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第163話 賢者は幻視する

 私は謁見の間で事務作業を進める。

 一時期は異様に忙しかったが、最近は落ち着いている。

 仕事と言っても、領内各地の運営に関する許可が主だ。

 それも重要な案件以外は、他の事務官が処理してくれていた。

 したがって私の判断が必須という場面は少ない。


 これも配下による努力の成果だった。

 魔王領を円滑に動かすため、彼らは事務関連で細かな改善を繰り返している。

 おかげで私の負担は劇的に軽減していた。

 私だけではここまで最適化はできなかっただろう。

 感謝しなくてはいけない。


(それにしても、今回の相手は誰なのだろう)


 書類の山を崩す傍ら、私はふと疑問に思う。

 突然死した諜報員達だが、どこの国から派遣されたのか見当が付いている。

 ルシアナによる調査で大まかながらも判明しているのだ。


 彼らは複数の国から派遣されていた。

 ただし連携していたわけではなく、ただ同時期に王都へ潜入しただけだ。


 共通点のない彼らは、揃って精神に異常を来たしていた。

 国同士が結託したとは考えにくい。

 あのような未知の術が開発されたとは聞いていなかった。

 極秘で進められていた計画かもしれないが、それにしても唐突すぎる。


 密偵は各国の裏事情も入念に調べている。

 現状、関連しそうな話は聞いていなかった。


 複数の国が連携しているのなら、尚更に情報が出回るはずだ。

 こちらが何も掴んでいないのは些か不自然だろう。

 だから今までのような国絡みの案件ではないと考えている。


 そうなると浮上するのが、国以外の勢力が元凶という可能性だった。

 私はこの可能性を強く疑っている。

 確固たる根拠はなく、直感的な予想だ。


 国家とは無関係な第三者が、諜報員達の目に術を仕込んだのではないだろうか。

 術を仕込む人間は、諜報員の中から無作為に選ばれたに違いない。

 だから所属国に統一感がないのだ。


 その何者かが諜報員を使った理由については、なんとなく分かる。

 彼らの目を通して私を見たかったのだろう。


 肝心の目的は不明だ。

 直接的に対面するのは不都合のため、安全な方法で接触を図ってきた。

 私は、まんまとその策にやられたわけである。


 とにかく、相手の居場所を突き止めたい。

 そうすれば強襲することも可能だった。

 あまり好ましくないが、力押しで殲滅するという選択肢もとることができる。

 不明瞭な勢力を野放しにしたくないのが本音だった。


 色々と考え事をしていると、扉が叩かれた。

 そこからヘンリーが片手を上げて入室してくる。


「やあ、大将。軍の編成と武装について、少し相談があるんだが……」


「分かった」


 私は室内の広いテーブルに移動した。

 関係のない書類をどけて、ヘンリーと向かい合うように座る。


 それから私達は、軽い相談を始めた。

 ヘンリーの求める話題と併せて、今後の侵略計画についても打ち合わせをする。

 重要な案件だが、既定路線に沿って展開するだけだ。

 議論が起きることもなく、話は滞りなく進んでいく。


 その最中、視界の端に黒ずみが生じた。

 私は思考を止めて注視する。

 黒ずみは不気味に蠢いていた。

 同時に耳鳴りのような音も混ざる。


(……何だ?)


 私は首を傾げる。

 黒ずみは生き物のように伸びると、ヘンリーに巻き付こうとした。

 徐々に迫って接触するも、ヘンリーは気付かずに会話を続けている。


「…………」


 私は殺気を発し、魔術を発動しようとした。

 その途端、黒ずみは消失する。

 再び現れるということもなく、耳鳴りも聞こえなくなった。


(幻だったのか……?)


 私は目をこする動作をしようとする。

 直後、眼球など存在しないことを思い出した。


「大将? どうかしたのかい」


 ヘンリーが私に尋ねる。

 怪訝そうな様子で、こちらを窺っていた。


「いや……何もない」


 私は首を振る。

 背筋に嫌な冷たさを覚えた。

 言い様のない不快感に襲われている。


 私は椅子から立ち上がると、部屋の出入り口へと向かう。

 扉に手をかけながら、私はヘンリーに告げる。


「少し疲れているようだ。すまないが休んでくる」


「ああ、そうした方がいい。不死者にだって、休息は必要だろうさ」


 ヘンリーは優しげに言った。

 彼は扉の向こうに出た私に声をかける。


「大将」


「何だ」


「状況が整ったら話してくれよ。隠し事は無しだ」


 思わず振り返る。

 ヘンリーは真剣な顔をしていた。

 真っ直ぐな眼差しだった。


「――分かった」


 私はただ頷いて応じる。

 彼にはすべて見抜かれていたようだ。

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