第144話 賢者は英雄の覚悟を痛感する
迫る穂先は、専用機の胸を狙っている。
咄嗟に穂先を掴むも、いとも容易く指が切断された。
槍はそのまま勢いを落とさずに突き込まれてくる。
刺突が専用機の胸部を捉え、捻りが加えられた。
破壊力が拡散し、内部が蹂躙される。
誤作動で爆発が起きて、組み込まれた部品が飛び散った。
「ヤァッ!」
戦乙女が踏み込み、魔力を込めた槍を突き上げる。
専用機の術式が完全に崩壊した。
各所から出火し、黒煙を洩らしながら機能を停止する。
――それを私は、戦乙女の背後から眺めていた。
骨の腕を持ち上げて、指先を起点に術を構築する。
極限まで圧縮した魔力を氷に変換し、音を超える速度で撃ち放った。
氷は戦乙女の背中に炸裂した。
欠片の抵抗も見せずに貫通し、余波で彼女の肩を大きく抉り飛ばす。
「な……ッ!?」
戦乙女は驚愕しながら振り返る。
彼女は専用機から槍を引き抜くと、こちらに向かって突進してきた。
千切れかけた腕も駆使して攻撃を仕掛けてくる。
私は転移で後方に移動し、禁呪を発動した。
地面から生えた蔦が戦乙女に絡まる。
蔦から炎が溢れ出すも、戦乙女は蔦を切り払った。
私はそこへ再び氷を撃ち込む。
戦乙女は槍で破壊した。
この距離で見切れる速度ではないはずだが、直感だろうか。
凄まじい対応力である。
「く、ぅ……」
戦乙女は自身の胴体を一瞥する。
腹と胸部に穴が開いていた。
光線と氷を受けた痕である。
出血の勢いは、かなり緩やかになっていた。
体外に流れ出すほどの量が残っていないのだろう。
顔色は死人のように青白くなっている。
彼女は倒れたままの専用機を見ながら呟く。
「どうし、て……」
「難しい話ではない。刺突を受ける前にゴーレムとの接続を切っただけだ」
そして本来の身体でこの場所まで転移してきた。
確かに不意を突かれたが、だからと言って倒されるとは限らない。
こういった時のために専用機を使っていたのだ。
言ってしまえば身代わりのような扱いである。
専用機を開発した所長には悪いが、有効活用させてもらった。
おかげで戦乙女に奇襲を仕掛けることができた。
もっとも、あの攻撃で死ぬと確信したのは事実だ。
あれだけ油断しないように意識していたというのに、私は迂闊な真似をした。
今後は気を付けなければ。
「くっ……!」
悔しげに呻く戦乙女だが、すぐさま動き出す。
強烈な槍の一撃に対し、私は魔力剣を当てて弾いた。
さらに翻すように振り抜き、彼女の手首を切り裂く。
戦乙女は槍を取り落すも、咄嗟にもう一方の手で掴み上げた。
私はそこへ魔力剣を振り下ろす。
防御自体は間に合うが、戦乙女は衝撃で後ろによろめいた。
片脚の負傷で踏ん張りが利いていないようだ。
「諦めろ。もうその技は通用しない」
私はゆっくりと前に進みながら魔力剣を振るう。
戦乙女は必死に対抗してきた。
しかし、高速の打ち合いは私が優勢で進む。
戦乙女は徐々に後退し、さらに全身各所に切り傷が増えていた。
時には刃がその身体を貫く。
やや浅めだが、額や心臓も穿っていた。
それでも戦乙女は止まらない。
劣勢の中でも決して諦めず、虎視眈々と勝利を狙っている。
さすがに疑問を覚えた私は問いかける。
「なぜ死なない。致命傷のはずだ」
「…………」
戦乙女は答えない。
彼女は無言で槍を動かし続ける。
私はそれを魔力剣で受け流していった。
途中、がら空きとなった戦乙女の胴体を薙ぐ。
斜めに断ち切られた身体は、血を僅かに滲ませるのみだった。
戦乙女は少し苦しい表情を浮かべる。
ただし、死ぬ様子はない。
(さすがにおかしい。何かを隠している)
私は魔術的な観点で戦乙女を精査する。
ただの一つの違和感も見逃さないように意識した。
その結果、大きな収穫を得る。
私は斬撃で戦乙女を追い詰めながら話しかける。
「魂を摘出しているのか。どこに保管している」
「……ッ」
戦乙女は目を見開くと、辛そうに歯噛みした。
どうやら図星だったようだ。
本来はすべての人間が持つはずの魂。
