第15話 賢者は王都に帰還する
目的を果たした私達は、転移魔術で王都へと帰還した。
小国で増やしたアンデッドは、配下の魔物が誘導して連れていく。
使う機会が来るまでは倉庫に保管する予定である。
「それじゃ、よろしくねー! 勝手に死なせちゃダメよーっ」
ルシアナは手を振って見送りの言葉をかける。
彼女の視線の先には、魔物の牽引する馬車がいた。
荷台に複数の布袋が載せられている。
ちょうど人間ほどのサイズ。
たまに蠢いている。
馬車の揺れではない。
布袋の中身は、小国でルシアナが魅了した首脳陣だった。
これから彼らの持つ情報を引き出すのである。
小国に軍事支援を行った国が判明するはずなので、何らかの制裁を加えねばならない。
「ほう、こいつはすげぇや。本当に魔物の街になってるじゃないか」
ヘンリーが王都の街並みに感心する。
現在の彼は、身なりが大きく変化していた。
首都の城にあった浴場で全身を洗い、薄汚い囚人服から軍服に着替えている。
伸び放題の髪は後ろで結び、髭も綺麗に剃っていた。
みすぼらしい風貌から一変したことで、五歳は若返ったように見える。
私は物珍しそうにするヘンリーに質問を投げかける。
「王都へ来たことはあるのか?」
「傭兵だった頃にな。鼻たれの新人時代さ。田舎から出てきたばかりだったから、華やかな街並みに驚いたよ」
ヘンリーは昔を懐かしむように言う。
彼の目にはかつての王都が映っているのだろう。
二度と戻ることのないものである。
「まあ、今の景観も嫌いじゃないがね。なかなか悪くない」
「淡泊な反応ね。この土地は魔物に滅ぼされているのよ? 義憤に駆られたりしないの?」
ルシアナがヘンリーに尋ねる。
かなり踏み込んでいる上に遠慮のない質問だ。
ヘンリーの人柄を見極めるのが目的らしい。
彼女としては、今のうちに訊いておきたかったのだろう。
試されていることを知ってか知らずか、ヘンリーは弓を弄びながら苦笑する。
「人間同士で殺し合うような世界だぜ? 今更、魔物の虐殺に腹を立てたりしないさ。そもそも種族なんてどうでもいい。殺す奴は殺すし、殺される奴は殺される。それだけだ」
「あら。割り切った考えね」
「そうじゃないと不死者の魔王に加担なんてしないさ。そうだろう?」
ヘンリーはあっさりと言ってのける。
誤魔化しなどではない、本心からの意見であった。
彼に種族的な差別の意識は存在しない。
代わりと言うべきか、言葉の端々には人間に対する軽蔑や諦めが覗く。
傭兵や兵士といった前歴を通して、様々な経験をしてきたのだろう。
魔王軍への加入に抵抗が無かったのは、そういった事情があったからかもしれない。
「ふふっ、反論できないわ」
ヘンリーの主張を聞いたルシアナは笑う。
そこに負の感情は見られない。
今の答えを聞いたことで、彼女なりにヘンリーを認めたようだ。
互いを理解し合い、受け入れられるのは素晴らしいことである。
簡単そうに感じて意外とできない。
少なくとも魔王軍の中においては、そういったことが自然にできる環境を作っていきたかった。
私は頃合いを見計らって二人に声をかける。
「付いてこい。城を案内しよう」
「あいよ」
「ごめんなさいね。話しすぎちゃった」
三人で城内へと歩き出す。
途中、ヘンリーが顔を上に向けた。
彼が見つめるのは、赤黒い艶を持つ魔王の城だ。
所々で青い炎が揺らめいている。
ヘンリーは目を細めて全体像を観察する。
「それにしても、結構な外観だな。大将の趣味なのかい?」
「私ではない。留守を任せている者が改造したのだ」
元は白亜の城だったが、現在は禍々しい見た目となっている。
張り切るグロムの仕業であった。
魔王らしさは存分に強調されているだろう。
元通りにする理由もないため、当初から弄らずに放置している。
私はヘンリーを案内しながら城内を移動する。
