第175話 賢者は思わぬ事実を知る
「いやいや、おかしいでしょ。何してるんです……? どうして勝っちゃったんですか」
グウェンは震えた声で言いながら後ずさる。
彼女は引き攣った笑みを張り付けていた。
端々の挙動までぎこちない始末で、当初の余裕は完全に瓦解している。
ジョンとバルクの敗北は、彼女にとって想定外の事態だったらしい。
存外にあっけない逆転だった。
真っ直ぐと歩きながら、私はグウェンに告げる。
「私が彼らより強かった。それだけの話だ」
「違うんですって。なぜ私の精神汚染を抑制できてるんですか。現実世界であれだけ苦しんでいましたよね?」
グウェンは少し苛立ったように言う。
彼女の企てにより、私は精神汚染の影響を受けていた。
具体的には、不死者とは思えないほどの体調不良に襲われるようになった。
症状が出始めた頃から常に我慢を強いられている。
たまに魔術で誤魔化していたが、それでも辛いのは確かだった。
しかし現在は、それが一切感じられない。
妙に調子が良く、体調不良は改善していた。
それどころか身体の奥底から力が湧いてくる。
いつからこの状態だったのか、よく憶えていない。
戦いに夢中で気付かなかったのだろう。
不思議に思いながらも、私はグウェンの話に応じる。
「……自然と治ったようだ」
「ありえませんから! 私の施した精神汚染は完璧です。あなたが本気を出せば出すほど、弱体化が進行する予定でした。それなのにピンピンしてますよねっ!? 何か対策してないと起こり得ないんですよ!」
グウェンは怒りを滲ませて暴露する。
彼女は思った以上に狡猾な策を仕掛けていたらしい。
明かされた話を信じるなら、かなり悪辣な術である。
もしグウェンの思惑通りになっていた場合、私はジョンとバルクに勝てなかっただろう。
力を出すほど弱体化するなら、決して本気では戦えない。
だからと言って、加減をして勝てる相手でもなかった。
ところが、私は完封に近い形で勝利した。
そもそも弱体化など発生しておらず、魔王の力を存分に発揮したからである。
グウェンの主張とは、大きくずれていた。
(彼女の妨害は失敗していたようだ)
細かいことは不明だが、私にとっては幸運である。
真相の解明は後回しでいい。
今はグウェンとの対決が優先だった。
「まったく、できれば楽に倒したかったのですが……」
グウェンは悔しげに爪を噛み始める、
その半身が唐突に立体感を失って、影のような触手に変貌した。
触手は私に向かって高速で伸びてくる。
軌道を見切った私は魔力剣で触手を弾いて逸らした。
跳ね上がった触手は鞭のようにしなると、音を超える速度で振り下ろされる。
私は再び魔力剣を一閃した。
今度は触手の先端を斬り飛ばす。
「ほら! なんで当たり前みたいに反撃しちゃってるんですか! 一応、物理攻撃が効かない触手ですよ?」
「文句を言われても困る」
私はそう返しながら黒い雷撃を放つ。
グウェンは触手部分で防御した。
触手の表面が焦げるも、すぐに治癒される。
切断した先端も、断面が盛り上がって再生を始めていた。
「こちらの能力を完全無視とか、割と滅茶苦茶ですね……魔王であることを加味しても酷いです。記憶を探っても該当する能力が見つかりませんし、ちょっと辟易しちゃいます」
グウェンは触手を動かしながら身構える。
彼女はふざけた態度をやめていた。
苦い表情で私の挙動を観察している。
しばらくして、グウェンはうんざりしたように嘆息した。
「その顔……本当に心当たりがないようですね。いいでしょう、私がじっくりとチェックしてあげます」
眉を寄せたグウェンは私を注視する。
彼女の顔に驚きが浮かび、そこに皮肉めいた笑みが続いた。
先ほどからの疑問が解消したらしい。
構えを解いたグウェンは、何とも言えない表情で頭を掻く。
「あの、ハーヴェルトさん」
「何だ」
「自覚してないようですが……あなた、世界の意思からパワーを貰っちゃってますよ?」