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第177話 賢者は獣の言葉に呆れる

「いやぁ、本当すみません……すっごく反省してます、はい」


 結界の中で暗い顔のグウェンが言う。

 謝罪の言葉は、私に向けられたものだった。

 彼女は結界に触れると、軽く押したり撫でたりする。

 もちろん結界に変化は及ばない。

 グウェンは不安そうな面持ちで私に懇願する。


「絶対に逆らったりしませんから、出してくれませんかね?」


「お前は信用できない。解放するわけがないだろう」


「違うんですよー、私はただ命令されただけなんですぅ! 従わないと殺すと脅されて……言ってしまえば被害者なんです」


 グウェンは目を潤ませて主張する。

 途中、彼女は両手で顔を覆った。

 すすり泣く声が聞こえてくる。


 私は冷徹に指摘する。


「嘘だな。すぐに分かるぞ」


「ちぇっ、美女の涙も効きませんか。これは参りましたねぇ」


 両手をどけたグウェンは苦笑し、ため息と共に肩をすくめてみせた。

 予想通り、少しも泣いていない。

 すべてが演技だった。


(まったく、困ったものだ……)


 私は頭を抱えたい気分になる。

 息を吐こうとして、それができないことに気付く。

 視界に映る腕は、黒い骨のみとなっていた。


 ここは現実世界だ。

 現在地は研究所の地下にある一室で、扉の存在しない密室となっている。

 転移を使える私か、施設を支配する所長しか入れない区画だった。

 グウェンを閉じ込めた結界は、部屋の中央に設置してある。


 ジョンとバルクを打倒した私は、精神世界でグウェンと戦った。

 結果だけ述べると、私が圧倒した。


 世界の意思から後押しを受けた私、彼女の能力と次々と無効化できたのである。

 常に有利な状態だった以上、負ける道理などない。

 罠を疑ってしまうほどに迅速な展開だった。


 戦いの中でグウェンを解析した私は、現実世界における居場所を特定に成功した。

 特定は難航したが、精神体の発生元を辿ることでなんとか感知できた。

 その時点で私は精神世界を脱し、遥か彼方に潜伏していたグウェンを強襲する。

 すぐさま精神を戻した彼女と再戦することになった。


 戦いの舞台は現実世界に移るも、流れは概ね同じだった。

 優劣が覆ることなく私が圧倒し続けて、結局はグウェンを半死半生にまで追い詰めた。

 世界の意思の影響力を痛感した瞬間だった。


 その後の過程に特筆するほどの出来事はない。

 まずはグウェンの身体から、その膨大な力を引き剥がして隔離した。

 そうしてほぼ完全に無力化した末、こうして研究所に運んできて現在に至る。


 おそらくは世界の意思が作用せずとも勝てただろうが、あそこまで一方的な戦いにはできなかったはずだ。

 それほどまでにグウェンは強い。

 外世界の獣という呼称も伊達ではなかった。

 彼女のような存在が幾体も出現したというのだから、防御機構が発動したのも納得ができる。

 やはり世界は、存続の危機に陥っているようだ。


 もちろん私は滅亡を阻止するつもりであった。

 そのための策を張り巡らせていく所存だ。

 精神汚染も完治したので、これからは万全の調子で備えることができる。


 グウェンは結界内で寝転がった。

 彼女はだらけた姿勢で覇気のない呻き声を洩らし続ける。

 仰向けになったまま、グウェンは天井を仰いでいた。


「実験動物みたいに捕獲されるなんて、いつぶりのことでしょう。一応言っておきますが、結構な偉業ですからね? 向こう千年の自慢話にしてもらっていいですよっ!」


「…………」


 私は呆れを含んだ視線をグウェンに向ける。

 彼女はこの期に及んで態度を崩さない。

 状況は理解しているはずだ。

 それにも関わらず、悲観した様子はなく、放っておくと冗談を言い続ける始末だ。

 真面目に応じると気疲れするため、彼女の戯言は聞き流すことにしていた。


 ちなみにグウェンを閉じ込めるのは、彼女専用の結界である。

 脱出不可能で、外に精神体を飛ばすこともできない。

 魂も同様だ。

 彼女という存在の絶対座標を固定しており、離れようとすると引き戻される。

 仮に結界を抜け出せたとしても、固定された座標はどうにもできない。


 少し前まで、グウェンは堂々と脱出しようとしていた。

 やがて無理だと悟ったらしく、現在はそういった行動も見せなくなった。

 先ほどから大人しく怠惰を貪っている。


 とは言え、目を離せるほど安心はしていない。

 能力の大部分を没収したとは言え、彼女は外世界の獣だ。

 前触れもなく来襲した未知の存在である。

 警戒するに越したことはないだろう。

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