一直線に謁見の間に向かい、扉の前で足を止めた。
「着いたぞ」
「ここに何があるんだ?」
「例の留守番役が待っている。私の右腕だ。先に顔合わせをしておきたい」
説明しながら、私は扉を開けた。
ほぼ同時に、室内から巨体が飛び出してくる。
「嗚呼、魔王様……! 今か今かとお帰りをお待ちしておりましたぞっ!」
歓喜するグロムであった。
彼は凄まじい速さで私の前に跳ぶと、滑り込むようにして跪く。
何度も練習したのかと思うほど洗練された動きである。
私は跪くグロムを立たせつつ、室内を眺めた。
謁見の間は、床や壁や天井が磨き抜かれている。
近寄ると顔が反射して映るほどだ。
グロムの副腕は、箒と雑巾を携えていた。
私の帰還を想定して、徹底的に掃除していたのだろう。
そういえば途中経過を連絡しに来た際も、彼は玉座を磨いていた。
よく分からないが、掃除が好きなのかもしれない。
「いやはや、これほどの短時間で国を攻め落とすとは、素晴らしき手腕でございます。このグロム、それはもう感激して、し……ま、い……」
饒舌に語るグロムが、唐突に硬直した。
彼の見る先にはヘンリーがいる。
箒と雑巾を落としたグロムは、縋り付くようにして私を問い詰める。
「どっ、どどど、どういうことですかっ!? なぜ人間がいるのでしょうかっ?!」
「落ち着け。順を追って話す」
グロムを宥めながら、私は事情を説明した。
経緯としては、そう難しい内容ではない。
要点だけを的確に伝える。
「――というわけで、一騎打ちに勝った私が魔王軍に引き入れた。実力に関しては申し分ないから心配するな」
「そ、そうなのですか……」
グロムは歯切れの悪い相槌を打つ。
一方でヘンリーは、軽い調子で挨拶をした。
「よろしくな」
その瞬間、グロムが全身から瘴気を発する。
眼窩の炎が轟々と勢いを増した。
グロムはヘンリーに向けて指を突き付ける。
「己惚れるなよ人間。その儚き寿命を無闇に縮めたくなければ、我に気安く話しかけるな」
「なあ、大将。いきなり豹変しちまったが」
「気にしないでいいわ。いつもの挨拶みたいなものだから」
私の代わりにルシアナが答える。
ヘンリーは納得した様子で何度も頷いた。
「ははぁ……なるほどな。そうかそうか。大将が苦労するわけだ」
「何を言っている。そもそも大将とは誰だ。よもや魔王様のことではあるまいな……?」
射殺さんばかりの視線を送るグロムに対し、ヘンリーは口笛を吹いて肩をすくめる。
どうやらグロムの反応を楽しんでいるようだ。
常人なら心臓が止まりそうな殺気だが、彼は涼しい顔で受け流している。
人並み外れた胆力と言えよう。
一方でグロムも、私の目がある限りは度を越えた行動はしない。
いくら人間とはいえ、私が直接連れてきた配下だ。
手荒な真似はできないと彼も理解している。
口では感情的になりながらも、グロムの理性はよく働いている。
私が止めるような段階の暴挙は、決して起こそうとしない。
その辺りを誰よりも弁えていた。
だから信頼しているのだ。
「じゃあ、射撃勝負にしようぜ。勝った方がより優れた部下を名乗れるってのはどうだい」
「――良かろう。我に歯向かったことを後悔させてやる。今のうちに嘯いているがいい」
いつの間にか二人の会話は、妙な着地点を見つけていた。
ヘンリーは弓を片手に謁見の間を出ていく。
グロムはそれに続き、一礼してから扉を閉めた。
室内には私とルシアナが残される。
「まったく、二人とも子供なんだから。見てるこっちが恥ずかしくなるわ」
ルシアナは呆れた様子でため息を吐く。
彼女とグロムも、日常的に同様のやり取りをしている気がするのだが。
果たしてこれは指摘していいものなのか。
判断に迷うところではある。
「ん? 魔王サマ、どうかした?」
「……いや。何でもない」
どうやら無自覚らしい。
きょとんと首を傾げるルシアナを見て、私は口を噤むことを選んだ。