第145話 賢者は亜神の報を受ける
二人の英雄の死は、周辺諸国に衝撃を与えた。
各国は此度の戦いに注目しており、鋼騎士と戦乙女に期待を寄せていた。
しかし、その結末は彼らの死で終焉となった。
今代魔王の勝利という事実だけが残された。
主導となった聖杖国と魔巧国は、他国から糾弾されている。
功を急いたのではと勘ぐられたり、もっと慎重に動いておけば、貴重な英雄が死ぬことはなかったはずだと非難されていた。
様々な文句や中傷が二国に殺到し、少なくない混乱が波及している。
第三者として傍観する身からすれば、実に愚かしい展開であった。
人々は互いに協力しようとしない。
水面下で同盟が組まれ、不可侵条約が結ばれているのは知っている。
しかし、それらはあくまでも自国の利益のためだった。
魔王討伐だけを本気で考えている国は皆無である。
倒す算段が付いていないのに、誰もが私の死後ばかりを見据えていた。
別にそれを悪とは言わない。
ただ、あまりにも協調性に乏しかった。
魔王としての尽力により、争いの起こらない状況を誘発することはできた。
しかし、まだまだ課題が残っている。
各国は利権を考慮できるほどの余裕があり、この期に及んでも、まだ他国を出し抜こうとしていた。
首脳陣がそういった者ばかりであるのは知っている。
ただ、こうして彼らの性質に直面すると、失望せざるを得ない。
無論、彼らにも相応の立場がある。
国を守り、繁栄させなくてはいけない。
せめてもう少し思いやりの心が芽生えてくれるのが望ましいが、それも難しそうだった。
他者の善意に期待してはいけない。
私は何度となく裏切られてきた。
求める未来があるのなら、自らの手でたぐり寄せるのだ。
そのために恐怖や憎悪を誘発させて、理想の状況に陥らせる。
結局、それが最も確実だった。
大局を見据えて、私自身が動かしていかなくてはならない。
不確定要素をなるべく削っていくのである。
そういった方針を踏まえると、世界の意思は本当に厄介だった。
私の希望と真っ向から対立しており、ことあるごとに妨害を企ててくる。
あれこそ不条理の化身だ。
悪を殲滅する絶対装置である。
未だに正体は謎だが、何らかの力が働いているのは確実だった。
とにかく私を抹殺するために、様々な現象を引き起こしてくる。
此度に関しても、世界の意思は干渉しているのだろうか。
明確な基準がないため、判断は付かない。
世界の意思については、いずれ解明しなければいけない問題だろう。
今後、ずっと私の行く手を阻む予感がする。
解決できるのならば、躊躇いなくその手段を実行したい。
(せめて予防や回避ができるようになるだけでも違うのだが……)
今回の一件が終息したら、本腰を入れて調査すべきかもしれない。
時間的にはかなり余裕がある。
魔王領は、私が不在となっても回るような構造になりつつあった。
この調子で完全に独立できるくらいにしておきたい。
そうすることで、私が自由に動けるのが望ましかった。
(しかし、まずは亜神だ)
私は思考を直近の問題に移す。
二人の英雄は死んだ。
儀式魔術で生み出されたのは、あと一人となった。
ほぼ間違いなく亜神と呼ばれるあの男である。
もっとも、肝心の居場所が分からない。
彼は常軌を逸した空間魔術の使い手であった。
どこへでも制約なしに移動が可能で、潜伏先を暴くのはほぼ不可能だ。
手がかりとなりそうな聖杖国の魔術工房も、亜神によって徹底的に破壊されていた。
故に向こうからの接触を待つしかない。
一応、各種対策の術は張り巡らせていた。
亜神と言えども、私に悟られずに王都へ浸入はできないはずだ。
その時、ルシアナが謁見の間に入室した。
彼女は足早に私のもとへ来ると、囁くように報告をする。
「魔王サマ、密偵が手紙を預かったそうよ。気が付いたら手元にあったみたい」
「……そうか」
私は相槌を打つ。
現在、室内では他の配下が事務処理に追われていた。
ルシアナが囁いてきたのは、あまり動揺させる情報を広めたくないという配慮からだろう。
噂はあっという間に広がる。
その地域の人間を根絶やしにでもしない限り、封殺するのはとても不可能だった。
だから私は、重要な情報は一般の配下に伝わらないようにしている。
必要とあれば公表するが、場合によっては秘匿したままにしていた。
「もう目を通したのか」
「まだよ。勝手に開けて、変なことになったら嫌じゃない?」
ルシアナが言っているのは、呪いに類する術のことだろう。
世の中には、開封すると起動するような代物がある。
迂闊に開けないのは賢明な判断と言えた。
「はい、どうぞ。気をつけてね」
「分かっている」
私は手紙を受け取って解析する。
特に不審な点は見られず、何の変哲もなかった。
私は蝋を剥がして封を切る。
手紙を開いて内容を確認した。
最後まで読んだところで私は頷く。
「ふむ、そうか」
「何が書いていたの?」
覗き込んでくるルシアナに私は答える。
「亜神からの申し込みだ。決闘を実施する日時と場所が指定されている」