第137話 賢者は鋼騎士を窮地に追いやる
ヘンリーに殴り飛ばされた鋼騎士が、地面を転がっていく。
やがて勢いが緩んで止まると、彼は平然と立ち上がった。
腹の穴からは、魔力と血の混合液がこぼれている。
しかし、すぐに滲み出す程度の量になった。
内部で止血機能が作動し、破損箇所を塞いだのだ。
全身各所に同じような仕掛けが施されているのだろう。
継続戦闘を考えた設計となっている。
所長に話せば、きっと嬉々として食い付いてくるに違いない。
鋼騎士が空いた腕を魔王軍に向けた。
同時に彼の肘から先が外れて滑り落ちる。
そこには金属製の筒が備えられていた。
(あれは小型の戦車砲だ)
私は瞬時に正体を理解する。
構造や術式からして間違いなかった。
案の定、筒もとい砲身に魔力が集束し、光線として放たれる。
狙う先は魔王軍だ。
あの威力なら防御魔術だろうが問答無用で撃ち抜ける。
鋼騎士の持つ最高火力だろう。
私は操縦するゴーレムを光線の軌道上に転移させた。
本体は王都だが、こういったことも可能である。
魔術の行使に不都合はない。
内蔵された魔力剣を展開し、そこに瘴気を混ぜ込んだ。
通常の機体なら、瘴気の影響で破損するだろう。
しかし、このゴーレムは専用の加工が施されている。
ある程度の瘴気耐性を獲得しており、問題なく駆動させることができた。
迫る光線に対し、魔力剣を振り下ろす。
断ち切られた光線が割れ、大幅に軌道がずれた。
そのまま上空へと流れていく。
背後の魔王軍には何の被害も無かった。
「ふむ」
私は魔力剣を見る。
刃が崩壊し、先端から光の粒になって霧散し始めていた。
光線を受けて術式が耐え切れなかったのだ。
加えて斬撃に使った片腕が、少し削れている。
切断の際に光線が掠めたのだろう。
当たらないように気を付けたのだが、遠隔操作の分だけずれがある。
微妙な角度の違いで被弾したようだ。
ほんの僅かな差だが、戦闘ではそれが明暗を左右する。
精密動作性については、研究所に修正を頼んでおこうと思う。
「大将、すまないな。助かったよ」
「構わない。配下を守るのが私の務めだ」
私は首を振って応じる。
ヘンリーは十分に役目を果たしてくれている。
ここで責めるわけがない。
元より状況次第で戦いには介入するつもりだった。
ゴーレムの改善点も見つけられたので、悪いことは一つもなかった。
「ここからは私に任せろ。お前達は魔巧軍に追撃を加えてくれ」
「了解。危なくなったら呼んでくれよな」
私の指示を受けたヘンリーは素直に従う。
実際、彼がこのまま戦っても鋼騎士は倒せるだろう。
劣勢に追い込まれる事態が想像できない。
大した怪我を負うこともなく勝利を掴めるはずだ。
ただ、私が戦った方が確実だった。
味方への被害も抑えやすく、不測の事態にも圧倒的に対応しやすい。
ヘンリーは自らの立場を鑑みて判断し、戦いたいという欲求を我慢したのである。
それが魔王軍の円滑な勝利に繋がると分かったからこそ、後始末を私に委ねた。
(彼も軍の長として成長しているようだ)
標的を切り替えた魔王軍は大きく迂回し、後方の魔巧軍へと接近していく。
鋼騎士は動かない。
彼は微動だにせず、私だけを凝視していた。
もし魔王軍に仕掛ければ、その隙に私からの攻撃を受ける。
それを悟った鋼騎士は、迂回する魔王軍に手出しできないのだった。
見事にこちらの目論見通りである。
「…………」
「…………」
私は鋼騎士と対峙する。
静寂の中、先に動いたのは向こうだった。
鋼騎士は片腕から光線を連射してくる。
私はそれらを躱しながら接近した。
途中、機体の胸部を押し開き、そこから砲弾を発射する。
それは対象の術式を破壊する特殊弾だった。
所長から薦められた新兵器である。
ゴーレムに依存する鋼騎士によって、致命的な効果を持つ。
