第13話 賢者は新たな配下を手に入れる
私は室内のアンデッドを操作し、ヘンリーへと殺到させた。
対するヘンリーは、長机を投げ飛ばして進路を確保する。
接近を強行するつもりらしい。
左右から迫るアンデッドを躱しながら、彼は獰猛な挙動で私に迫る。
(滅茶苦茶だな。だが、その動きは想定している)
私は手のひらで魔力を圧縮し、固めて放出する。
術式を伴わない原始的な衝撃波だ。
それをアンデッドごとヘンリーに撃ち込む。
「うお……ッ!?」
衝撃波を受けたヘンリーは踏ん張って耐える。
片手の指を床にめり込ませ、吹き飛ばされないようにしていた。
風の刃等と異なり、今回は広範囲への面の攻撃だ。
回避が許されない以上、彼も防御するしかなかった。
「ったく、面倒な攻撃をしやがる……」
悪態を吐くヘンリーはほぼ無傷だ。
今の衝撃波では、彼に致命傷を与えるには遠く及ばなかったようである。
別にそれはそれで構わなかった。
この衝撃波だけで倒せるとは微塵も思っていない。
動き出そうとするヘンリーを見て、私は再び衝撃波を使った。
彼はまたもや防御する。
やはりこれといった損傷は与えられない。
そこへ畳みかけるように三発目を撃つ。
ヘンリーは堪らず膝を床についた。
立て続けの衝撃波に、さすがの彼も怯みを見せる。
そこで攻撃を止めるような真似はせず、私はさらに衝撃波を放つ。
隙を見せずに次々と撃ち込んでいく。
ヘンリーだけでなく、周囲も巻き添えを被っていた。
配下のアンデッドがバラバラになって宙を舞う。
並べられた長机は、回転しながら壁に衝突する。
いつの間にかルシアナの姿が消えていた。
安全な場所へ退避したのだろう。
「はっは……ふざけた野郎だぜ、まったく」
ぼやくヘンリーは中腰で耐えていた。
彼は歯を食い縛り、じりじりと私へ近付いてくる。
時折、衝撃波で仰け反るも、決して吹き飛ぶことは無い。
身体を浮かさず、着実に距離を詰めようとしていた。
凄まじい執念である。
勝利に対して貪欲な姿勢を、これでもかというほどに主張していた。
その強さは認めよう。
生前の私ではおそらく敵わなかった。
だが、今の私は正真正銘の怪物である。
すべてを凌駕する新時代の魔王だ。
たとえ英雄に至るほどの人間であろうと、私との間には埋めようのない隔たりが存在する。
私は衝撃波に注ぐ魔力の量を十倍に増やした。
これまでより強い圧縮をかけ、動きの鈍るヘンリーに向けて解き放つ。
「……っ」
爆発的な反動により、私の両腕が粉砕された。
弾みで手首から先が消失する。
骨の身でも分かるほどの痺れを知覚した。
そうして放った衝撃波は、一瞬でヘンリーに届く。
彼は突き飛ばされたように体勢を崩し、床に指を突き立てて堪えようとした。
しかし衝撃波は、床をめくり上げながら無慈悲に彼を吹き飛ばす。
後方へ飛んだヘンリーは壁に激突した。
そこを中心に亀裂が走る。
壁にめり込んだヘンリーは呻く。
「おいおい、マジかよ」
「残念ながら真実だ」
私はそこへ同じ威力の衝撃波を撃つ。
反動により、今度は肘から先が爆散した。
ヘンリーはさらに壁にめり込む。
出力を上げて追加の一発を発射した。
私の肩から先が跡形もなく弾け飛ぶ。
轟音と共に放たれた衝撃波は、ついに食堂の壁を崩壊させた。
当然、ヘンリーも巻き添えとなる。
(腕は無くなったが、問題ない)
私は小型の結界魔術を発動し、肩口に繋げて筒状に形成する。
それを砲身に見立てて、狙いを定めながら衝撃波を放つ。
結界魔術は割れて消滅した。
すぐさま同じ形状の結界を作り直し、そして再発射を行う。
砲型結界の破壊と再生を繰り返しながら、私は連続で衝撃波を叩き込んでいった。
衝撃波は食堂の壁を貫き、その奥の空間をも破壊し始める。
ヘンリーの位置は魔術で感知していた。
それによると彼は身動きが取れず、見事に後退している。
すべての衝撃波が直撃していた。
驚くべきことに、これだけ直撃を受けながらもヘンリーは死んでいない。
人間離れした頑丈さである。
とは言え、それは彼の希望を示しているわけではない。
この状態でヘンリーが反撃に転じるのは不可能だろう。
距離を詰めねば格闘攻撃を活かせず、何かを投げても衝撃波で撃ち落とされる。
私の優勢は不動に近かった。
その後も私は、一方的に衝撃波を叩き込んでいった。
相手が簡単に死なないことを知っているため、ほとんど遠慮なく畳みかける。
発砲のたびに監獄内が壊れ、壁に直線状の穴ができていく。
そうしてついには最後の一枚を破り、屋外にまで繋がってしまった。
両腕のない私は、目視転移で屋外との境目に移動する。
視線を巡らせ、外へ飛び出した彼の姿を探した。
ヘンリーは芝生の上に倒れていた。
身体に瓦礫が積み重なっている。
