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第142話 賢者は戦乙女の前に立ちはだかる

 転移先は草原だった。

 前方に総勢二十人ほどの武装した集団がいる。


 先頭に立つのは、白い鎧を着た女だ。

 背中まで伸びた金髪で、目を閉じている。

 携えた槍からは魔術的な力を感じた。


 彼女こそ戦乙女である。

 盲目ながらも、凄腕の槍使いと聞いている。

 凛とした佇まいを見ると、その情報が偽りではなかったのだと分かる。


 私は地上に降り立ち、専用機に内蔵された術式を起動した。

 両腕に魔力の刃が展開され、それらが高速回転を始める。

 戦車でも容易に切断できる武器だ。

 相手の防御ごと破壊することができる。


 戦乙女は険しい表情を浮かべていた。

 彼女は移動の足を止めると、静かに槍を構える。


「あなたは……」


「戦乙女だな。お前に用がある」


 私は気負わずに歩み寄る。

 彼らはじりじりと後退していく。

 緊迫した空気が漂っていた。


 突出しているのは戦乙女だが、他の者達も十二分の実力者のようだった。

 こうして見ただけで理解できる。

 彼らは一般的な強さを大きく超えていた。

 加えて聖魔術の付与された武具を装備している。


 少数精鋭に選ばれているのも納得だった。

 戦乙女ばかりに気を取られていると、手痛い攻撃を受けることになりかねない。

 そう思わせるだけの実力者が揃っている。


 私は回転する刃を見せつけながら、彼らに向けて告げる。


「死者の谷を破壊するつもりだな。それは看過できない」


「やはり、あなたと縁深い地なのですね……」


「そうだ。私の力の源泉である」


 私は頷く。

 戦乙女は怪訝そうに尋ねてきた。


「なぜ明言したのですか? それを知った私達は、尚更に進む理由を得たわけですが……」


「死体は情報を言い広めない」


 私は即答する。


 彼らは息を呑んだ。

 気分が悪そうな者もいる。

 自らの死を予感し、精神が弱ったのだろう。


 そんな中、戦乙女は槍の穂先を私に向ける。

 まだそれなりに距離があるものの、互いの間合いを考えると誤差の範囲であった。


「……なるほど。あなたの意志は理解しました。戦いは避けられないのですね」


「お前達が死者の谷を目指す限りな」


 仮にここで撤退するとしても、私は彼らを抹殺するつもりだった。

 死者の谷を狙うような集団を放置する手はない。


 戦乙女は硬い表情で眉を寄せる。


「こうして対峙してみると、分かります。あなたは凄まじい力を持っている。まさに魔王の名に相応しい禍々しさです。ですが……いえ、だからこそ私なら凌駕することができる」


「自信家だな。根拠はあるのか」


「ええ、もちろんあります。ここでお見せしましょう」


 戦乙女が槍を掲げた。

 そこに魔力が集まり、弾けて拡散する。

 魔力は波動を伴って辺り一面へと浸透していった。


 その途端、私は身体を重く感じるようになる。

 専用機の操作性が急に悪化した。

 上手く四肢を動かせず、堪らず地面に膝をつく。

 術式が乱れたせいで、両手の刃も霧散してしまった。


 その場にいる者のうち、異変を感じているのは私だけだった。

 向こうの陣営は、誰一人として不調を示していない。

 戦乙女は毅然とした態度で私に問う。

 

「如何でしょう。ご理解いただけましたか?」


「……鎮魂の力、だな」


 私は答えを述べる。


 英雄となった戦乙女が得た能力は、鎮魂の力だった。

 聖魔術とは別系統の対アンデッド術である。

 彼女はこれによって魔王軍に損害を与えたのであった。

 共和国の奪還戦において、最もアンデッドを倒したのは間違いなく戦乙女だろう。


「不死者にしか通用しませんが、効果は非常に高いです。私はこの能力であなたの軍勢を制してきました。鎮魂は魂ではなく、相手の意識に作用します。遠く離れた身体にも、力が届いているのではないですか」


