第171話 賢者はかつての敵と対峙する
鉄砲を構えるジョンは、後方を一瞥する。
視線の先では、グウェンが砂漠の上で寝転がっていた。
見られていることに気付いた彼女は、大きく手を振ってみせる。
どう考えても場違いな反応だが、あえて空気を読んでいないのだろう。
出会って間もないが、グウェンの性格は理解しつつあった。
こちらを向き直したジョンは顰め面で呟く。
「よく分からない女に従うのは癪だが、リベンジの機会をくれたんだ。こいつは乗るしかねぇよなァ?」
彼は鉄砲の狙いを私に合わせた。
引き金を引けば、弾が発射されるだろう。
その前に私は声をかける。
「ジョン・ドゥ」
「何だい」
「前に言ったはずだ。私は鉄砲では倒せない、と」
以前にジョンと戦った時、私は彼の兵器を次々と破壊した。
彼が蘇ったのは予想外だが、対処法に変化はない。
鉄砲を生み出す能力程度では、私を凌駕できるとは思えなかった。
そもそも彼は英雄ではない。
身体能力はただの人間である。
強力な兵器がなければ、無力な一般人同然だった。
ところが、ジョンは目を輝かせて笑う。
彼はぎらついた眼差しで私に告げた。
「おいおい、誰がこれだけで戦うと言った? さすがにそこまで死に急ぐつもりはねぇさ」
ジョンがそう言うと、彼の背後で砂が爆発した。
そこから山のように盛り上がっていく。
巻き込まれそうになったグウェンが、慌てて退避するのが見えた。
砂から現れたのは、複数の鋼鉄の塊だった。
巨大な船や戦車の形状をしている。
中には鳥のように飛行するものもあった。
(何だ、これは……)
私は突如として出現したそれらに目を奪われる。
いずれも兵器だろう。
その証拠に、砲らしき物を搭載している。
魔力の流れは感じられなかったが、おそらくはジョンが呼び出したに違いない。
鉄砲と同じ要領で生成したのだろう。
まさかここまで大型の兵器を生み出せるとは思わなかった。
どうやら消耗や反動等はないようだ。
「ハッハッハ! どうだ、ビビったかっ? 精神世界は望んだ物を創造できる。オレにうってつけの戦場ってわけさ!」
ジョンは嬉しそうに兵器を指し示した。
上機嫌の彼は、鉄砲を振り回しながら語る。
「ここだけの話だが、オレは異世界の人間なんだ。正確には向こうで死んでから、こっちの世界に転生した。まさか、二重人格の片割れになるとは思わなかったがな」
「後ろの兵器群は、異世界のものということか」
私は冷静に指摘を返す。
新たに明かされたジョンの素性には、多少なりとも驚きを感じていた。
しかし、今はそれを気にしている場合ではない。
ジョンは私の指摘を受けて何度も頷いた。
「そうそう、察しがいいな! まさにその通りさ。こいつらであんたを木っ端微塵に消し飛ばして――」
「待ちたまえ」
静観していたバルクが、唐突にジョンの言葉を遮る。
彼は不機嫌そうなジョンを諭す。
「貴様だけが得意そうに語るのは違うと思わないかね。私にも喋らせないか」
「……オーケー、あんたの番だ。勝手にしろよ」
ジョンは不貞腐れたように言う。
彼は舌打ちすると、悪態混じりの呟きを洩らし始めた。
話を邪魔されたのがよほど気に入らなかったらしい。
一方でバルクは悠然とした笑みを張り付けていた。
彼は襟元を正すと、大袈裟な調子で嘆息する。
「私もあの女――グウェン嬢は気にくわない。道化のように振る舞いながらも、的確に我々の退路を断ってくる。まったく虫酸の走る話だよ」
「それなら私と協力でもするか」
「やめたまえ。たとえ冗談でも死んだ方が――おっと、もう死んでいるのだったな。悲しいことだ」
バルクは自嘲気味にぼやく。
その途端、彼は昏い殺気を覗かせた。
理性の奥に宿されたそれは、激しい憎悪を抱えている。
バルクは私を指差して宣言する。
「私は貴様を殺す。何があろうと道連れにする所存だよ。呪術師の本領を見せてやろう」
バルクは両手を掲げると、体内の魔力を高めていく。
可視化された呪術が、黒い靄のように周囲を漂い始めた。
それは瞬く間に辺りを汚染していく。
ジョンは鼻と口を隠して距離を取っていた。
(さすがだな。大した呪力だ)
バルクは世界最高峰の呪術師である。
その一点に関しては、他の追随を許さないほどだった。
二度の死を乗り越えた今も、飛び抜けた才覚は衰えていないようだ。
「ジョン・ドゥ君、此度の決戦は我々が制するぞ。くれぐれも足を引っ張らないように気を付けたまえ」
「それはこっちの台詞だ、キザ野郎! ぼさっとしてたら、盾にしてやるからな?」
苛立つジョンは咳き込みながら叫ぶ。
それに呼応して、背後の兵器群が稼働した。
砲身の狙いを私に定めて固定する。
飛行する兵器は、頭上を油断なく旋回していた。
攻撃方法は不明だが、意識しておくべきだろう。
「さっさと呪術を寄越せ! 一気にぶちかますぞッ!」
「私に命令するな。立場は対等だと言ったはずだが?」
「分かったから早くしろ!」
ジョンとバルクは、何事かを言い合いながら戦闘態勢を整えていた。
性格的な相性が良くないのか、連携は上手くいっていない。
なかなか私への攻撃を始められずにいる。
(こちらにとっては好都合だ)
向こうの戦法は概ね把握できた。
これ以上は律儀に待つ必要もあるまい。
彼らの能力が噛み合う前に仕留めようと思う。
私は無詠唱で前触れもなく転移する。
そして、背後からジョンとバルクに襲いかかった。