第156話 賢者は魔王領の発展を振り返る
午後の陽光を浴びる草原。
私は、開拓される草原を眺めていた。
周囲では、様々な種族の労働者が建築作業に従事している。
点々と立つ現場監督が指示を送っている。
少し視線を遠くにやれば、見慣れた街が望める。
魔王領の本拠地――王都だ。
ここは王都の外周であり、新たな街を築こうとしているのである。
亜神との戦いから半年。
各地で大なり小なり変化が起きていた。
中心地である王都も、その一つだ。
発展に次ぐ発展に伴い、人口は爆発的に膨れ上がっていた。
各地からの難民や村を捨ててやってくる一団、国外から密かに亡命してくる亜人の部族などが主な要因である。
王都ならば種族や性別、身分を問わず、豊かな暮らしができるという噂を聞き付けたのだという。
実際、その認識は間違いではなかった。
単純作業をアンデッドに一任したことで、大規模な農地運用が始まっていた。
これによって元から安定していた食糧事情がさらに良好となり、価格も手頃になった。
働き手も常に募集している。
目の前で行われる建築作業など、その代表例であった。
こういった事情が重なり、王都は絶え間ない発展を遂げている。
無論、悪評も流れているはずだった。
世界を支配しようとする魔王が治める都市だ。
私は史上最悪の殺戮者であり、生者をアンデッドに変えて使役する。
民として移住するには、あまりにも危険な条件だろう。
私自身、そのような印象を広めるために行動してきた。
それにも関わらず、人々は流入してくる。
王都の民は増え続けて、経済は活性化する一方だった。
これに関しては、既に原因が判明している。
すべては人々の心理によるものだ。
平民やそれ未満の身分にいる者からすれば、世界事情など興味がないのである。
彼らは何よりも明日の生活を優先したい。
だから滅びの根源とされる魔王の支配地へと率先してやって来る。
もちろん全世界の人々がこのように考えているわけではない。
ごく一部に過ぎなかった。
とは言え、王都を絶えず発展させるだけの数はいる。
これからも同様の結論に至った民が増え続けるだろう。
呆れを感じていないと言えば、嘘になる。
結局、人々は世界の命運を気にしていなかった。
有り体に言えばどうでもいいのだ。
そのようなことより、自己利益の追求が大切だった。
昔から変わらない人間の本質である。
私やあの人も、この風潮によって処刑されたようなものだ。
決して肯定的に受け取れる代物ではないが、否定したところで変えられることでもない。
それこそ、恒久的な世界平和の実現よりも困難だろう。
人間を人間たらしめる要素である。
こうして魔王になった現在は、そういった面を利用している。
結果として王都は最盛期を迎えた。
あまり文句を言える立場ではないだろう。
私の狙い通り、人間同士の争いは着実に減っている。
やり方は間違っていないのだ。
何も迷うことはない。
その後も人々の働く姿を眺めていると、背後に密偵が現れた。
職務上の癖なのか、密偵は気配を殺している。
見事な技量だった。
周囲の者はまず気付いていないだろう。
私は振り返らずに尋ねる。
「何だ」
「ルシアナ様がご相談があるそうです」
「分かった。すぐに向かう」
彼女が私を呼ぶということは、それなりの重要な案件と思われる。
感知魔術でルシアナの位置を補足すると、さっそくその場へと転移した。