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第139話 賢者は秘術を突き止める

 翌朝、私は一人で謁見の間にいた。

 そこでまとめられた資料を読む。

 記載されているのは、鋼騎士から提供された情報であった。


 彼は夜明け前に死んだ。

 自らそれを望んだのである。

 前線から退いて、妻子と暮らす道も提示したが、鋼騎士はそれも拒んだ。


 きっと彼なりの考えがあったのだろう。

 深くは訊かなかったが、その未来を選べない理由を抱いていたに違いない。


 個人的な意見を述べるなら、鋼騎士には魔王軍の傘下に入ってほしかった。

 彼ほどの実力者は大いに歓迎する。

 戦いを嫌うのなら、無理強いしない。

 そのまま王都の民として、人々の生活発展に貢献してもらう形でも良かった。


 しかし、鋼騎士の意思を尊重するのが第一だろう。

 そこを軽んじるような真似はしたくなかった。


 私は魔術によって鋼騎士の命を奪った。

 痛みも苦しみもない穏やかな最期だった。


 鋼騎士は満足そうな表情をしていた。

 彼にとって妻子の幸せだけがすべてなのだろう。

 元より戦いを好まない人間だったのだと思う。

 他人事ながら、悲しき運命を背負う英雄だった。


(何もかもを投げ捨てて、家族との未来を選ぶこともできたというのに……)


 ふと窓の外を見やる。

 今日は生憎の雨模様で、空はほとんど見えなかった。

 薄暗い雲に覆われている。


(鋼騎士について、私は多くを知らない)


 あくまでも密偵から報告された情報のみだった。

 対面した会話した時間も大して長くない。


 あの英雄は、何を思って死んでいったのか。

 正直、定かではなかった。

 理解しようともしていない。

 推察を重ねて知ったような顔をするのは、彼に対する侮辱だと思うからだ。


 もし私が鋼騎士と同じ状況に立ったとしたら、果たしてどのような判断を下すのか。

 私にとっての大切な人と言えば、真っ先にあの人の顔が思い浮かぶ。

 魔王軍の配下も大切だが、あの人は今でも特別な存在だった。


(使命や肩書きを捨てて、彼女と生涯に渡って平穏な日々を送れるのなら、私はその選択肢を拒めるだろうか)


 たとえばこの瞬間、あの人が蘇生したとする。

 不死者から人間に戻る方法も確立していたとしよう。

 私はそれでも世界平和のために魔王を続けられるのか。


 分からない。

 どういった答えも断言できる自信がなかった。

 自らの心底を覗く恐ろしさもある。


(……これ以上はやめておこう。気が滅入るばかりだ)


 私は背もたれに倒れて、天井を眺める。

 仮定の話で精神的な安定を欠くのは無駄だった。


 私は永遠に不死者で、あの人は未だ蘇っていない。

 それが現実なのだ。

 何も迷うことなどあるまい。


 それより鋼騎士から得られた情報である。

 彼のおかげで様々な事実が発覚した。


 共和国の奪還戦に参加した頃から、鋼騎士は英雄として認知され始めていた。

 それまでは大した力を持っていなかったにも関わらず、唐突に強くなったのだ。

 何らかの事情があるのではないかと勘ぐっていたが、本人の口から経緯を聞くことができた。


 曰く、聖杖国にて極秘の儀式魔術を受けたらしい。

 その内容とは、英雄としての属性を新たに付与するというものだ。


 言うなれば、存在の編集である。

 術によって個人を再定義するのだ。


 これによって本来は無いはずの潜在能力を"持っている"と見なし、強引に引き出すことができる。

 術を施された者は、無理やり英雄に仕立て上げられるという寸法だった。


 簡単に言っているが、これは相当に高度な魔術である。

 明らかに禁術の領域に達しており、それこそ神域の行為と言えよう。

 少なくとも人間が扱っていいような代物ではない。


 鋼騎士が生きていることが不思議なほどだった。

 存在の編集などされれば、たちまち消滅しかねない。

 都合よく肉体強化だけできるはずがなかった。


 私が同じことをしても、まず失敗だろう。

 千回に一回でも成功すれば、大した奇蹟といった具合である。

 類似する術は知っているが、いずれも現代においては行使できるとは思えなかった。


 聖杖国は、歴史の長い国だ。

 過去の文献から、その儀式魔術を再現したのだろう。


 鋼騎士の他にも、同様の術を施された者が大勢いたらしい。

 彼のような軍人や傭兵を始め、中には奴隷や一般人も混ざっていたそうだ。

 聖杖国と魔巧国が合同で募ったのだという。

 鋼騎士も詳しいことは聞かされていないらしい。


 当然だが、ほとんどが術の反動に耐え切れずに死んだそうだ。

 そうして最終的に適合して英雄となれたのは三人。


 一人目は鋼騎士。

 二人目は、共和国の奪還地にいる戦乙女。

 そして三人目は、鋼騎士の知らない無名の男。


 無名の男に関しては、鋼騎士も面識が無く、術後も顔を合わせることがなかったそうだ。

 だから詳細な情報は何一つとして手に入らなかった。


 ただ、私はこの三人目こそが世界樹に現れた"亜神"ではないかと疑っている。

 まず登場時期が一致していた。

 あの常軌を逸した力も、儀式魔術による後天的な獲得と考えれば、一応は説明も付く。

 術との相性次第では、隔絶した力を持つこともありえない話ではなかった。


 聖杖国と魔巧国は、今後も不定期に英雄を輩出するつもりらしい。

 そうして戦力強化を図っているのだ。

 魔王領を占領した暁には、二国同盟から成る大陸制覇まで視野に入れているという。

 此度の三人の英雄は、その先駆者というわけである。


(まったく、やってくれたな……)


 私は資料から顔を上げる。


 二国が大陸制覇を狙っているのは、密偵からも聞いていた。

 しかし、具体的な案は極秘で入手できなかったのだ。

 まさかこのような形とは思ってもみなかった。


 前提として、各国が魔王討伐のために動くのは良いことだ。

 私の狙い通りでもある。

 存在しない才覚を呼び起こし、人工的に英雄を生み出す行為は、間違いなく人類の意地だろう。

 その執念は評価に値するものであった。


 しかし、此度の試みは褒められるものではない。

 魔王を倒すという気概は窺えるも、それに対する代償が大きすぎる。

 一人の英雄を誕生させるのに、どれだけの犠牲が払われるというのか。


 主犯である二国は、今後も同じ計画を継続する意向を示している。

 絶対に止めなくてはならない。

 これは禁忌だ。

 世界の安寧を乱す要因となり得る。

 亜神との戦いもあるが、まずは元凶を断つべきだろう。

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[気になる点]  しかし、此度の試みは褒められるものではない。  魔王を倒すという気概は窺えるも、それに対する代償が大きすぎる。  一人の英雄を誕生させるのに、どれだけの犠牲が払われるというのか。 […
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