彼はのっそりとした動きで瓦礫をどかすと、平然と起き上がってみせた。
全身に付着した埃を払うヘンリーはよろめく。
彼は倒れる寸前で踏み留まった。
その際、額から一筋の血が流れ落ちる。
「…………」
それを指で拭ったヘンリーは、じっと見つめる。
しばらくして笑いを洩らした。
実に楽しそうな表情だ。
まるで出血が嬉しいとでも言いたげであった。
滅多に訪れない出来事を喜んでいるようにも見える。
(……とても理解できないな)
ヘンリーの奇行をよそに、私は顎を開いた。
そこから飛び出したのは銀色の蛇だ。
神経麻痺の毒を持つ魔術生物である。
蛇はするすると地面を這い進み、ヘンリーの足に噛み付こうとした。
「っと、危ねぇな」
ヘンリーはそれを躱して蛇を踏み潰す。
血を吐いた蛇は姿が揺らぎ、同じ色の鎖になってヘンリーの足に絡み付いた。
瞬く間に彼の片脚を固定してしまう。
「おい、嘘だろっ?」
驚くヘンリーを一瞥しつつ、私は地面に魔力と瘴気を送った。
土を割って無数の枯れた木の根が飛び出し、それらがヘンリーに襲いかかる。
彼は咄嗟に拳で粉砕するも、間に合わずに次第に拘束されていった。
ついにはうつ伏せのまま動けない状態となる。
「禁呪の多重行使だ。さすがに抜け出せないだろう」
「ははは、デタラメすぎじゃないか? 冗談きついぜ」
苦笑するヘンリーに私は歩み寄る。
会話中、彼は指先で木の根を千切っていたが、その倍の数が地面から生えてくる。
言うまでもなく、拘束を脱することはできない。
抵抗とすら呼べない悪あがきと化していた。
高度な魔術である禁呪を素手で破壊できる点については、今は目を瞑っておく。
(これで終了だな)
動けないヘンリーを見下ろして判断する。
周囲への影響を度外視すれば、このようなことも可能だった。
ヘンリーは一騎当千の戦士だ。
だが、所詮は魔術を使えない人間に過ぎない。
圧倒的な身体能力と優れた戦闘勘も、それらでは対処できない術で畳みかければいい。
もっとも、理論上は可能でも、実際は不可能に近い手法だ。
まずヘンリーが対処できない攻撃を連発するのは困難である。
大抵の術は容易に回避され、或いは格闘攻撃で破壊される。
仮に足止めに成功しても、少しでも隙を与えれば回避され、手痛い反撃を受けることになる。
私のように常軌を逸した魔力量と、禁呪を無詠唱で行使できる技量がなければ成立しない方法だった。
私は魔力で半透明の槍を生成し、鋭利な穂先をヘンリーの首筋に添える。
そのまま彼に問いかける。
「賭けは私の勝利でいいな?」
「……もちろん。こいつは敵わねぇな。降参するよ」
ヘンリーは脱力して苦笑いする。
直前までの戦意は消え去り、やけにさっぱりとした顔をしていた。
切り替えが早い性格をしているらしい。
私は彼を拘束する禁呪を解除した。
自由になったヘンリーは、ひょいと跳び上がって立つ。
まだまだ余力がある様子だ。
降参が早かった気もするが、何か考えがあるのだろうか。
少し気になるものの、それを訊くのは野暮だろう。
単なる気まぐれという可能性だってある。
戦いに飽きて、降参したくなったのかもしれない。
どういった考えで出した結論であれ、私の勝利で間違いはなかった。
魔力の槍を消した私は、改めてヘンリーに告げる。
「ヘンリー・ブラーキン。以降、お前は私の配下となる。異論はないな」
「ああ、大丈夫だ! よろしく頼むよ、大将」
彼は親しげな調子で応じた。
その際、なぜか私の背中を叩いてくる。
おかげで骨が軋んでいるのだが、果たして気付いているのか。
戦闘直後のせいで、見事に力の加減ができていない。
「実を言うと、魔王軍に加入できて光栄に思っている。ちょうど監獄生活にも飽きて、年内には脱獄するつもりだったんだ。時期的にちょうどよかった」
私の背骨を破損させながら、ヘンリーは気楽そうに語る。
その内容からするに、噂通りの気分屋らしい。
こんな男を十年間もよく収容できたものだと感心してしまう。
「正直、野心もないからな。魔王を乗っ取ると言えば、あんたがやる気になると思っての発言だ。別に配下になることに抵抗はないし、これがベストだと思っているよ」
「つまり、やる気になった私と戦いたかっただけということか?」
「まさかあそこまで怒るとは予想外だったがね。だから本心では、裏切りや乗っ取りなんて企んでいない。俺はただの戦闘狂さ。安心して戦場に送り出してくれよ」
ヘンリーは悪びれもせずに言う。
言い訳などではなく、本当にそういった考えで行動していたようだ。
完全に箍が外れている。
まあ、人類を相手に魔王となった私が批難できることではない。
彼は彼なりの価値観で動いただけなのだから。
「……そうか」
様々な気持ちを胸中に抑え、私はただ相槌を打つだけに留めるのであった。




