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第150話 賢者は亜神の独白を聞く

 形見の剣を掲げ、真上からの振り下ろしを繰り出す。

 竜すら断ち切る必殺の一撃だ。


「……ッ」


 それを前にした亜神が目付きを鋭くする。

 まるで視線を避けるかのように、斬撃の軌道がずれていく。

 私の狙いが狂ったのではない。

 亜神が空間を歪めて、回避に転用しているのだ。


(だが、甘い)


 この程度の妨害は予測できていた。

 私は刹那の間で微調整を始める。

 手首の返しで角度を変えて、そのまま斬りかかった。


 回避の失敗を悟った亜神が転移する。

 私はその先を察知し、背後へと剣の刺突を放った。


 切っ先は、亜神の胸に埋まっていた。

 しかしよく見ると当たっていない。

 亜神の胸部だけが、ぽっかりと空洞になっている。


(命中箇所だけを別に転送したのか)


 器用なやり方に感心しつつ、私は剣を横薙ぎに払う。

 亜神はさらに転移し、遥か後方へと退避してしまった。

 それなりの距離を挟んで私達は対峙する。


 戦いが始まってからそれなりの時間が経過していた。

 地平線からは朝日が覗こうとしている。


 亜神は軽く息切れを起こしていた。

 魔術の連続使用による消耗だ。

 彼は膨大な量の魔力量を備えるが、それでも長時間の戦闘に耐えられるほどではない。

 死者の谷からほぼ無尽蔵に魔力供給を受ける私とは、根本から優劣があった。


 亜神は口端から垂れる血を拭う。


「ここで……負けるわけには、いかない。世界を救う使命が……」


 私はその姿に違和感を覚える。

 こちらの攻撃は、まだ有効打となっていないはずだ。

 何度か身体を切断しているが、亜神はそのたびに接合している。


 魔術の類は、残らず空間魔術で対処されてきた。

 血を垂らすような傷は負わせていない。

 過度の魔力消費にしても、少し症状が重い気がする。


 私は亜神の身体を目視で解析した。

 そこで気付いたことを彼に指摘する。


「術の使用で命を削っているな。なぜそこまで必死になる」


「魔王の死が、人々の平和に繋がるからだ」


 亜神は胸を押さえ、咳き込む。

 彼は血を吐き捨てると、それを忌々しそうに踏み付けた。


「私は、この間まで無名の魔術師だった。ほんの僅かに空間魔術の適性を持つ、つまらない男だ」


 亜神は自らの過去を告白する。

 彼が無名であることは、概ね予想していた通りだった。

 英雄となる前から名が知られているのなら、密偵が突き止めている。

 それができなかったのは、つまり一切の功績を残していなかったということだろう。


 亜神は自らの吐いた血を一瞥した。

 深呼吸した彼は、私に尋ねる。


「英雄を生み出す儀式魔術は知っているか。聖杖国で実施されたあの禁術だ」


「知っている。鋼騎士や戦乙女……お前自身も術を受けたのだろう」


「そうだ。我々は術に適合した。ただし、私は他の二人とは違う。元々は無力な一般人で、儀式魔術は志願して受けた」


 鋼騎士や戦乙女は、おそらくは何らかの伝手だろう。

 以前から有名な強者だった彼らは、見込みがあるとして国から依頼されたのだ。

 儀式魔術の発動が現実的となった段階で、候補は決まっていたものと思われる。


 一方で亜神は、自ら実験体になった。

 彼の言葉を信じるなら、元は無名の魔術師だ。

 空間魔術の適性など、ほとんど役に立たなかっただろう。


 基本的に他の魔術に比べても消費魔力が多く、扱いも困難な空間魔術は、使い手の少なさから体系化もされていない。

 常人からすれば、持て余すしかない半端な才能と言える。


「大勢の志願者がいたが、私を除いて残らず死んだ。私だけが、偽りの英雄となった。儀式魔術により、以前とは比べ物にならない能力を得た。しかし、足りなかったと思った。これでは魔王には及ばない、と」


 亜神は強い眼力で私を睨む。

 僅かに血走った目は、底無しの執念を抱えていた。

 表情の変化は乏しいものの、目だけは彼の激情を物語っている。


「私はさらに十二の禁術をこの身に施した。死に等しい苦しみだったが、なんとか耐えた。すべては魔王討滅――ひいては世界の平和を取り戻すために」


 全身の術式は、禁術の一つらしい。

 白髪の蓬髪も後遺症だろう。

 それだけの無茶をしているのなら、術の使用で命が削れるのも納得だ。

 むしろ、なぜ生きているのか不思議なほどであった。


(おそらくは、彼の精神力によるものに違いない)


 力を得て、魔王を打倒するという想いが奇蹟を引き寄せたのだ。

 理屈では説明できない領域だろう。


 その時、亜神が両手を組み、魔力を高め始めた。

 彼は目を閉じて何かを呟いていく。

 それは詠唱のように見えた。


 私は剣を構え直す。


(今まで無詠唱だった……ここに来て詠唱だと?)


 何か嫌な予感がする。

 私は瘴気を乗せた雷撃を撃ち放つ。

 それは亜神に届く前に霧散した。

 空間の歪みに引きずり込まれたのである。

 隙だらけのように見えるが、やはり魔術は通用しないらしい。


 その間に亜神の術は完成した。

 彼の魔力は周囲に放射され、付近の空間全体に干渉する。


 夜明けを待つ荒野に亀裂が走った。

 空も大地も無差別にめくれ上がり、白一色の空間へと変貌し始めた。

 私は魔術による妨害を試みたが、いずれも効果が無い。


 ――世界が、裏返っていく。


 そうとしか表現できない現象だった。

 あっという間に荒野は消滅し、私達は何もない空間に立たされる。


 亜神は手を下ろすと、ふらついて倒れそうになった。

 彼は滝のような汗を流しており、目の焦点も曖昧になっている。

 血色も死人のように悪い。

 そのような状態ながらも、彼はしっかりと声を発する。


「亜空間だ。外部との繋がりは断ち切られている。隔離されている以上、魔力供給はできないはずだ」


「……ふむ」


 確かに死者の谷との接続が途絶されている。

 魔力供給の恩恵は受けられそうにない。

 あれだけ消耗しながらも実行したかったのは、私の弱体化だったようだ。


 亜神が激しく咳き込む。

 押さえた手の隙間から、粘質な血が漏れていた。

 彼は赤く染まった手を離すと、掠れた声で宣言する。


「この世界の勇者は、死んだ。だから私が悪を挫く。倒されるわけには、いかない」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] あれ?死者の谷の権能届かない上に成り代わりのアンデッドもいないのなら死んだら死ぬのでは? ……死んだら死ぬに自分でツボった。
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