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第159話 賢者は所長に依頼する

 私が赴いた先は、研究所の地下だった。

 防犯設備をすり抜けるようにして転移する。

 本当は入口から堂々と入るべきだが、あまり時間はかけたくなかったのだ。


 私は白一色の空間に結界を置く。

 諜報員達は、問題なく内部にいる。

 まだ意識はあり、声は聞こえないが喚いているようだった。


 結界を眺めていると、部屋の扉が開いて所長が現れる。

 彼女は床を滑るようにして移動してきた。


「これは魔王様! 本日はどのようなご用件でしょうか。なんなりと我々にお任せください!」


 所長は嬉々として揉み手をする。


 私の来訪は伝えておらず、感知系の設備は作動させていない。

 それだというのに、彼女は的確に私の侵入と現在地を把握していた。

 さすがと言う他ない。

 魔王軍でも、同じことができる者は皆無だろう。


 密かに感心しながらも、私は結界を指差した。


「ここに封じた人間の解析を頼みたい」


 結界の色を消失させると、内部の諜報員が可視化された。

 所長は転移に等しい速度で結界に張り付く。

 彼女は顔が潰れそうな勢いで諜報員達を凝視し始めた。


「ふむ……ただの捕虜に見えますが、どうかされたのですか?」


「目を合わせると、精神干渉を受ける。常人なら狂いかねない強度だ」


 私の説明を受けて、所長はようやく離れる。

 彼女は白衣を揺らしながら諜報員達を観察した。

 その双眸は、溢れんばかりの好奇心を主張している。

 やがて所長は、微笑を湛えて首を傾げた。


「おや。魔術的な力は感じられませんねぇ……原因や構造の究明が私の仕事ですか?」


「そうだ。頼めるか」


「もちろんですとも! 全力を尽くして解決に当たりましょう!」


 所長は威勢よく頷いた。

 謎を解き明かすことに至上の喜びを見せている。

 彼女の目は、爛々と輝いていた。


 研究に明け暮れる所長だが、その知識や考察力、洞察眼は並外れている。

 局地的ではあるものの、私すら凌ぐことがあるほどだ。

 解析の速度と精度も申し分ない。


 魔王領において随一の頭脳と言えよう。

 歴史に名を残してもおかしくないほどの才覚を秘めている。

 もっとも、当人はそういったものに興味がない。

 今の環境で満足しているようだった。


 所長は結界のもとに歩み寄ると、表面に手を当てる。

 何かを確かめた彼女は、私に声をかけた。


「では、捕虜達を隣室に転送してもらえますか? 機材の関係でそっちの方がありがたいです」


「分かった」


 私は結界を隣室へと転送する。

 所長は足早に部屋の出入り口へと向かった。

 さっそく解析に取りかかるつもりらしい。


「拘束を解くが大丈夫だな」


「はい! 何があろうとこの研究所は守ります。私にとって、命よりも大切な施設ですから!」


「目を合わせる時は注意しろ。くれぐれも見つめ過ぎるな」


「……善処します!」


 所長は若干の間を置いて答えると、逃げるようにして退室した。

 あの様子だと、私の忠告を無視して凝視するだろう。

 とんでもなく危険な行為だが、私はそれほど心配していない。

 所長なら大丈夫と考えていた。


 諜報員と目を合わせた時に感じたのは、強烈な精神干渉だった。

 こちらの心を汚染する力である。

 私も危うく影響を受けるところだった。


 しかし所長の場合、異常な精神力を有している。

 研究に対する執念だ。

 狂気と言い換えてもいいだろう。


 彼女のそれは、私の精神力よりも遥かに強靭である。

 何の魔術的な防御もなく、ルシアナの魅了を弾いてみせるほどだ。

 他にも様々な精神魔術を試したが、所長に通じる術は見つからなかった。

 今回の異常現象も、おそらく彼女には効かない。

 故に安心して解析を任せることができる。


 そんなことを考えていると、背後から一つの気配が近付いてきた。

 振り向くとそこには、所長の姿がある。

 彼女は私に尋ねる。


「他にご依頼はありますか? もしお時間があれば、成果物のご紹介も致しますよ!」


「ああ、そうだな……」


 私は会話に応じつつ、感知魔術を行使する。

 隣室にいる所長の気配を捉えた。

 動きを見るに、諜報員の解析作業を始めたようだ。


 しかし、目の前には所長が立っている。

 幻覚などではなく、明らかに二人存在していた。

 ただし一方が偽者というわけではない。

 どちらも本物である。


(未だに慣れない感覚だな……)


 私は微妙な心境で所長を見る。


 以前、所長は私の術によって不死者になった。

 具体的には、ゴーストの上位となるファントムという霊体種族に変貌した。


 そしてつい最近、彼女はファントムの能力を拡張した。

 結果、同時に複数の存在として行動できるようになったのである。

 簡単に言えば分身に近いが、相違点としてどの所長も本物だ。

 人格や記憶を共有し、互いに反映させながら存在している。


 本来なら自我が崩壊しかねない特性だが、所長はこれを見事に使いこなしていた。

 この点からも彼女の精神力の強さが窺える。


 感知魔術で探れば、研究所のあちこちに所長の反応を確認できた。

 常に五十人ほどが勤務しており、他の所員と連携して研究所を運営している。

 この能力のおかげで、魔王領の技術力は飛躍的に向上した。

 日々、様々な研究や開発が為されている。


 所長は研究所という土地に憑り付いている。

 ここから離れられない代わりに、所内なら絶大な力を発揮できるのだ。

 私の来訪を察知できたのも、その性質によるものであった。

 研究所に限定すれば、彼女の目を欺くことはできない。


(……私よりも、よほど不死者の適性があるのではないか?)


 過労死を心配して不死者に仕立て上げたが、思わぬ怪物を生んでしまったのかもしれない。

 上機嫌そうな所長を見て、私は複雑な気持ちになった。

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― 新着の感想 ―
[一言] この所長チートだな…
[一言] ある意味魔王より人間離れしてるかもしれない…
[一言] ここまで読んだ159話のなかで、このエピソードがいちばん面白かったww
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