第162話 賢者は解析結果を知る
数日後、所長から報告があった。
件の諜報員が、突然死を遂げたらしい。
予想外の内容であり、これには私も驚いた。
直前まで何の兆候もなく、眠るように息を引き取ったという。
さすがに放ってはおけない事態だ。
真相を確かめるため、私はすぐさま研究所へと向かった。
地下に転移すると、すぐさま所長が駆け付けてきた。
彼女はしきりに頭を下げてくる。
「申し訳ありません魔王様! こちらで片時も目を離さずに監視していたのですが……っ!」
「気にするな。私でもおそらく防げなかっただろう」
私は所長を落ち着かせる。
慰めではなく、純然たる事実だった。
今の所長が常に監視する状況とは、あらゆる防備が万全ということである。
それ以上に厳重な態勢はない。
たとえ私が諜報員達の管理を徹底したとしても、同じ結果になっていただろう。
此度の失敗、ほとんど避けようがなかった。
所長を責める道理はない。
むしろ何もかもが不明の中で、解析を快諾した彼女の心意気と努力を褒めるべきだろう。
私は所長の案内で隔離された一室へと移動した。
彼女は少し元気がない様子で先導していく。
「こちらの部屋です……どうぞ」
招かれた部屋の中央には、諜報員達が並んで横たわっていた。
生命の反応は感じられない。
間違いなく死んでいるようだ。
存外に安らかな表情だった。
最後に見た時は恐怖と焦りで動転していたが、その面影は少しもない。
見かけだけなら、本当に眠っているだけのように見える。
所長は諜報員達のそばに立った。
彼女はそのうち一人の首筋に手を当てる。
「外傷はなく、病や呪いの類も見つかりません。正真正銘、突然死ですね」
「ふむ……」
私は死体の前に屈む。
確かに外傷はない。
異常な魔力の流れも感じられず、本当にただの死体だった。
次に死体の目を調べる。
やはりこちらも異変は見られない。
意を決して注視しても、精神汚染を受けることもなかった。
覗き込まれるような感覚は皆無だ。
(術の痕跡は見られず、死因も不明。困ったものだな)
私は死体を順に調べながら思案する。
ここまで異常がないのは、逆に不自然だった。
なぜ死んでいるのか分からない。
あまりにも不可解である。
どの死体も揃って同じ状態だった。
それが余計に頭を悩ませる。
「やられたな。術者に用済みと判断されたようだ」
突然死はおそらく人為的なものだ。
諜報員の目に細工を施した者が、遠隔操作で始末したに違いない。
どのような術かは不明だが、何かされたのは確実だった。
「解析で判明したことはあるか」
「そうですね。資料としてまとめてあります」
出入り口から、別の所長がやってくる。
彼女は私に紙の束を手渡してきた。
そこに記されているのは、諜報員の解析内容だ。
所長が調べ上げたことが詳細に載せられている。
様々な観点から謎を解き明かそうとしているようだった。
それによると、やはり術者は存在するらしい。
諜報員の目を介して、こちらを見ていたという。
その術者と目が合ったことで、私は精神汚染を受けそうになったのだ。
他に特殊な効果はない。
諜報員は、ただの監視装置のような扱いだったようである。
何者かが魔王領の偵察に利用したのだろう。
残念ながら明確な手がかりには繋がっていないものの、着実に前進している。
情報量もしっかりと増えていた。
余計な可能性を潰していくのも大切な作業だ。
無論、過度の人体実験が行われたわけでもない。
所長の解析が、突然死に直結したということもないだろう。
「目を合わせた時、何かざわざわっとしたのは確かなんですよねぇ……向こうの座標さえ分かれば完璧だったのですが」
「精神の不調はないか」
「全然問題ありません。この通り、元気いっぱいです!」
「……それは良かった」
笑顔で答える所長に、私は何とも言えない気持ちになる。
資料を見るに、所長は何度も諜報員の目を凝視したようだ。
瞬きをせず、一昼夜に渡って見つめ合ったことも記載されていた。
誇張ではなく事実なのだろう。
明らかに常軌を逸しているが、所長は元からこのような性格だった。
精神汚染の影響ではない。
とりあえず現時点で分かったことは把握できた。
これ以上は長居しても意味がない。
未だに相手の正体や目的が不明瞭のままなのは気になるが、焦ったところでどうしようもなかった。
頭の中を整理しつつ、私は所長に指示をする。
「ひとまず死体は預けておく。引き続き解析を頼みたい。何かあれば連絡してくれ」
「承知しました! なんとか成果を出してみせますっ!」
諜報員は死んでしまったが、解析自体は進んでいる。
今後もなんとか探っていくしかるまい。
力強く応じる所長に任せて、私は謁見の間に戻った。