表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
136/288

第136話 賢者は英雄の異質さに気付く

 予想外の展開だった。

 まさか改造戦車が大破するとは思わなかった。

 そう簡単に破損して爆発するような兵器ではない。

 あのような結果になったのは、鋼騎士の攻撃が想定を上回っていたからだ。


 戦車は炎上しているが、ディエラは無事だろう。

 この程度で死ぬ彼女ではない。

 放っておいても問題は無かった。


 それよりも鋼騎士だ。

 あの異様な膂力が気になる。

 突き刺したハルバードで改造戦車を持ち上げて投げ飛ばすなど、さすがに馬鹿げていた。

 魔王軍でも同じことをできる者は少ない。

 ゴーレムの義体による強化を加味しても、ありえない膂力であった。


 私は鋼騎士を観察する。

 一般的な魔術師を大きく凌駕する魔力量だが、特筆するほどではない。

 私には遠く及ばないほどで、言ってしまえば誤差の範疇である。

 常軌を逸した膂力の説明にはなり得ない。


 さらに観察を続けるうちに、魔力の偏りに気付く。

 出力の高い箇所は義体なのだろう。

 生身はほとんどなく、頭部や胸部は例外的にその割合が大きい。

 脳や心臓が収まっており、おそらくそれらが弱点に違いない。


(これは……)


 私は鋼騎士に関して違和感を覚える。


 魔力の性質が妙で、人工的な印象を受けた。

 義体だけが原因ではない。

 何らかの魔術的な変容を遂げているようだった。

 おそらく鋼騎士の力の根源となっている部分であり、私が正体を知りたい部分でもあった。


 さすがに目視だけではすべてを把握できない。

 生け捕りにして、彼の口から直接聞き出しておきたかった。

 尋問の結果次第では、英雄覚醒のきっかけが見つかりそうだ。


(戦況もこちらが圧倒的に優勢だ。焦ることもない)


 私は鋼騎士の後方に目を向ける。

 魔巧軍は半ば壊滅状態だった。

 一連の砲撃と魔術を受けて指揮系統が麻痺し、既に逃亡を始めている兵士も少なくない。

 追撃を行わずとも勝手に崩れていくだろう。


 そのような状況にも関わらず、鋼騎士は歩みを止めない。

 たった一人で魔王軍へと突貫してくる。

 命を捨てたわけではない。

 彼は尋常でない戦気を滾らせていた。


「今だ! 野郎にぶちかませェッ!」


 ヘンリーの号令に従って、魔王軍が攻撃を再開した。

 戦車部隊が砲撃、鉄砲部隊は射撃を行う。

 合間にはヘンリーも弓による狙撃を加えていく。


 対する鋼騎士は一直線に疾走する。

 たった一本のハルバードで攻撃を受け流しながら、彼は着実に距離を詰めてくる。


(ありえない。どうなっている)


 私はその光景に驚嘆する。


 鋼騎士は超絶的な技巧と膂力を操り、自らに殺到する攻撃を完封していた。

 序盤に比べて、防御の速度と精度が明らかに向上している。

 追い詰められれば追い詰められるほど、飛躍的に力を高めているのだ。


 やがて鋼騎士の防御が、反撃にまで転じる。

 ハルバードに弾かれた鉄砲の弾が、跳ね返って魔王軍に襲いかかった。

 砲弾も同様に、膂力に任せて打ち返してくる。


 魔王軍は咄嗟の防御魔術で耐えた。

 幸いにも犠牲者は出ていない。

 しかし、以降の攻撃は躱されるか跳ね返されるばかりであった。

 鋼騎士を傷付けることは叶わない。

 たった一人の英雄を相手に、物量特化の遠距離攻撃が無効化されている。


(このままでは被害が出てしまうな……)


 さすがに私が出るべきかもしれない。

 そう思った時、ヘンリーが戦車の上から飛び出した。

 彼は弓を片手に駆けて、一目散に鋼騎士のもとへと向かう。


「ハッハッハ! いいぜ、俺が相手になってやるよ!」


 啖呵を切るヘンリーは獰猛な笑みを浮かべていた。

 魔王軍の損害を予防するため、自らの手で鋼騎士を倒すつもりらしい。

 いや、あの様子はそこまで考えていない。

 戦局を踏まえた上で、衝動を抑え切れなくなったのだろう。


 ヘンリーが鋼騎士に跳びかかる。

 鋼騎士は足を止めた。

 刹那、ハルバードの穂先が霞む。


 響き渡る甲高い金属音。

 ハルバードの刺突を、ヘンリーの弓が受け止めていた。

 ヘンリーはそこから回し蹴りを繰り出す。

 至近距離からの強烈な一撃だ。

 おまけに両者の武器は攻防に使われている。

 あの状態からの回避や防御は困難だろう。


 すると、鋼騎士の右肩が駆動した。

 そこから展開されたのは、小型の防御魔術だ。

 内蔵された機能の一つである。


 防御魔術にヘンリーの蹴りが直撃した。

 鋼騎士は衝撃で後ろへ吹き飛び、地面を滑りながら着地する。

 外傷は見当たらない。

 蹴りを上手くやり過ごしたらしい。

 防御魔術がなければ、片腕が千切れ飛んでいただろう。


「さすがだなァ! もっと楽しませてくれよッ!」


 そこからヘンリーは、怒涛の勢いで連撃を加えていく。

 弓を駆使した殴打に格闘攻撃を織り交ぜていく。


 一方で鋼騎士がハルバードで対抗した。

 しかし、彼は劣勢を強いられている。

 反撃の余裕は無く、防御に終始していた。

 現在進行形で実力が向上しているが、ヘンリーはそれを超える速度で苛烈な攻撃を与え続けている。


 ヘンリーはかつて魔王討伐の候補にも入った男だ。

 私やあの人と共に戦う可能性があった者である。

 素行の都合上、英雄と呼ばれることは皆無だった。

 しかし、それに値するだけの実力を備えている。


 魔王軍に参入してからも、ヘンリーはその才覚を遺憾なく発揮した。

 人外の跋扈する実力主義の集団で、頂点に君臨しているのが分かりやすい証拠だろう。

 そんな彼が弱いはずがない。


「隙ありだ!」


 ヘンリーが巧みに弓を回転させた。

 ハルバードの防御を掻い潜るようにして、鋼騎士の膝に打撃を浴びせる。


 堪らず鋼騎士がよろめいた。

 ハルバードを支えに転倒は免れるも、致命的な動きだった。

 そこにヘンリーの拳がめり込んでいく。


 ――胴体に穴の開いた鋼騎士は、高々と宙を舞った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