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第172話 賢者は難敵と相対する

 転移した私は、まずジョンを狙うことにした。

 背後の兵器群を使われる前に、操縦者である彼を仕留めたい。

 幸いにもジョンは、近接戦闘に優れた人間ではない。

 兵器や武装で真価を発揮する発明家だ。


 バルクも近接戦闘を不得手としている。

 したがって一気に距離を詰めて畳みかけるのが一番だった。

 私は自らの感覚を強化し、引き延ばされた時間の中で二人を観察する。


 ジョンはこちらを察知できていない。

 銃を構えたまま、無謀な背中を晒していた。

 やはり私の動きに追い付けていない。


 私は踏み込んで魔力剣を一閃させた。

 すくい上げるようにして、ジョンの首を刎ねる。

 断面から血飛沫が噴き出ようとしていた。

 鉄砲を持ったジョンが、膝から崩れ落ちる。


 私はそこから身を翻すと、返す刃でバルクを狙った。

 しかし、バルクが奇妙な呻き声を洩らしていることに気付き、足を止める。

 彼の口から黒い粘液が出ていた。

 それが足元に垂れて蒸発し、バルクの周りを漂っている。


 超濃度の呪詛だった。

 全方位への防御壁である。

 呪詛はこちらに向かって押し寄せようとしていた。

 バルクはこちらを見ていない。


(転移を見切れないと判断して、自動防御型の術にしたのか)


 触れると即座に呪われる。

 バルクの放つそれは、非常に有害だ。

 迂闊に吸い込んではいけない。


 私は対抗魔術を行使して呪詛を押し留めると、転移で一気に距離を取った。

 そこから杖で火球を放つ。

 ただし瘴気を混ぜ込んだ強化版だ。


 黒く染まった火球は、呪詛の壁を抉るように直進すると、バルクを包み込んで燃やし上げた。

 バルクは一瞬で影のようになって砂漠に倒れ込む。

 起き上がることはなく、彼は灰となっていった。


「……くっ」


 人間の燃える嫌な臭いがする。

 嗅覚を持たない不死者では感じられないものだ。

 久々ということもあって、強烈な異臭である。


 臭いを意識外へ追いやった私は、杖を一瞥する。

 先端に亀裂が入っている。

 すぐにそこから破損が広がり、あっけなく砕け散った。


 瘴気の魔術に耐え切れなかったようだ。

 当然の結果だろう。

 一般的な杖は、瘴気の使用を想定していない。


 昔の癖で、つい杖を使ってしまった。

 精神世界だけの幻とは言え、またも壊すことになるとは思わなかった。

 悲しみはないものの、どこか皮肉めいたものを感じてしまう。


 私は砕けた杖を手放すと、ふとグウェンを見やる。

 彼女はまだ寝転がっており、意地の悪い笑みを浮かべていた。

 彼女の呼び出した二人が死んだというのに、余裕を崩していない。

 その姿に嫌な予感を覚える。


「よそ見すんなよ、クソッタレ」


 後方からジョンの声がした。

 同時に発砲音が鳴り響く。

 私は咄嗟に防御魔術を使ってガラスのような分厚い障壁を生み出す。

 そこに弾が突き刺さった。


 防御魔術にめり込んだ弾は、軸を中心に高速回転する。

 勢いは止まるどころか加速していた。

 黒い靄を散らしながら、防御魔術を削り進んでいく。

 今にも突破されそうだった。


(異世界の鉄砲の特性か……いや、違う)


 私は弾を注視して、呪術の付与を認める。

 相当に強力なものだった。

 防御魔術を食らうようにして、弾に推進力を与えていた。


(無理に防ごうとするのは得策ではない)


 私は横へ跳んで弾の軌道からずれた。

 防御魔術を突き破った弾は、彼方へと飛んでいく。

 戻ってくる様子はなかった。


「…………」


 私は弾の飛来した方角を見る。

 そこにはジョンが鉄砲を構えて立っていた。

 隣にいるのはバルクだ。

 二人共、傷が無くなっていた。

 死体は存在せず、無傷の二人だけがそこに存在する。


 私は自らの身体を確認するも、妙な術を受けた痕跡はない。

 ジョンとバルクは、間違いなく蘇っているようだ。


(精神世界の特徴なのか?)


 私はこの空間の法則を知らないので、可能性としては否定できない。

 現実世界とは異なり、死者の蘇生も容易なのかもしれなかった。

 その時、グウェンが声を張って説明し始める。


「お二人は不死身ですよー! 精神が持つ限りは、何度でも再生可能ですぅ! どちらも並外れた精神力をお持ちですから、完全に滅ぶことはないですねっ!」


 彼女の勝ち誇る声を聞いて、私は確信する。

 グウェンがこの二人を選んだ理由が分かった。

 彼らは精神世界では無敵なのだ。

 魔王である私にも絶対に負けないと判断したため、数ある強者の中から採用したのだろう。

 確かに前方の二人ほど強靭な精神力を持つ人物など珍しい。

 グウェンの人選は適切だった。


「ほら、さっさと第二ラウンドと行こうぜ」


「まさか怖気づいたのかね。不死の魔王を名乗るなら、この程度は乗り切れるだろう?」


 二人は意気揚々と挑発を口にする。

 私に殺された記憶はあるはずなのだが、少しも退こうとしない。

 彼らは死の恐怖を克服している。

 何度でも殺される覚悟を固めて、この場に立っているようだった。


(……仕方ないか。他に有用な策もない)


 私は魔力剣を構え直す。

 グウェンという異邦者は、まったく面倒なことをしてくれた。

 文句の一つでも言いたいところだが、生憎とそれも難しい。

 とことんやるしかないようだ。

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