「…………」


 戦乙女の指摘する通りだ。

 私が操る専用機のゴーレムは、あくまでも遠隔操作しているだけに過ぎない。

 浄化等の攻撃も、本来なら効きがかなり悪くなるはずだった。

 私自身、それを狙ってゴーレムを使用している。


 しかし、実際は鎮魂の影響が王都の身体にも及んでいた。

 専用機の操縦が乱れたのもそのためだ。


 鎮魂は戦乙女の固有能力である。

 魔術ともまた違う系統の力と言えよう。

 そうである以上、常識は通じない。

 遠く離れたところにいる私に痛打を与えたとしても、異議を唱えることはできなかった。


「これであなたは本来の力を発揮できません。我々の勝利です」


 戦乙女は槍を構えたままこちらへ歩み寄ってくる。

 既に勝利を確信しているのか、彼女は穏やかな表情を浮かべていた。


「大人しくしてください。できるだけ苦しめないように浄化しま――」


 私は戦乙女の言葉を遮るように魔術を起動した。

 手から発射されたのは、魔力で構築された矢だ。

 それは戦乙女に向けて正確に射出される。


「……ッ!?」


 彼女は槍の一閃で矢を破壊した。

 目が見えていないというのに、慣れた槍捌きである。


 一方で私は立ち上がった。

 両手足を動かして調子を確かめる。

 少し違和感があるものの、致命的なほどではない。


「――甘いな。弱体化した程度で、私を倒せると判断したのか」


「なっ……」


 戦乙女は呆然としていた。

 他の者達は動揺を露わにしている。


 今まで彼らは、鎮魂の力でアンデッドを封じてきた。

 だから絶対的な自信を持っていた。

 ところが、それがあっけなく覆されてしまった。

 驚くのも無理はない。


「鎮魂の能力については知っていた。その上でこうして姿を現した。負けないという確信があったからだ。確かに強力ではあるが、聖魔術の浄化とは決定的に異なる部分がある。それは不死者に対する殺傷能力の差だ」


「殺傷能力……?」


 戦乙女は、理解できないとでも言いたげに反芻する。

 私は鷹揚に頷いてやった。


「浄化と違って、鎮魂はアンデッドを弱らせることに特化しすぎている。影響を受けないように防ぐのは困難だが、決定力に欠けるのだ」


「くっ……」


 悔しげに呻いた戦乙女は、槍を構えて魔力を解き放つ。

 身体がさらに重たくなった。

 鎮魂の出力を上げたのだろう。

 しかし、それでも想定の範囲内に過ぎない。

 死の危険を覚えるほどの効果ではなかった。


 戦乙女の力は、多数のアンデッドが相手で真価を発揮する。

 彼女を相手に数の暴力は不可能だ。

 アンデッドという時点で、著しく力を失う。

 そうして戦闘能力を削がれたところを蹂躙される。


 しかし、圧倒的な個が相手となると話は別だ。

 私やグロムのような最高位のアンデッドなら、鎮魂の影響下でも強引に行動できる。

 たとえ不調だとしても、少数の人間に後れを取るほどではなかった。


「私と遭遇して焦っているようだが、迂闊だったな。聖女と同じ轍を踏んでいる」


 そう告げながら、私は魔術を使用した。

 地面に無数の盛り上がりが生まれる。

 そこから這い出てきたのは、数十体のゴーレムだ。

 魔力を根のように張り巡らせた即席の配下である。


 鎮魂の影響下では、アンデッドをいくら生み出しても意味がない。

 たまにはこういった手法もいいだろう。


 土のゴーレムの軍勢を前に、戦乙女は槍を構えた。

 怯えは微塵も感じられない。

 彼女は凛とした態度で宣言する。


「私は、英雄です。ここで退くわけにはいきません」


「いい心意気だ」


 そう返した私は、彼らに向けてゴーレムをけしかけた。

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