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第170話 賢者は思わぬ再会を果たす

 グウェンを中心に力が渦巻く。

 ただし魔力は感じられない。

 それは、なぜか瘴気に酷似していた。

 圧倒的な濃度は、人間ならば近付くだけで朽ち果てるだろう。


 やがてグウェンは僅かに浮遊を始めた。

 砂を散らしながら、彼女は妖艶に微笑む。


「ハーヴェルトさんには、とっておきを披露しましょう」


「必要ない」


 私は魔術を行使する。

 砂漠から蔦が伸び上がってグウェンを拘束しようとするも、寸前で弾かれた。

 蔦は先端から崩れていく。


「おっとっと、危ないですねぇ。危うく死んじゃうところでした」


 グウェンは胸を撫で下ろすような動作をするも、顔は冷笑を湛えている。

 言動とは裏腹に、少しも動揺していなかった。


 彼女の周囲を渦巻く力が、蔦の魔力を分解して術が無力化したのだ。

 接触と同時に術式が削られたのを確認できた。

 並大抵の術では、問答無用で破壊されるだろう。

 幸いにも誓約の魔術は発動したままだが、攻撃の手は考えねばならない。


「準備が整いました。それでは、ご覧あれ!」


 グウェンが両手を振り上げると、彼女の左右で砂が盛り上がった。

 そこから這い出てきたのは、二人の男だ。


 一方は栗色の短髪で、眼鏡をかけていた。

 地味な衣服で、容姿に特筆する点がない。

 ただし、こちらを凝視する目は執念を宿していた。


 眼鏡の男は、一歩踏み出して手を上げる。


「よう、久しぶりだなァ。会いたかったぜ。ちょっと肉が付いたか? 男前じゃないか」


「…………」


 私は無言になる。

 返す言葉が思い浮かばなかった。

 私は、視線をもう一方の男に移す。


 男は整えられた金髪に、洒落た貴族服という風貌だった。

 端正な顔立ちに不釣り合いなほど、邪悪な笑みを張り付けている。

 緑色の双眸は、嗜虐心を隠そうともしていなかった。


「ドワイト・ハーヴェルト。懐かしい顔ではないか。十年前を彷彿とさせるよ」


「…………」


 私はやはり返答できなかった。

 目の前の光景が、信じられない。

 グウェンの左右に現れたのは、発明家ジョン・ドゥと元四天王バルクであった。


「なんとハーヴェルトさんと縁深い人達を呼んじゃいました! 感動の再会ですね。私ったら優しい!」


「どういうことだ。死者の蘇生か」


「お忘れですか? ここはあなたの精神世界です。ハーヴェルトさんの記憶を漁って、このお二人を選んできちゃいました」


 グウェンは嬉々として説明する。

 それを聞いて、おおよその仕組みを理解する。


 彼女は、私の記憶から二人を復元したのだろう。

 精神世界に限定しながらも、疑似的な蘇生を行使したのである。


 常軌を逸した能力だったが、今更驚くことはない。

 グウェンは外世界の獣だ。

 既存の魔術体系に当てはめて考えるべき相手ではなかった。


「ただし、記憶だけの偽者じゃありませんよ。お二人とも、紛れもない本物ですから」


「ありえない。どちらも私が殺した」


 私が否定すると、バルクが芝居がかった調子で首を振った。

 彼は諭すような口調で私に言い聞かせる。


「何事にも例外は付きものさ。貴様には既に教えたはずだがね」


「バルクさんに関しては、研究所に幽閉された魂から精神だけを引き抜いてきちゃいました。そちらの所長さんに感知されて苦労しましたが、辛うじて成功しましたね。正直、割に合いませんでしたよー」


 おそらくは、私が砂漠を歩き続けている間に蘇生したに違いない。

 今頃、研究所は大騒ぎだろう。

 バルクの魂に異変が起きたということは、きっと所員達に知れ渡っている。

 グウェンによれば、実際に所長が対抗したらしい。

 彼女の安否も気になるところだ。

 無事であることを祈りたい。


「ちなみにジョンさんは、遺体に取り残された精神を保護しました。ハーヴェルトさんに殺されたのは、主人格のみだったようですね」


「そういうことだな。気が狂うかと思ったが、死ねなかった。この瞬間のために生き延びたんだと確信しているよ」


 ジョンは皮肉った笑みで語る。


 彼は二重人格者だ。

 かつて私は、魔巧国にて死闘を繰り広げた。

 その末にジョンを殺害したのだが、あの時に一方の人格を仕留め損ねていたらしい。

 グウェンの言葉から察するに、ジョンの魂は間違いなく滅んだようだ。

 しかし、彼の精神だけが遺体に残留していたのだという。

 主に魔力や魂を感知する私では、その気配を掴めなかったというわけだ。


 グウェンがここで嘘を言う必要性が薄い。

 おそらく一連の話は事実だけを述べているのだろう。

 現在、私の精神にはグウェンの他にジョンとバルクが侵入しており、私の記憶を基に肉体を得ているようだった。


(好き放題されているな……)


 グウェンは思った以上に用意周到だ。

 私が精神世界へ踏み込んだのを見て、即座に用意したものと思われる。

 ふざけた態度が目立つが、実際は狡猾な考えを持っていた。

 つくづく底知れない相手である。


「それじゃ、私は向こうで観戦させてもらいますねー。ちょっと疲れちゃいました」


「待て」


 踵を返したグウェンに、私は魔術を撃とうとする。

 そこにジョンが立ちはだかった。


「行かせねぇよ。まずはオレ達が相手だ」


 ジョンが砂漠に片手を埋める。

 彼が引き上げたのは、黒い鉄砲のようなものだった。

 私の記憶にない物体である。

 何らかの術を使ったのだろうか。


(生前のジョンは、特殊な能力を持っていなかったはずだ)


 彼は類稀なる発想力と、魔巧国の技術で立ち向かってきた。

 武器を生み出す力は持っていない。

 そうなると蘇生の際、グウェンから事前に力を与えられたのかもしれない。


 ジョンはその鉄砲を私に向ける。


「殺してくれやがった分を返さないとなァ。そのために復活したんだ」


「私に至っては、二度も殺されている。その後も苦渋を強いられたのだから、報復する権利はあるだろう。そうは思わないかね?」


 バルクは朗々と述べる。

 表面上は平静を保っているが、彼の眼差しは復讐心を主張していた。


 遠くまで離れたグウェンは、呑気にこちらを見物している。

 私の相手は、この二人に任せるつもりらしい。


(厄介だが、倒すしかないか……)


 思わぬ再戦だが、やることに変わりはない。

 少しだけ手間が増えただけだ。

 堅実に戦えばいい。


 考えを固めた私は、杖と魔力剣を構え直した。

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