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第169話 賢者は獣と対峙する

 前方に立つ銀髪の女は、私の記憶にない人物だった。

 この空間において、明らかに異質な存在である。


 私は杖を構えて魔術行使の準備を行った。

 延々と続いた移動中で、魔術が問題なく使えることは確認済みだ。

 感覚は現実世界と同じだった。


 女とは微妙に距離があるものの、魔術の射程には収まっている。

 瞬きの間に術を浴びせられるだろう。


 私の内心を察したのか、銀髪の女は自らの肩を抱いて、わざとらしく震えてみせた。


「あわわ、そんなに怖い顔をしないでくださいよ。泣いちゃいそうですぅ」


「質問に答えろ。お前は誰だ」


 私は感情を乗せずに尋ねる。

 女は怖がる動作をやめると、優雅に一礼した。


「特に名前はありませんが……便宜上、グウェンとお呼びください。あなたが外世界の獣と呼ぶ存在ですね。今は精神体となって、こちらにお邪魔している感じです」


 銀髪の女――グウェンは飄々と名乗った。

 なんとなく予想は付いていたが、やはり外世界の獣だという。

 彼女は諜報員の目を介して、私の精神に侵入した。

 さらに現在に至るまで身体を蝕んでいる。


 グウェンは嫌な笑みを湛えて私に問いかける。


「ドワイト・ハーヴェルトさん。あなたの言動はここから眺めていました。私を殺しに来ましたね?」


「お前だけではない。外世界の獣は残らず排除する。それが私の役目だ」


 外世界の獣は各地に出現しつつある。

 防御機構が発動する事態だ。

 すなわちこの世界の危機に直結する脅威と言える。


 したがって獣達は、平和を崩す存在だった。

 私の立場から見ると、必ず滅ぼすべき相手である。


 突如としてグウェンが小躍りした。

 砂漠の上とは思えないほど軽やかな動きで、彼女は楽しそうに舞う。


「不滅の魔王となって、唯一絶対の悪を担うんでしたっけ。尊敬しちゃいます」


「…………」


「なんで知ってるんだ、って顔をしてますね。当然ですよー、記憶を見ちゃったんですから。ハーヴェルトさんの半生は、しっかり網羅してますよ! どんな問題だって答えられる自信があります」


 グウェンは胸に手を当てて言う。

 その仕草や表情は、不快感を煽るものだった。

 おそらくわざとやっているのだ。

 彼女は私の神経を逆撫でして、心を乱すのが目的なのだろう。


「いやー、世界を救ったのに処刑されるなんて災難でしたねぇ。これだけ典型的な悲劇も珍しいんじゃないですか? 記憶を拝見した時、思わず涙が出そうでしたよ、ええ」


「なぜ私を狙った。何が目的だ」


 私は戯れ言を無視して疑問を投げる。

 グウェンは残念そうに肩をすくめる。


「揺さぶりは効きませんか……というか、あっさり教えると思います? そんなに素直じゃないんですよ、私」


 愉快そうに高笑いするグウェンを見て、私は会話が無駄であると理解した。

 何を言っても、はぐらかされるだけだ。

 彼女は、真面目にこちらと取り合うつもりなどない。


 私は杖に魔力を流し、空いた手に魔力剣を生成した。

 それを目にしたグウェンは、やはり笑みを深める。


「おっと、やっぱり戦う気ですか。野蛮ですねぇ。さすがは魔王です。ただ、覚悟してくださいね。私、意外と強いですよ?」


「関係ない。やるべきことをするまでだ」


「ふふっ」


 グウェンが笑みを洩らす。

 その口端が、引き裂けんばかりに吊り上がっていく。

 彼女は空を仰ぐと、深々と息を吐き出した。


「固い決意、素晴らしいですねぇ。本当に――食べてシマイタイ」


 刹那、グウェンの声が歪む。

 彼女の輪郭が曖昧となり、まるで影のように立体感を失った。

 全身の端々が薄れたかと思うと、幾本もの触手に変貌する。


 彼女という人型は、今や無数の触手で構成されていた。

 不気味に脈動しながら蠢いている。

 そこには、欠片の人間性も感じられない。

 混沌という概念が、悪意で縁取られたような存在だった。


 しかし、触手はすぐに消失した。

 瞬時に元に戻ったグウェンは、口元に手を当てて苦笑する。


「おっと、失礼。本性がはみ出しちゃいました。乙女の秘密を見られてしまって、恥ずかしいですぅ」


「…………」


 私は反応せずにグウェンを凝視する。

 現在は、人間と変わりない姿だった。

 だが、その本質は理外の怪物である。

 まさに外世界の獣という表現が相応しい容貌を隠していた。


「さて、雑談はここまでにして本題に入りましょうか。戦いの展開は避けられないみたいですし」


 手を打ったグウェンは、その場で回りながら発言する。

 彼女は身振り手振りを交えながら話の整理を始めた。


「私を倒せたら色々と教えてあげちゃいます。大サービスってやつですね。ただしハーヴェルトさんが負けた場合、あなたの身体は私がいただきます。それでよろしいですね?」


「ああ、問題ない」


 私は頷きながら術を行使する。

 指先から伸びた鎖は、グウェンの首に巻き付いた。

 そのまま体内へと馴染んでいく。


 彼女は首を撫でているが、既に鎖は無い。

 私は警告を兼ねてグウェンに説明する。


「誓約の魔術だ。今のやり取りを触媒に発動させた。破れば魂を呪う」


「うわぁ、本当にやってますねぇ。油断も隙もないというか……後戻りできないじゃないですか、もう」


 グウェンは面倒そうにぼやく。


 彼女のような性格は、一貫して約束を守らない。

 決して信用できず、どれだけ卑怯な手段でも平然と用いてくる。

 だから先手を打って約束を強制的に守らせることにした。


 術の感覚からして、グウェンは誓約に縛られている。

 勝手に逃げ出すようなことがあれば、彼女は即座に呪いを受けるだろう。

 獣の能力なら解除できるかもしれないが、グウェンの言動から考えると困難だと思われる。


 少し不安があったが、外世界の獣にも魔術が効くと判明した。

 これは何気に大きい発見だ。

 勝ち目は十二分にあると言えよう。


 私達は、夜の砂漠で対峙する。

 乾いた風が互いの間を吹き抜けていった。

 静寂に包まれる中、先に発言したのはグウェンだ。


「――それでは、存分に殺し合いましょうかね」


 グウェンの気配が切り替わる。

 滲む出てきた殺気は、明確に私を狙っていた。

 愉悦する彼女は、踊るように指を振る。

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