。


「手間をかけさせたな」


「気にしないで。アタシより世話焼きスケルトンの方が大変だったんだから。人目につかない場所で、アナタへの話しかけ方を延々と練習していたわ」


 ルシアナは悪い笑みを浮かべて密告する。

 私の想像よりも、グロムは悩んでいるようだ。

 少しでも私に精神的な負担をかけないように意識しているらしい。

 その気遣いが何よりも嬉しかった。


「ところで、ヘンリーはどうだ」


「あの人間の弓兵? 特に何も言ってなかったわね。あ、でも新鮮な高級肉が食べたいと愚痴ってたかしら。呑気なヤツね」


 苦笑するルシアナは答える。

 なんとも彼らしい行動であった。

 心配する必要はない、と思われているのだろうか。

 それはそれで信頼なのかもしれない。


 部下の状態を知った私は立ち上がり、ルシアナに改めて告げる。


「とにかく、私は問題ない。魔王としての責務を果たすまでだ」


「危ない時は遠慮なく頼ってね?」


「ああ、そうさせてもらう」


 私が答えると、ルシアナは一瞬だけ表情を変えた。

 それは温かな親愛に満ちたものであった。

 しかし、すぐに表情は切り替わり、元の飄々とした微笑みに戻る。


「その言葉が聞けてよかったわ。それじゃあ、また後でね」


 ルシアナは背中の翼を開いて屋根から飛び降りた。

 綺麗な滑空の末、地面に着地する。

 彼女は周囲の部下に指示を発していく。


(……昔は敵同士だったなんて、とても思えないな)


 人生とは本当にどう転ぶか分からない。

 私は、心の中で彼女に感謝を告げた。




 ◆




 ルシアナと別れた私は、謁見の間へ向かった。

 薄暗い室内には誰もいない。


「…………」


 台座の上に載せられた水晶に注目する。

 中にはあの人の遺骨が浮かんでいた。

 私は水晶の前で足を止める。


「これから、勇者と対決します。私はいよいよ本当の魔王となるようです」


 水晶は如何なる反応も示さない。

 ただそこに存在するだけだ。


「……あなたは、今の私を見てどう思いますか?」


 口にした疑問を自ら反芻する。

 彼女なら何と言うのか。

 様々な可能性が脳裏に浮かぶも、確信できるものは無かった。


 私は台座に立てかけた剣を見る。

 国王を殺した際に奪い返した形見の剣だ。

 以降、こまめに手入れを施している。


「――少しの間、お借りします」


 断りを入れた私は、剣をそっと手に取る。

 鞘から引き抜いた刃を頭上にかざした。


 一見すると何の変哲もない剣だ。

 実際、特別な能力は持たない。

 しかしこれは、数多の戦いにおいて使われてきた名剣であった。

 勇者の信念と共に歩んできた業物である。

 彼女の想いが宿っていると評しても過言ではない。


 私はまだ一度もこの剣を使っていなかった。

 軽々と扱うことは憚られたのだ。

 だが、此度の相手は勇者である。

 今こそ使う時だろう。


 かつて魔王を殺した名剣を次代の魔王が引き継ぎ、そして新たな勇者を斬り殺す。

 この上なく皮肉な話だと思う。

 世界の残酷さを感じざるを得ない。


 私は抜き身の剣を手にしたまま、転移魔術でバルコニーへ移動した。

 ここは城内でも見晴らしの良い場所である。

 同時に地上からも注目しやすい。

 眼下では、戦争の準備をする魔物達が往来していた。


 私は城下街の屋上にいる人物を発見する。

 椅子に座って酒瓶を呷るのはヘンリーだった。

 彼はふと私を見て、目を合わせてきた。


「…………」


 不敵な笑みを見せたヘンリーは、酒瓶を軽く掲げた。

 それが彼なりの応援なのだろう。

 私は小さく頷いて応えた。


 やがて魔物達がバルコニーの私に気付き始めた。

 途端に動きを止めて静まり返る。

 期待の込められた熱気が破裂寸前まで膨れ上がっていた。


(もはや言葉はいらないな)


 そう判断した私は剣を突き上げ、その切っ先で空を指した。


 次の瞬間、魔王軍は爆発的な歓喜を起こす。

 空気が引き裂けんばかりの熱狂だ。

 終わらない咆哮が日没の王都に響き渡る。


 ――こうして魔王軍は、勇者を殺すための遠征を始めるのであった。

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