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第131話 賢者は配下の狂騒を楽しむ

 宴は佳境に至り、さらなる盛り上がりを見せていた。

 料理と酒は次々と消費され、そのたびに新たなものが追加されている。

 宴にしてはかなりの少人数だが、食事の速さはかなりのものだ。


 私は普通の食事や酒には手を付けていない。

 だが、次々と空になっていくグラスや皿を見ているのは面白い。

 現在は部屋の片隅で狂騒を眺めていた。


(こうした一時もいいものだ)


 私はしみじみと考える。


 最近は様々な方面で余裕が出てきた。

 大陸の情勢は、争いを挟みながらも安定している。

 世界の意思と思しき現象も起きていなかった。


 唯一の懸念事項と言えば、二人の英雄――戦乙女と鋼騎士くらいだろうか。

 ただ、これも今のところは大きな問題ではない。

 この二人の英雄は確かに強い。

 しかし、常識の範疇と言えるものであった。


 一騎当千の力を持つものの、即座に始末すべき対象ではない。

 現状は、奪還した共和国の再建と領土確保に追われているようだった。

 魔王領に侵攻してきた場合は、ヘンリーやドルダに任せるつもりである。

 能力的な相性が極端に悪い場合や、守るべき配下がいる状況を除けば、ほぼ問題なく勝てる。


 最近はユゥラも戦いたがっていたので、彼女を同行させてもいいかもしれない。

 ユゥラは十分な強さを持つ。

 時折、ディエラが稽古を付けていると聞いたことがあった。

 きっとさらなる戦闘能力を会得しているはずだ。

 私が心配することはない。

 今宵は存分に宴を楽しみ、明日以降はまた気を引き締めていきたいと思う。


 そういったことを考えていると、厨房からグロムが現れた。

 彼は私の正面に着席し、騒ぐ他の面々を一瞥する。


「相変わらず賑やかですな」


「後片付けに苦労しそうだ」


「そこはお任せくだされ。このグロム、酔っ払い共に強制労働を課しましょう。酒の場と言えど、節度を弁えない愚か者には良い薬です」


 グロムは胸に手を当てて言う。

 冗談めかしているが、おそらく本気だろう。

 叱責と共に、酔いから醒めた配下達を徴集するに違いない。


 グロムがふと顔をこちらを見た。

 牛頭の骨は、心なしか穏やかな雰囲気を帯びている。


「魔王様も、宴を楽しまれていますか?」


「楽しんでいる」


 私が答えると、グロムは頷いた。

 眼窩の炎が喜びを表すかのように膨む。


「それは何よりです。俄然、料理にも力が入りますな。後ほど魔王様専用の料理もお持ちしましょう」


「不死者に合わせた食事なのか?」


「ええ。わたくしも練習をしまして、なんとか作れるようになったのです。きっと満足していただけるはずです」


「ほう」


 グロムの話は興味深いものだった

 どうやら彼も、不死者用の食事を用意したらしい。

 できればもう少し欲しいと思っていたところだったのだ。


「楽しみにして待っておこう」


「ありがとうございます! では早速、準備をして参りますっ!」


 張り切るグロムは軽やかな動きで席を立つと、颯爽と厨房へ戻っていった。

 入れ替わるようにローガンがやってくる。


「こういった雰囲気も、たまにはいいものだろう」


「そうだな。配下達も満喫できている。息抜きは大切だ」


 日頃は激務に加えて、各地での戦闘が多い。

 誰もが不眠不休で働き続けているような始末であった。

 私やグロムのような不死者ならまだしも、それ以外の者には厳しいだろう。


 ローガンは自分のグラスを傾ける。

 琥珀色の中身が少し減った。

 果実酒だろうか。

 十数年前も、同種のものを飲んでいた記憶がある。

 それをふと思い出した。


「以前のお前なら、黙って退室しそうなものだった。今はその素振りもない。良い変化だ」


「……そこまで不愛想なつもりはないのだが」


 私は当時を振り返る。

