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第128話 賢者は世界樹を目指す

 私はエルフの里を進む。

 ほどなくして、前方にディエラの背中を発見した。

 彼女は少し申し訳なさそうな顔で、私の到来を待っている。


「すまぬ。どうしても世界樹を見たかったのじゃ」


「気にするな。私も興味があった」


 せっかく世界樹を見れるのだ。

 ディエラの子守りという義務を加味しても、十分に魅力的であった。

 決して悪い条件ではないだろう。

 私の返しに、ディエラが不思議そうな顔をする。


「お主も見たことがないのか?」


「ああ、初めて見る」


「ふむふむ、それは尚更に楽しみじゃの」


 ディエラは嬉しそうに微笑む。

 どうしてそのような反応を取ったのかは不明だ。

 彼女ともそれなりの付き合いになってきたが、未だによく分からない部分が多かった。

 言動に関してはほとんど読めない。


 その時、遠くから聞き慣れた声が聞こえてきた。


「魔王サマー、ディエラ様ーっ!」


 こちらに向かってくるのはルシアナだ。

 彼女は優雅な軌道を描いて着地する。

 低空飛行をものともしない身のこなしだった。

 そんなルシアナに、ディエラは不思議そうに問いかける。


「なぜお主がここにおるのじゃ? 宴の直前に来ると聞いておったが」


「仕事を早めに終わらせたのよ。さっさと休みたかったの」


 ルシアナは晴れ晴れとした表情で言う。

 彼女も宴が楽しみだったようだ。

 心なしか、いつもより機嫌が良いように見える。


 そんな状態の彼女に訊くのも酷だが、私は気になることを尋ねた。


「各国の動きはどうだ」


「問題ないわ。魔王領に侵攻する予兆もないみたい。奪還した領土の安定を図っているようね」


「そうか」


 ルシアナの見解を聞いて私は安心した。

 答えが分かっていたとはいえ、どうしても確認しておきたかったのだ。


 共和国を奪還した各国は、その統治に追われていた。

 魔王軍が反撃してこないと悟り、領土の安定化を図っている。

 しばらくは魔王領への侵攻もないだろう。

 あるとすれば英雄の率いる少数精鋭と思われるが、その可能性は低い。

 私には勇者や聖女を殺した実績がある。

 かつて敗北を味わった聖杖国と魔巧国は、慎重な判断を取るはずだ。


 ルシアナが私の顔を見つめる。

 紅い唇が疑問を発した。


「やっぱり心配?」


「……否定はできない」


 私は正直に打ち明ける。

 王都から離れた状態が続くのは落ち着かない。

 おそらく問題など起きないと確信しているが、それでも気になってしまう。


 脳裏を過ぎるのは、後ろ向きな想像ばかりであった。

 いずれも荒唐無稽な代物だ。

 何らかの不安要素があるわけではなかった。

 それにも関わらず、つい最悪の可能性を考えてしまうのである。


 昔、あの人から心配性だと言われたことがあった。

 その悪癖は、まだ治っていないようだ。

 我ながら情けないと思う。

 配下が前向きな者ばかりなので、余計にそう感じるのかもしれない。


 軽い自己嫌悪を感じていると、ルシアナは私の背中を叩いた。

 少し押された程度の力加減だ。

 彼女はおどけた調子で言う。


「大丈夫よ。ちょっとくらい留守にしたって、大事には至らないわ。それにアナタなら、一瞬で戻れるでしょ?」


 ルシアナの言う通りだ。

 転移魔術を使えば、すぐにでも王都へ帰還できる。

 手間取ることは絶対にない。

 さらに現在地からでも、魔術で異常の有無を検知が可能だった。

 王都が至って平和な状態であることを、私自身が理解している。


 加えて王都には、いくつもの防衛策を張っていた。

 たとえ英雄が接近しようと、十二分の時間稼ぎが可能だった。

 今や王都は、世界でも有数の安全地帯と言えよう。

 私を出し抜いて滅ぼすのは実質的に不可能であった。


「お前の言う通りだな。すまない」


「気にしないで。魔王サマの慎重さは好きよ?」


「そう言われると助かる」


 話に区切りが付いたところで、ディエラがルシアナに声をかける。


「吾とドワイトは世界樹を見に行くが、お主も行くか?」


「そうね。ご一緒させてもらうわ」


 新たにルシアナを加えた私達は、里の道を移動する。

 家屋が無くなり、だんだんと獣道と化してきた。

 そしてついには道が途切れてしまう。

 周囲は茂みが密集し、通れそうな場所はなかった。


 ディエラは茂みを掻き分けながら唸る。


「ぬぅ、行き止まりに見えるが……」


「認識阻害による隠蔽だ。素通りさせてもらおう」


「破壊しないのか?」


「修復するのが面倒だ。エルフ達に迷惑がかかる」


 そう答えながら、私は自分と他の二人に看破の術を施した。

 すると茂みの一部が消失し、空洞となった道が現れる。

 先ほどまでは存在しなかった隠し通路だ。

 術を使っていない状態で触れても、決して道は見つからないように仕組まれていた。


「これでいいだろう。道が見えるか」


「おお! はっきりと見えるぞ! 何とも便利な魔術じゃ」


 ディエラは驚きながらはしゃぐ。

 彼女は興奮した様子で辺りを見回していた。

 他に何か隠れていないか探しているようだが、残念ながら何もない。


 一方、ルシアナは怪訝な表情をする。

 じろりとした視線は、私のことを見つめていた。


「こんな魔術、あったかしら。記憶にないけれど」


 ルシアナは豊富な魔術知識を持つ。

 そのため気になったのだろう。

 私は淡々と答える。


「即興で作った。既存の術を組み合わせただけだが」


「……魔王サマったら、相変わらず反則ね。新術の開発なんて、本来は偉業なのよ?」


「知っている。私も生前は苦労した」


 呆れたように笑うルシアナに、私はかつての日々を思い返しながら言う。


 魔族との戦いでは、様々な術の使用を強いられた。

 既存のものだけでは対応できない場面が多々あった。

 だから必然的に新たな術の開発に着手したのである。


 最近は特に困らないため、既存の術を使い回してばかりだった。

 こうして披露するのはあまりなかったので、ルシアナを驚かせることになったようだ。


 私達は隠し通路を進んでいく。

 何度か分岐点にぶつかり、そのたびに魔術で確認しながら歩いていった。


「この方角で合っておるのか?」


「間違いない。精霊の力がかなり強まっている」


 答える私は指先に違和感を覚える。

 見れば片手が崩壊し始めていた。

 保護の術を貫通して、聖気が影響を及ぼしているのだ。


 ルシアナが不安そうな顔で私の手を見る。


「ちょっと。それ大丈夫?」


「大丈夫だ。じきに適応する」


 私は保護の術を調整し、欠損部分を瘴気で補完した。

 少しの間は脆いが、放っておけば反応も鎮まるだろう。

 私にとって身体は重要なものではない。

 いくらでも代えがあるため、少々の破損は気にすることではなかった。


「お、この先じゃな?」


 先頭のディエラが呟く。

 前方に隠し通路の終わりが見えた。

 同時に、聖気と精霊の力も最大限にまで高まっている。

 溢れんばかりの光に、存在しない目が焼かれるような感覚を覚える。


(少しの間、辛抱するしかないな……)


 苦痛を思考の外に追いやりつつ、私は隠し通路の向こうに踏み出した。

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