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処刑された賢者はリッチに転生して侵略戦争を始める  作者: 結城 からく
第一章

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第17話 賢者は新たな勇者と敵対する

「勇者か……」


 私はぽつりと呟く。

 それは重みのある言葉だった。

 いつか聞くことになるとは思っていたが、予想より時期が早い。


 やはり、どこか奇妙な縁で繋がっているのかもしれない。

 或いは魔王という在り方が、勇者を引き寄せたのか。

 おそらくどちらも正解なのだと思う。


「…………」


 グロムは顔を下げたまま硬直していた。

 極度の緊張によるものだ。

 彼が躊躇っていた理由が分かった。

 私に対する配慮である。

 この報を伝えるべきか迷っていたのだろう。


 彼はどこまでも私のことを考えて行動する。

 その優しさが素直に嬉しかった。

 私はソファに座り直してグロムに告げる。


「詳細を報告してくれ」


「は、はい! 実は……」


 顔を上げたグロムは、つらつらと状況を述べていく。

 曰く、勇者が現れたのは王国内の辺境らしい。

 未だに魔王軍に服従せず、抵抗を続けていた小さな領地である。


 そこで一人の兵士が、突如として覚醒したのだという。

 剣に聖なる光を纏わせたその青年は、派遣したアンデッドを瞬く間に壊滅させた。

 グロムを含む一部の者だけが、なんとか帰還できて現在に至るそうだ。


 個人が魔王軍のアンデッドを一掃するとは、とても考えられないことだった。

 優秀な魔術師という解釈では説明がつかない強さである。

 加えて聖なる光と剣技を武器に戦うのだ。

 まさに勇者の名が相応しい。


 ただ、同じ勇者でも、あの人とは無関係だろう。

 聖剣の使い手としてそう呼ばれているだけに違いない。

 そもそも勇者という呼び名自体、あの人だけを指す言葉ではなかった。

 魔王討伐という偉業を成したからこそ、彼女の代名詞のように使われていた。


「誠に申し訳ありませぬ。魔王様の大切な配下を……」


 グロムは床に額を付ける勢いで謝罪する。

 私は手で制してそれを止めた。


「気にするな。勇者が相手なら仕方あるまい」


 聖なる力を持つ勇者と瘴気を好むアンデッドでは、戦いにおける相性は最悪だ。

 敗北するのも無理はない。

 むしろ無事に帰還して報告できていることを称賛したいくらいだった。


 損耗したアンデッドの数も甚大のようだが、残存する数を考えれば微々たる被害である。

 他の戦場で容易に補填できる規模に過ぎない。


 グロムは心なしか釈然としない様子であった。

 彼は遠慮がちに尋ねてくる。


「あの……驚かれないのですか? 魔王様は元々……」


「勇者と共に戦う賢者だった。そう言いたいのだろう?」


「…………」


 グロムは沈黙する。

 どうやら図星だったらしい。

 よほど言いにくかったようだ。

 気持ちは分からないこともない。


 グロムは私がこうなった経緯を知っていた。

 勇者という存在が、私にとって特別であることも理解している。

 だから敵軍に勇者が現れたことを危惧している。

 私は言葉に窮するグロムを宥める。


「何も驚くことはない。この時代にも勇者が誕生しただけだ」


「この時代、ですか……」


 私はグロムの言葉に頷く。

 すぐに続きを語った。


「世界は悪が蔓延ることを許さないらしい。魔王のような脅威が生まれると、それに対抗する存在を配置する。それが先代勇者と私であった」


 時代ごとに正義の執行者は存在する。

 これは運命とも言い換えられるだろう。

 彼らは苦難を乗り越えた果てに悪を滅する。

 それが当然のように実行する。


 歴史を遡れば、そういった出来事が繰り返されていた。

 詳細な部分は異なるものの、大まかな流れは同じだ。

 非道の限りを尽くす悪は、理不尽な力を有する正義に駆逐される。

 そうして人々は束の間の平和を謳歌するのだ。

 英雄物語の典型である。


 もしかすると、ヘンリーも正義の執行者として選ばれたのかもしれない。

 彼を加えた三人で魔王に挑むのが、本来の道筋だった可能性もある。

 実際、そういった流れを辿る未来もきっとあったのだろう。


「私達は世界に導かれて魔王を倒し、見事に平和を取り戻した。もっともそれは、どうしようもない惨劇の始まりだったわけだが」


 十年を経て遂げられた復讐。

 そして、真の世界平和を実現するための侵略戦争。

 人々にとっては悪夢に違いない。

 先代魔王が死に、ようやく平穏が訪れた矢先の出来事である。


 彼らが求めるのは、灰色の平和だ。

 残酷な世界で妥協し、最良でも最悪でもない生き方を望んでいる。

 時に降りかかる不幸や悲劇を嘆き、無力感に苛まれながら彼らは死んでいく。


「かつて世界を救った私は、新時代の魔王となった。これに対抗するために覚醒したのが、今代の勇者なのだろう。世界の流れは、どうにかして私を葬りたいようだ」


「魔王様……」


 グロムが悲痛な声を発する。

 骨だから表情は変わらないというのに、彼の内心がはっきりと伝わってきた。

 だから私は、安心させるように断言する。


「無論、大人しくやられるつもりはない。私には目的がある。世界に逆らってでも成し遂げたい目的だ」


 私はグロムの眼窩の炎を見る。

 揺らめきながら燃える炎は、続く言葉を待ち望んでいた。


「新たな勇者は始末する。下手に放っておくと、さらに力を付けてしまうだろう。手に負えなくなる前に倒す」


「魔王様が直々に出向かれるのでしょうか? ご命令とあれば、わたくしが対処致しますが……」


 グロムは静かに提案する。

 手柄を求めているのではない。

 私への気遣いだろう。

 勇者と私は相対すべきではないと判断したのである。


 確かにグロムの戦闘能力なら、たとえ単独でも勇者を迎え撃つことができる。

 徐々に力を増幅させる彼は、既に複数の軍を蹂躙するだけの強さになっていた。

 ルシアナとヘンリーもいる。

 彼らが協力すれば、魔王の私が向かうまでもない。

 しかし、私は首を横に振る。


「私が戦おう。相手は時代に選ばれた勇者だ。全力を尽くした方がいい。どのような奇蹟が起きるか分かったものではない」


 勇者は逆境を糧に成長する。

 言ってしまえば運命に愛された存在である。

 生前、私は間近でそれを見てきた。

 勇者という存在に関しては、誰よりも正確に把握している。


 私なら、勇者の起こす奇蹟もねじ伏せられる自信があった。

 逆転の余地すら与えず、速やかに滅ぼしてみせよう。

 今代の魔王は決して死なない。

 勧善懲悪の物語は枯渇した。


「勇者との対決では援護を任せるだろう。その際は頼む」


 私がそう告げると、グロムは立ち上がって敬礼した。


「しょ、承知しましたっ! お任せください、必ずや魔王様のお役に立って見せますぞ」


「ああ、期待している」


 私はソファを立ち、部屋の入り口へと歩いていく。

 扉に触れたところで、グロムに連絡事項を付け加えた。


「ルシアナとヘンリーにも伝えておいてくれ。日没までには襲撃に向かう」


「はっ! 仰せのままに」


 真剣な様子でグロムは応じる。

 その姿からは、迷いや葛藤は消え失せていた。

 魔王の忠臣として、為すべき役割を全うしようとしている。

 もう心配しなくても大丈夫だろう。


 グロムの様子を確かめた私は、扉を開けて部屋を出た。

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