第135話 賢者は英雄の実力を思い知る
「行くぞ――魔竜羅刹号、出陣するッ!」
ディエラが高々と宣言した。
彼女は顔を引っ込めると、改造戦車を発進させる。
そのまま猛速で魔巧軍へと接近していった。
「俺達も行くぞォ!」
少し離れた地点では、弓を掲げるヘンリーが号令を発した。
ディエラの突貫を利用するつもりなのだろう。
彼女はこうして頻繁に戦場へ乱入している。
ヘンリーも扱いに慣れている様子だった。
号令を受けた魔王軍は一斉に前進を始める。
戦車部隊が前衛を務め、鉄砲部隊は無駄のない動作で従う。
訓練と大差ない動きだった。
熱気漂う戦場の中でも整然としており、一つの殺戮兵器として機能している。
こちらの大将であるヘンリーは、戦車の一台の上に陣取っていた。
彼は膝立ちになって弓を構えている。
揺れをものともしない安定感だ。
狙いを定めたヘンリーは弓を放つ。
鋭い一射を前に、魔巧軍はすぐさま防御魔術を構築した。
しかしヘンリーの矢は、それらを容易く貫通して軍の只中に炸裂する。
大規模魔術が発動したのかと疑うばかりの破壊音。
鮮血が弾け、兵士は肉塊となった。
矢の軌道に沿って、破損した屍が散らばっている。
たった一本の矢の結果に、魔巧軍の兵士達は恐怖していた。
士気は露骨に低下している。
彼らの気持ちは分かる。
魔術も届かないような距離から、これだけの威力の矢を放たれたのだ。
しかも防御ができず、回避も困難という悪辣さである。
敵からすれば文句の一つでも言いたくなるだろう。
そこにヘンリーが追加の一射を撃ち込む。
今度の矢は鋼騎士を狙っていた。
一応、尋問のために殺すなとは伝えているのだが、ひょっとすると覚えていないのかもしれない。
(ここで死なれると困るのだが……)
そんな私の考えは杞憂に終わる。
鋼騎士がハルバードを一閃させた。
弾かれた矢は、彼の真横を通過していく。
そのまま遥か後方の誰もいない地点に命中し、地面を深く抉った。
鋼騎士には何の傷も見当たらない。
(さすがは近代の英雄だ)
私は素直に感心する。
個人の力でヘンリーの射撃を弾くなど人間業ではない。
あのハルバードは優れた魔術武器だが、今の防御は使い手の技量によるものだろう。
武器に頼るだけでは、あっけなく射殺されていたに違いない。
「いいねぇ、やってくれるじゃねぇか!」
ヘンリーは歓喜する。
悔しがるどころか、好敵手の出現を歓迎していた。
彼らしい反応である。
「吾も見せ場を作るぞ!」
間もなくディエラの改造戦車も砲撃を行った。
砲弾と光線が、交互に魔巧軍へと放たれる。
防御魔術が張られるも、やはり貫通した。
次々と炸裂する大爆発。
魔巧軍のいる地点が黒煙で見えなくなっていく。
感知魔術によると、命が次々と潰されていた。
圧倒的な火力を前に、阿鼻叫喚の騒ぎと化している。
甚大な被害という表現すら生温いものであった。
生き残った兵士は、射程に収めた改造戦車を鉄砲で撃つ。
弾は装甲に命中しているが、火花を散らして弾かれていた。
装甲を担う鱗と甲殻の混合物は、ディエラの能力で生成されたものだ。
彼女が本気で戦う際に愛用しており、それが脆いわけがない。
通常の戦車とは比べ物にならない防御性能を誇っていた。
「クハハハハッ! なんと脆弱! 吾を愉しませられる者はおらんのかァッ!」
ディエラは砲撃を連発する。
そのたびに魔巧軍に被害が出た。
形勢は完全に定まり、一方的な蹂躙劇となっている。
魔王軍は少し離れた位置で前進を中断していた。
そこから鉄砲と魔術による遠距離攻撃を開始する。
ディエラを囮にして、安全圏から攻撃することに決めたらしい。
被害を抑える堅実な戦法であった。
(これは私の出る幕はないかもしれないな)
そう思って静観する。
このゴーレムの性能を試したかったが、それは別の機会でもいい。
下手に介入して、配下の活躍を奪うのも無粋だろう。
特にディエラやヘンリーからは苦情が飛んでくるに違いない。
その時、黒煙を突っ切るようにして馬が現れた。
乗りこなすのは鋼騎士だ。
彼は数名の騎兵を連れて疾走し、改造戦車へと迫る。
(やはり生きていたか)
改造戦車は狙いを合わせて砲撃する。
鋼騎士の操る馬は、彼の重心移動に従って回避した。
後続の騎兵の一人に砲弾が直撃し、木端微塵になって吹き飛ぶ。
鋼騎士達は、少しの減速も見せずに突進を続ける。
「蛮勇だが悪くない行動だ! 褒めて遣わそう!」
嬉しそうなディエラの声と共に、改造戦車が光線を連射する。
そのたびに騎兵が一人ずつ殺害された。
回避できなかった者から、上半身が消し飛ばされて死んだ。
そのような中、鋼騎士だけが生き残っていた。
彼は巧みな馬捌きで回避し、時にはハルバードによる受け流しで対応する。
部下の犠牲すら、自らが前に進むための糧に利用している。
恐ろしい技術と執念だった。
それが最善手だと理解し、実行するだけの覚悟を持っている。
やがて鋼騎士は、改造戦車の目前にまで到達した。
改造戦車は搭載された鉄砲を作動させる。
近距離用の全方位射撃だ。
左右への回避で躱せるものではない。
対する鋼騎士は、鞍を足場に跳躍した。
弾を受けて倒れる馬をよそに、頭上から改造戦車に強襲する。
戦車の上部に着地した彼は、ハルバードを振るいながら駆けた。
鱗と甲殻の装甲が、あっさりと切り刻まれて破壊された。
内面の金属板が露出する。
おまけに魔力の流れにも乱れが生じていた。
今ので内部機関を損傷したのだろう。
所々で火花が噴き出している。
改造戦車の上から降りた鋼騎士は、側面にハルバードを突き立てた。
そのままハルバードを軸に改造戦車を持ち上げると、遠心力に任せて投げ飛ばす。
「な、なんじゃああああああぁっ!?」
ディエラの驚き困惑する声。
改造戦車は、地面に激突しながら回転し、やがて内部から爆発を起こした。
断続的に炸裂音を発しながら炎上し始める。
鋼騎士は手持ちのハルバードに手を添えた。
先端にかけて微妙に歪んでいる。
戦車を投擲した際に曲がってしまったのだろう。
鋼騎士はその箇所を掴むと、力任せに元に戻した。
何度か試し振りを行って、違和感がないことを確かめる。
それを済ませた彼は、毅然とした歩みで魔王軍へと近付いてきた。