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第16話 賢者は新たな報告を聞く

「よし、全員揃ったな! じゃあさっそく始めていくぞ――」


 遠くからヘンリーの声がした。

 私はバルコニーから視線を巡らせる。


 ヘンリーは訓練場にいた。

 彼は居並ぶ魔物の前に立ち、何かを説明している。

 身振り手振りを交えて、たまに弓を引くような動作を行っていた。

 どうやら射撃訓練の講義をしているようだ。


 数日前にヘンリーが教官に立候補したのである。

 彼は優秀な弓兵だ。

 手ほどきを受ければ、配下達も技術向上を望める。


 戦場において遠距離攻撃は重要だ。

 魔術に劣るような印象を持たれがちだが、実際はまるで違う。

 詠唱を必要とせず、練習次第で誰でも扱うことができる。

 発射から命中までも静かだ。

 魔術とは異なり、目視でなければ感知されづらい。


 数を揃えた一斉射撃によって面の攻撃も可能だ。

 場合によっては牽制以上の効果を持つだろう。

 魔術付与で強化することで、威力も大幅に上げられる。

 総じて応用の利く武器であった。


 魔王軍には魔術を使えない者も多いため、射手が増えるのは戦力的に大きい。

 私やグロムが援護すれば問題ないが、いつもそれでやり過ごしていると、いつか必ず苦労する。

 今のうちに使いこなせるようになってもらうのが、将来的にも最適解だろう。


 ヘンリーの講義を聞いていると、部屋の扉がノックされた。


「魔王様、よろしいでしょうか」


「ああ、構わない」


「失礼致します」


 入室したのは一人のサキュバスだ。

 ルシアナではない。

 彼女の直属の部下である。

 そのサキュバスは書類の束を机に置くと、そのまま速やかに退室した。


 私はバルコニーから離れて書類を確認する。

 各地の支配状況や、王都の暮らしにおける改善点、求める設備等が記載されていた。

 過不足の無い報告でまとめられている。

 各種書類の雛形は、ルシアナが担当していたはずだ。

 彼女の教育は行き届いているようである。


 最近は城勤めを希望する者も増えてきた。

 戦闘が得意でない者や、事務作業を好む者が意外と多いのだ。

 魔王軍の活動が多様化してきた今、ありがたい存在である。

 侵略だけではやっていけない。

 端々で調整をする者が必要だった。


 余談だが、蔓延する瘴気の管理についても徹底している。

 現在は城の地下に貯蓄してあった。

 配下に健康被害が出ないための配慮だ。

 かなりの濃度になってきたので、近日中に別の保管方法も考えねばならない。


 私はソファに座り、持ち込まれた書類に目を通していく。

 ちょうどこの時間帯は特にすることもない。

 先に事務作業をしておいた方がいいだろう。


(魔王軍も随分と安定してきたな……)


 ヘンリーを配下に加えてから、およそ五十日が経過しようとしていた。

 国内の侵略は順調だ。

 既に領土の八割以上を支配している。


 魔王軍は転移魔術を駆使して、各地に攻撃を繰り返していた。

 これといった苦戦もない。

 私が手を下さずとも、魔物達が圧倒的な蹂躙を展開してくれる。

 積み上がった屍はアンデッドとなって新たな配下に加わる。


 ヘンリーも大活躍していた。

 特筆すべき点は、やはり自慢の弓による超遠距離からの狙撃だろう。

 相手の防御魔術を貫き、次々と指揮官を射殺す姿は、味方としては非常に頼もしい。


 敵軍を散々に混乱させた後に、ヘンリーは魔物を引き連れて肉弾戦に持ち込む。

 その類稀なる格闘能力を存分に発揮するためだ。

 彼の暴力に敵う者はおらず、兵士達はあえなく抹殺されていった。

 前衛を務める魔物達からは、いつも尊敬の眼差しで見られている。

 もしかすると、私より崇拝されているかもしれない。


 書類には、滅亡した小国についても触れていた。

 放置された領地は、隣接する国々に横取りされたそうだ。

 吸収して自国のように運用しているらしい。

 鉱山地帯を占拠し、さっそく利潤を生み出している国もあるという。


 色々と段取りが良すぎる。

 この展開を知っていなければできない動きである。

 小国を生贄に魔王軍を消耗させるつもりだと思っていたのだが、どうやらそれは違うらしい。

 魔王軍にぶつけることで小国を滅ぼし、領土と資源を奪うのが目的だったようだ。


 本当に馬鹿げている。

 周辺諸国は私の想像以上に楽観的であった。

 新たな魔王を舐め切っているのだ。

 あくまでも対岸の火事として捉えている。

 それどころか、小国を陥れるための罠として利用する始末だった。


 小国の首脳陣から得た情報により、裏で糸を引く国々は把握済みである。

 国内を制覇した暁には、真っ先に攻め込むつもりだ。

 今のふざけた風潮を打破しておきたい。


 まだ危機感を覚えていない能天気な者達には、極大の絶望を植え付けなければならない。

 新たな魔王という脅威を、彼らは一過性のものだと認識している。

 十年前に人類が勝利したという驕りが見え透いていた。


 或いは私に対抗し得る策を有しているのか。

 私が不在だった十年間で、世界の技術が大きく進歩した形跡はない。

 ただしそれは、一般的な部分の話である。

 魔王の復活を見越して、専用の備えをしている国があると考えられないこともない。

 不死者である以上、どうしても弱点は付きまとってくる。


 私は限りなく不死身に近いが、全知全能の無敵の存在ではなかった。

 慢心すれば殺されてしまう恐れもある。

 それは絶対にあってはならないことだ。

 私は世界平和の礎となるのだから。


 そのためにも私は、力を使いこなす訓練を欠かさないようにしていた。

 生前とは魔術の規格が段違いのため、人智を超える術の行使も可能だった。

 試行錯誤を経て、日々やれることの幅を広げている。


 書類の確認が終盤に差し掛かった頃、部屋の外から騒がしい足音がした。

 こちらへ近付いてくる気配がある。

 誰なのかはすぐに分かった。


「…………」


 私は書類を揃えて脇に置く。

 同時に扉が開け放たれた。


「魔王様! 大変でございますっ!」


 現れたのはグロムだ。

 彼は当然のように私の前で跪くと、震えながら話を切り出す。


「ご、ご報告が、あります……」


「どうした」


 私は尋ねながら考える。


 グロムがここまで取り乱すとは、よほどの事態なのだろう。

 普段から反応は大きいが、それとは些か質が異なる。

 魔王軍にとって良くないことであるのは確かだ。


 直近でそのような懸念事項はあっただろうか。

 私には思い当たる節がない。

 だとすれば、突発的な問題に違いない。


「あ、あの……実は、その……」


 グロムはなぜか発言を躊躇っていた。

 何かを言いかけては、首を振って中断する。

 彼が言い淀むとはまた珍しい。

 ますます内容の見当が付かなくなってきた。


 ふつふつと湧く興味とは裏腹に、私はグロムを急かさずに待つ。

 ここで声をかけたところで、彼を余計に委縮させてしまうのは目に見えていた。

 それなら落ち着いて話せる状態になるのを待った方がいい。


 暫しの葛藤の末、彼は消え入りそうな声量で報告する。


「勇者が――聖剣を持つ勇者が、我々の侵略に抵抗して戦っております……」

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