 確かに今と比べて精神的な余裕はなかったかもしれない。

 世界を救う使命を受けて、気疲れしていた気がする。


 私が首を傾げていると、ローガンが続きを述べた。


「自覚していないだけだ。お前はそういう人間だった」


「そうなのか」


 断言されてしまった。

 そこまではっきり言うとは、よほど印象が強いのだろう。

 根拠もあるに違いない。

 これは認めざるを得なかった。


 その上で私は自己分析をする。


「配下ができて、意識や観点も変わった。私も成長しているということだ」


「……口達者になったな。さすがは魔王と評すべきか」


 ローガンは感心したような目を向けてくる。

 彼にとって意外な言動だったらしい。

 やはり自覚はない。

 少し大袈裟なのではないかと思ってしまう。


 しかし、旧友である彼の視点では、確かな変化が窺えたのだろう。

 魔王らしくなっているのなら、喜ぶべきだと思う。


 思わぬ指摘に驚いていると、向こうからディエラがやってきた。

 彼女はふらふらと前後左右に揺れている。

 手に持ったグラスからは、絶えず酒がこぼれていた。

 おまけに顔は真っ赤だ。

 先ほどから相当な量の酒を飲んでいたので、泥酔しているらしい。


 ディエラは、だらりと私の背中にしがみ付いてきた。

 弾みで酒が私の肩や頭にかかる。

 気にせず彼女は、吐息混じりの声で話しかけてくる。


「何じゃぁ? 魔王だとぉ? もしかして、吾のことを呼んだかぁっ?」


 ディエラは空いた手で私の頭蓋骨を小突き続ける。

 こつこつと硬い音が一定の間隔で鳴った。

 虚ろな目の彼女は、今度はローガンに狙いを定める。


「む! ローガン! お主、あまり飲んでおらぬな? 遠慮せずに飲むがよい! ここは吾が奢ってやろうっ!」


 ディエラはグラスを掲げて叫ぶ。

 ローガンは鬱陶しそうに言葉を返した。


「暇なら配膳か皿洗いを手伝ってきてくれ。単純作業は得意だろう」


「ちと扱いが軽すぎるのではないか……? 吾、先代魔王じゃぞ?」


 ディエラはぶつぶつと不満げに呟く。

 若干、拗ねているようだ。

 そんな時、向こうから威勢のよい声が飛んできた。


「先代の姐さん! ちょいとこっちに来てくれよ!」


「うん? 吾か! 何の用じゃっ」


 ディエラは一瞬で元気を取り戻して返事をする。

 私の背中に張り付いたまま、顔だけをヘンリーに向けた。


 そこにはヘンリーの他にドルダとユゥラがいた。

 少し離れた端では、ルシアナが愉快そうに酒を飲んでいる。

 彼らの様子を肴にしているらしい。


 中央に立つヘンリーは、腕の筋肉を見せながら説明をする。


「この中で誰が一番力が強いかを競ってるんだ。姐さんも試さないか!」


「おお、愉快なことをしておるではないか! 吾も参加するのじゃ!」


 ディエラはグラスを置いてヘンリー達のもとへ移動した。

 腕まくりをする彼女は、すっかり機嫌を直している。


 ディエラはテーブルに肘を立てた。

 対面で同じ姿勢を取るのはユゥラだ。

 どこから持ってきたのか、専用機のゴーレムに憑依している。


 向かい合う両者は、互いの手を握り組む。

 あの状態から力を込めて、一方の手の甲がテーブルに触れることで勝敗を決めるのだ。

 たまに実施している様子を見たことがある。


 一連の流れを傍観していたローガンは、ディエラを眺めながら呟く。


「お前より変わった者もいるようだな。とても世界を闇に陥れた者とは思えないが……」


「まったくだ」


 私はローガンの言葉に同意する。


 視線の先では、ユゥラがテーブルに手を叩き付けていた。

 その衝撃でテーブルが粉砕され、力比べに敗北したディエラが宙を舞った。

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[一言] ディエラーぁぁぁあ~()
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