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第161話 賢者は訓練を見守る

 その日の午後、私は旧魔族領へと赴いた。

 広大な荒野のみが広がるはずのそこには、果てしないほど大きな湖がある。

 私が魔術で生み出したものだった。


 湖の上には、二隻の大型船が浮かんでいた。

 ある程度の距離で並ぶ船は、その場に停止している。

 二隻の間では、様々な種族の兵士が行き交いながら戦っていた。


 かなり熾烈な争いだが、これは実戦ではない。

 海上での戦いを想定した訓練である。


 昨今、大陸外の国が海を渡って干渉してくることが多発していた。

 諜報員を派遣や、大陸内の国との交渉、物資提供等が代表例となる。

 大半が魔王に関わることらしい。

 別にそれ自体は構わない。

 今代魔王の知名度が、いよいよ全世界に広がったということだ。

 グロムなどは、涙を流さんばかりの勢いで歓喜していた。


 そういった事情を踏まえて、此度の訓練を実施することにした。

 大陸外へ進出することを想定して、魔王軍も海での戦いに対応できた方がいいだろう。

 当初は魔王領に湖を造るつもりだったが、ディエラの強い要望によって場所をここに変更した。

 彼女曰く、せっかくの土地を有効活用したかったらしい。

 主張自体は真っ当なので、私は従うことにした。


 訓練に参加しているのは主に魔王軍の兵士達である。

 種族は問わず、ひとまずは希望者のみを募った。

 普段と比べて武装は少なめで、全体的に身軽な風貌をしている。


 兵士達は、赤い服と青い服で陣営を区別していた。

 二つの陣営で争いながら、敵の船に設置された旗を奪取するのが目的だ。


「クハハハハハハァッ! どけい、吾のお通りじゃぞ! 死にたい者からかかってくるがよいッ!」


 船上にて、赤い服を着たディエラが叫ぶ。

 彼女は軽やかに舞いながら、両手に持つ鉄砲を乱射していた。


 青い服を着た兵士達は、弾を受けて怯んだり転倒し、運の悪い者は湖へと落下する。

 たまに赤い服を着た味方にも被弾していた。

 彼らは慌てて射線から逃れようとしている。


 ディエラは狙いが下手な上に大雑把だった。

 あまり深く考えずに発砲しているのだろう。

 おかげで両陣営から恐れられている。


 ちなみに使用している弾は、樹脂が主原料の非殺傷型だ。

 それなりの痛みは伴うも、当たっても死ぬことはない。

 兵士の大半も同じ武器を携帯していた。


 ディエラは生き生きとして戦っている。

 彼女から訓練に協力したいと申し出たのだが、あれは楽しむための口実だったらしい。

 今の姿を見れば疑うまでもない。


 一応、今後も特殊な地形を造っていいと許可を得ていた。

 旧魔族領には、本当に何もない。

 広さだけが売りといった始末で、ほぼすべてが放置されている。

 変化と言えば、たまに瓦礫が散乱している程度だ。

 何の活用もされていないのが現状であった。

 訓練実施のたびに遊び場が増えるため、ディエラからすれば良いこと尽くめだろう。


「吾を止める者はおらぬのかァ! 誰であろうと歓迎しようぞっ!」


 ディエラは縦横無尽に動き回っている。

 彼女は光の鎖を駆使して立体的な立ち回りを披露していた。

 船上という限られた場とは思えない戦い方である。

 やはり戦闘に関する才覚は別格だった。


 そんな彼女の背後に、高出力の魔力反応が出現する。

 ディエラは顔を顰めて察知した。

 光の鎖を船の柱に突き立てると、振り子の要領で回転して高速移動する。

 直前まで彼女のいた場所を、斧の一閃が通過した。


「ほほう、やるではないか! それでこそ先代魔王だのう。ひひっ、海賊の血が滾るわい」


 愉快そうに笑うのは、デュラハンのドルダだ。

 紫電を迸らせる彼は斧を弄んでいた。

 着ているのは青い服である。

 首に繋げられた狼頭は、牙を剥き出しにして笑みを湛えていた。


 先ほどからドルダは、普段の言動からは想像も付かないほど流暢に喋っている。

 いつもなら瞬間的に理性を取り戻すくらいだが、それがなぜか終わらない。

 技の冴えも相変わらずだ。

 嬉々としてディエラに突貫しては、互角の戦いに持ち込んでいる。


(純粋な戦闘能力ならば確実にディエラが上だ)


 それにも関わらず、両者の力は拮抗している。

 ディエラが手を抜いているわけでもない。

 船の上という状況が、ドルダの本能を刺激して底力を発揮させているのだろう。

 彼が大海賊と呼ばれる所以がよく分かる光景である。

 先代魔王軍が、ドルダに手出ししなかったのも納得だった。


「船に乗った途端、正気を維持している。海賊としての血が騒ぐのだろう」


 そばから声がした。

 見ればエルフの族長ローガンが立っている。

 彼は頭から爪先まで水浸しだった。

 加えて心なしか不機嫌そうな顔をしている。


 ローガンはちょうど湖から出てきたところだった。

 水浸しなのはそのためである。

 私は彼に尋ねる。


「訓練は順調のようだな」


「ディエラとドルダが落ち着けば完璧だろう」


 ローガンは髪を掻き上げながら答える。

 彼の批難じみた視線は、船上にて戦う二人を捉えていた。

 あからさまに迷惑そうな顔をしている。


 一部始終を目撃していたが、ローガンはドルダの一撃で吹き飛ばされて湖に落下したのだ。

 咄嗟に精霊魔術の防御を使っていなければ、重傷を負っていたに違いない。

 もっとも、ドルダに反省している様子はない。

 後ほど忠告してもいいが、その頃には再び理性を失っているだろう。


 一方で他の兵士達も奮闘していた。

 取っ組み合いながらも、互いの船に乗り込もうと身体を張っている。

 鉄砲での撃ち合いも活発だった。

 両陣営の戦いが、佳境に達しようとしている。


「戦況の最新情報を取得――命令を更新。第二部隊は待機。第三部隊は正面の防衛線を維持」


 船の端では、ユゥラが青の陣営で指揮を執っていた。

 自身は前線に出ず、部下の動かし方を学習しているようだ。

 ヘンリーから助言を受けたと聞いていたが、真面目に取り込んでいるらしい。

 不器用だったユゥラは、着実に成長している。

 ドルダも要所で指示を出しており、絶妙な連携力を発揮していた。


 ちなみに赤の陣営の指揮官はローガンだったが、彼はこの調子だ。

 ローガンの脱落によって指揮系統が混乱し、赤の陣営は劣勢に追い込まれつつあった。

 大将であるディエラは自由気ままで、ローガンが脱落したことにおそらく気付いていない。

 ドルダとの戦いに夢中になっている。


 湖に落ちた兵士達は続々と陸に上がり、残った者達の奮闘を観戦し始めた。

 脱落した彼らは、陣営も関係なく談笑している。

 野次を飛ばして楽しむ姿も散見された。

 訓練として己を鍛えながら、ほどほどに気晴らしできているらしい。

 この辺りの気候は穏やかだ。

 全力で身体を動かして、水浴びもできるのは気持ちがいいのだろう。


 その後、形勢が覆ることはなく、青の陣営が旗を奪って訓練は終了した。

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