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第134話 賢者は鋼の騎士を見る

 半日後、私は魔王軍を領内南部へと転送する。

 行き先は見晴らしの良い草原だった。

 遥か前方には軍隊が望める。

 鋼騎士の率いる魔巧軍だ。


 一部の兵士は、鉄砲を装備していた。

 魔巧国内で広まっていたものだ。

 ジョン・ドゥの発明品は、その大半を私が奪取し、設計図も徹底して押収した。

 しかし、鉄砲は各地で製造されており、開発を完全に止めることは叶わなかった。


 現在、鉄砲は魔巧国の主力武器を務めている。

 それなりの射程と威力を誇る優秀な武器であった。

 魔術師からすれば、非常にやりにくい相手に違いない。


 もっとも、今回連れてきた魔王軍も負けていなかった。

 付近に扇状で展開するのは鉄砲部隊だ。

 彼らが所持するのは、研究所にて独自開発された鉄砲である。

 その性能は、向こうのそれと比べても数段上だった。

 訓練の質と量でも勝っている。

 ヘンリーが直々に鍛え上げたのだから当然だろう。


 鉄砲部隊の前には、等間隔で戦車が並んでいる。

 いつでも光線を撃てるように準備をしていた。

 基本戦略として、まずは戦車が前進する。

 鉄砲部隊は、その陰に隠れながら追従していく。


 戦車を盾にすることで、遠距離からの矢や魔術を防御するという寸法であった。

 そのために戦車は特別に頑丈な造りとなっている。

 並大抵の攻撃では、装甲に痕を残すのが限界だろう。


 私のそばには、二種の部隊とは別に一台の戦車が停まっていた。

 特徴なのはその外見で、鱗と甲殻の混合物に覆われている。

 戦車は三つの砲を備えており、そのうち二つが魔導砲であった。

 一本が通常通りの戦車砲で、実弾と光線の二種を使い分けることができる。


「クハハハッ、胸が高鳴るのう。これほど初々しい気持ちなど、滅多に感じられぬものよな」


 改造戦車から、くぐもった声が発せられた。

 出入り口の蓋を開けて顔を出したのはディエラだ。

 なぜ彼女が改造戦車に搭乗しているかというと、それを本人が希望したからである。

 出軍の直前、ディエラは没収した改造戦車の使用許可を求めてきた。

 ユゥラと共に製造したこの兵器を気に入っていたらしい。

 ディエラ曰く、いつか戦場で乗ってみたいと考えていたのだという。


 私はこの要望を受諾した。

 改造戦車は、未だ実戦経験がなかった。

 高水準の性能は、解析によって判明しているため、いつか戦場に投入したいと私も企んでいたのである。


 ディエラが使いたいと言うのなら、好きにさせても構わない。

 ただし、暴走しないように見張っておく。

 度を越えた行動は、こちらで押さえねばならない。


 そこまで考えた私は、今更ながら気になったことをディエラに尋ねる。


「今回は最後までその戦車で戦う気か?」


「そうじゃよ。ただの置物ではあるまい」


「戦車を使わない方がお前は強いだろう。試運転は、他の配下に任せればいいのではないか」


 私が加えて指摘すると、ディエラは信じられないとでも言いたげな表情になる。


「それはそうじゃが、浪漫というものがあろうっ! 魔竜羅刹号の操縦は、誰にも譲れぬものじゃ。お主は吾から学ぶとよいぞ?」


「善処する」


 浪漫とは、とことん縁がない概念である。

 優先事項ではないものの、興味はあるのでいずれ学んでみたいと思った。

 一方でディエラは、私のことを指差してくる。


「お主もそれも、十分に浪漫の集結じゃろう。戦う姿を見るのが楽しみじゃな」


「浪漫なのか……」


 確かにこの場にいる私の身体は、不死者のそれではなかった。

 特殊金属で構成された漆黒のゴーレムである。

 研究所で開発された機体で、ユゥラの専用機を基に再調整されたものだった。


 このゴーレムは、つい先ほど研究所から私に進呈された。

 試験と日頃の礼を兼ねているということで、さっそく使ってみることにしたのだ。


 本来の私の身体は王都に残っていた。

 意識だけをゴーレムに定着させている状態である。

 戦いの序盤は機体性能を確認し、終盤は本来の身体で戦うつもりだった。

 相手の質を鑑みた場合、不足はないだろう。

 このゴーレムの力を存分に発揮できるはずだ。


 両軍は静寂の中で睨み合う。

 張り詰めた緊張感に交わって殺気が充満していた。


 私は向こうの軍を注視する。

 視線を定めるのは、軍の中央部だ。

 巨大な馬に乗ってそびえるのは、鈍色の鎧を纏う騎士。

 その手には、槍と斧を合体させたような武器が握られていた。

 ハルバードと呼ばれる長柄の武器である。


 騎士は極大の戦意を発散していた。

 ともすれば味方が怯えるほどの覇気を帯びている。


 あれが鋼騎士だ。

 同時に魔巧軍の大将でもある。


 鋼騎士は少し変わった経歴を持っていた。

 新兵時代、戦場で致命傷を負った彼は、現在では肉体の過半がゴーレムに置換されている。

 血液に多量の魔力を混ぜて循環させることで、人間でありながら、魔物に匹敵する身体能力を有していた。


 さらにその特性を活かして、全身に無数の兵器を仕込んでいる。

 各戦場にて複数の目撃証言が出ていた。

 事前に知っていなければ、回避困難なものも多い。


 無論、ゴーレムの義体に頼るだけではなかった。

 鋼騎士のハルバードは、攻防一体の連撃を繰り出してくる。

 純粋な強さも目を見張るものだった。


 以上のことから、鋼騎士は英雄の名に恥じない実力者と評することができる。

 しかし、一つだけ不可解な点があった。


 鋼騎士が英雄と呼ばれ始めたのは、つい最近のことだ。

 それまでは国内では名の知れた強者といった程度で、少なくとも一騎当千の力を持つほどではなかった。

 鋼騎士は唐突に強くなったのだ。


(魔王軍との激戦が、彼の急速な成長を促したのか……)


 ありえない話ではないものの、説得力には欠ける。

 何らかのきっかけがあったのではないかと私は疑っていた。


 その正体は分からないが、なんとなく引っかかる。

 根拠に基づいた考えというわけではない。

 ただの直感的な判断であった。


 だが、こういった感覚は馬鹿にできない。

 そう思わせるだけの何かが、鋼騎士にあるのだ。


 私は鋼騎士を捕虜にするつもりであった。

 尋問するためだ。

 彼は機密情報を持っている可能性がある。


 一軍の将を任せられるほどの者だ。

 私が望むものではないにしても、何らかの情報は秘匿しているだろう。

 どのみち尋問は無駄になりにくい。


(同時期に現れた三人の英雄……何が起こっている?)


 疑問を解消するには、この戦いを制さねばならなかった。

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