直撃すれば、瞬く間に行動不能になるはずだ。
鋼騎士は踏み出してハルバードを構える。
特殊弾を弾く気らしい。
先ほどからの戦いぶりを見るに、難なく実行してみせるだろう。
(――そうはさせない)
私は魔術を行使する。
一点に絞った突風によって特殊弾を加速させた。
特殊弾は弾こうとするハルバードのそばをすり抜ける。
防御が間に合わないと悟った鋼騎士は、今度は回避しようとしていた。
私はそれを見て転移し、彼の背後に回り込む。
そこから両腕を掲げて掴みかかり、魔術によって鋼騎士を拘束した。
結果、特殊弾は鋼騎士の右脚に命中する。
飛散する金属片。
鋼騎士の右脚が外れて落ちたのだ。
その時、腹部に衝撃を覚える。
見ればハルバードが突き刺さっていた。
鋼騎士が、胴体に開いた穴を通して私を攻撃してきたのである。
密着した状態を利用した反撃であった。
もっとも、それは悪足掻きに過ぎない。
特殊弾は命中した。
術式破壊は始まっている。
何をどうやっても活動は長続きしない。
(無論、油断はしないが……)
私は鋼騎士から魔力を吸収し始めた。
鋼騎士のゴーレム部分が機能不全に陥り、抵抗の力が急速に弱まっていく。
彼の顎に腕をかけて上げ、ハルバードを掴んで固定する。
とにかく身動きが取れないようにしていった。
その間、鋼騎士は猛烈な抵抗を繰り返していた。
背後から拘束する私に何度も肘打ちをぶつけてくる。
しきりに膝を蹴って、こちらの体勢を崩そうともしていた。
それらを防がれると、今度は全身から聖属性の光を放出し始める。
内蔵された術式が発生させているらしい。
こちらの装甲に浸蝕しようとしている。
さらには身体の各所が開いて、鎖付きの刃が何本も射出された。
こちらも聖属性を纏っている。
鎖は綺麗な宙返りを見せると、私の背中に次々と突き刺さった。
体内へと聖属性の力を流し込んでくる。
ゴーレムの身体は、攻撃を受けるたびに鈍い音を立てた。
だが、破損は軽微だ。
動けなくなるほどではない。
私が操縦することを見越して、とにかく耐久性を重視しているのだ。
いつもの身体なら、とっくに破壊されているだろう。
鋼騎士は、アンデッド対策で聖属性の武装も搭載していた。
しかし残念ながら効果は薄い。
魂への影響もゴーレムの機能が抑制している。
(魔術師でない身でここまでの攻撃は評価に値するが、私もそこまで甘くない)
冷静に考えながら、そのまま魔力を吸い尽くす。
鋼騎士は僅かに呻き声を洩らすと、脱力して気を失った。
私は鋼騎士を入念に拘束していく。
さらに生身ではない四肢をもぎ取った。
尋問をするのに必要のない部位だ。
生死にも直結しない。
鋼騎士は辛うじて生きていた。
ゴーレムの部位が、生命維持を行っているのだ。
緊急時の機能らしい。
魔力が枯渇した状態でも、死なないように工夫されていた。
生身の心臓に負担をかけることで、無理やり魔力を捻出しているのだ。
なかなかに高性能である。
寿命は縮まるだろうが、今日や明日に息絶えるという勢いでもない。
尋問を行う分には困らないだろう。
(さて、向こうはどうなった?)
私は後方を見やる。
戦況は一方的であった。
半壊した魔巧軍は、為す術もなく蹴散らされている。
たまに強者が混ざっているようだが、ヘンリーが容赦なく打ち倒していた。
やはり人間の中では最高峰の実力者である。
純粋な格闘術においては、魔王軍でも敵う者はいない。
(これで諸国の侵攻も治まるだろう)
奪還戦で多大なる戦果を挙げた鋼騎士が、こうもあっけなく無力化されたのだ。
率いる軍隊も壊滅した。
勢い付いていた各国も、迂闊には魔王領への侵攻を考えなくなる。
その間に私は、鋼騎士から情報を抜き取るつもりだ。
亜神を名乗る男への対策を打ち立てねばならない。
此度の課題は、まだまだ残っていた。