それが戦乙女には存在しなかった。
魂のように偽装された魔力が収められているだけである。
おそらくは禁術で魂を抜き取って別所に安置しているのだろう。
それで魂の破壊を防ぎ、疑似的ながらも不死性を獲得している。
即死するような怪我でも構わず動けるのはそのためだ。
「まあ、いい。再生能力を持っていないのならば、肉体を徹底的に破壊するまでだ」
私は猛攻によって戦乙女を攻め立てていく。
ここまでの戦いによって、戦乙女の能力は把握できた。
もう過度に警戒する必要もなかった。
彼女は明らかに全力を出している。
あとは各能力に合わせた対処を積み重ねていくだけだ。
「ハァッ!」
「甘い」
槍の刺突を躱し、反撃として戦乙女の膝を切断する。
彼女は倒れそうになって地面に手をついた。
そこから強引に槍を振るってくる。
私は軽く跳んで回避すると、魔力剣を一閃させた。
首を刎ねる軌道だったが、引き戻された槍に弾かれてしまう。
「私、はっ! あの谷に囚われた魂を解放する……ッ!」
戦乙女は涙を流しながら叫ぶ。
彼女は満身創痍の身体で立ち上がり、槍はさらなる加速を見せた。
一歩ずつ進みながら、必殺の攻撃を叩き込んでくる。
しかし、現実は無情なものである。
渾身の攻撃は、いずれも私に届くことはなかった。
何度も魔力剣を破壊されながらも、私はそのすべてを防御していく。
その中で戦乙女に反撃を加えた。
最初に右腕を斬り飛ばし、次に左脚を半ばで切断した。
さらに左腕の各関節を貫き、残る右脚を刃で地面に縫い止める。
戦乙女は魔力剣を引き抜くことができず、半端な姿勢で跪くことしかできなかった。
彼女は血と涙に濡れた顔で私を睨む。
怒りと悲しみと後悔がない交ぜなった表情だった。
私は彼女に告げる。
「何か言いたいことはあるか。最期に聞こう」
「私、は……不死者には、なりたくない……」
戦乙女は細い声で言う。
答えを聞いた私は、ほんの一瞬だけ動きを止めた。
しかし、すぐに我に返って頷く。
「分かった。その願いを受け入れる」
かざした手から青い炎を発する。
炎は戦乙女を包み込み、その身を骨の髄まで焼き尽くしていった。
彼女は灰すら残さずに消失する。
肉体が完全に失われたことにより、どこかに保管されているであろう魂もじきに崩壊するだろう。
戦乙女の場合、自我は肉体と共にあった。
脱け殻の魂など、尚更に脆く儚い。
わざわざ居場所を暴き出すこともなかった。
「ふむ……」
私は自身の片手を見る。
肘から先が融解し、崩れ始めていた。
戦乙女を燃やしたのは、浄化の炎である。
私もかつては賢者と呼ばれ、様々な魔物と戦ってきた。
その中には強大な不死者も含まれている。
彼らに対抗するために、当然ながら聖魔術も習得していた。
もっとも、不死者の身で行使すれば、このように自滅することになる。
だから基本的に使うことはない。
戦乙女を浄化の炎で焼いたのは、私なりの敬意だった。
彼女に相応しい最期だと考えたのである。
魂の摘出は、想像を絶する苦しみを伴う行為だ。
下手をすれば失敗して死んでしまう恐れもあった。
倫理上の問題から忌避もされている。
一般的な認識としては、不死者に近いものがあった。
すなわち邪悪な術の類なのだ。
それにも関わらず、戦乙女は魂を摘出していた。
私を討滅するためだけに自らを捧げたのだ。
きっと葛藤があったに違いない。
その覚悟は本物と言えよう。
決して私が蔑ろにしていいものではなかった。
浄化の進む腕を切断しつつ、炎で焼け焦げた地面を見つめる。
彼女の痕跡は何一つとして残っていない。
戦乙女という英雄は、世界から完全に抹消された。
一方、地面を転がる骨の腕は、音を立てて融けている。
その様がどうしようもなく醜い。
(――私だって、不死者になりたくなかった)
刹那、自らの内心に虫唾が走る。
出せるものなど無いというのに、強い吐き気を覚えた。
それ以上、何も考えないようにする。
益のない思考だ。
早く忘れてしまった方がいい。
私は専用機を回収すると、すぐさま王都に帰還した。