第157話 賢者は奇妙な相談を受ける
転移先は、狭く暗い部屋だった。
ここは王都の地下施設である。
表沙汰にはできない活動をしており、密偵の本拠地となっていた。
部屋の光源は蝋燭のみだった。
もっとも、不死者にとっては何の弊害もない。
目を凝らせば、室内の様子がはっきりと見えてくる。
椅子に縛られた人間が、二十人ほど並んでいた。
彼らは布で目隠しされている。
四肢と首に装着された金属の輪は、魔術封じの効果があった。
体内の魔力を攪乱することで慢性的な体調不良を誘い、自発的な魔術行使を阻害するのだ。
妙な術を使われないための措置である。
ここに並ぶのは、王都に潜入した他国の諜報員だった。
魔王領の極秘情報や技術を盗むため、彼らは難民に紛れ込んでやって来た。
別に珍しいことではない。
以前から諜報員による潜入は発生していた。
昨今はその数が大幅に増大し、少し目立つようになっただけだ。
彼らの目的は、魔王討伐ではない。
手に入れた情報と技術で、自国の利益を上げることであった。
私の弱点も探っているのだろうが、そちらはついでに近いだろう。
大陸一の戦力を保有する魔王領の恩恵に目を付けて、掻っ攫おうとしているのだ。
そのために諜報員達は、巧みに身分を隠して王都に忍び込んだ。
無害な民の中から彼らを洗い出すのは困難であるが、ルシアナを始めとする魔王軍の密偵ならば可能だった。
専門の者からすると、できなくもない作業らしい。
そうして正体を暴かれて、拘束されたのがここに集まる者達であった。
隣接する空間には、他にも諜報員が拘束されているようだ。
これだけ多いと、密偵達の活動にも支障を来たすのではないだろうか。
そろそろ大幅な増員や、育成機関の設立を検討すべきかもしれない。
「もう来てくれたのね。さすが魔王サマだわぁ」
横合いから嬉しそうな声がした。
部屋の端で壁に寄りかかるのはルシアナだ。
彼女のそばには木製の棚がある。
そこには尋問や拷問に用いられる道具が保管されていた。
実に多種多様で、あらゆる苦痛を与えられるように用意されている。
責任者であるルシアナは、そういった作業をする立場ではない。
本来なら指示を出すだけでもいいのだが、彼女は率先して参加していた。
わざわざ限界まで痛め付けてから、魅了で心の髄まで支配するのだという。
その手腕については、さすが元四天王と言わざるを得ない。
私は拷問器具を弄ぶルシアナに尋ねる。
「用件は何だ」
「それがちょっと困っているのよね……」
ルシアナは眉を下げて言う。
ふざけている様子はなく、本当に私の力が必要のようだった。
彼女は相談内容を話し始める。
曰く、ここに集めた者達は、他の諜報員に比べて様子がおかしい。
ずっとうわ言を繰り返しており、ルシアナの魅了すら効きが悪いという。
何らかの精神操作や特殊な術を受けている可能性があり、私を呼んだとのことであった。
「少し嫌な予感がして、魔王サマに確かめてもらいたかったの。下手に触っておかしなことになってもダメでしょ?」
「確かにそうだな」
私は頷く。
ルシアナの判断は正しい。
魔王を倒してその富を得るためならば、各国の上層部は手段を選ばずに仕掛けてくる。
たとえ非人道的な禁術だろうが躊躇いなく使う。
そういった状況である以上、誰がどのような策を目論んでいるか分かったものではなかった。
大義名分を掲げて正義を名乗れるのなら、人間はどこまでも悪に染まっていく。
魔王として何度も学んできたことだ。
些細な違和感にも、警戒心を以て応じるべきだろう。