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第127話 賢者はエルフの里に再訪する

 森を進むうちに、若干の息苦しさを感じるようになってきた。

 骨が軋み、僅かに焼けるような痛みが走る。

 正直、気にするほどではないが、あえて放っておく意味もない。


 私は自分とグロムに保護の魔術を施した。

 全身の苦痛は、跡形もなく消える。

 これで問題は解決した。


 その際、ディエラがこちらを振り向く。


「なかなかの聖気じゃが、体調は大丈夫か?」


「問題ない」


 私は頷いて応じる。


 世界樹の森には、聖気が溢れていた。

 奥へ踏み込むほどに強まる。

 一般的なアンデッドなら、行動不能に陥る濃度だろう。


「それは良かった。いきなり浄化されたら、さすがに洒落にならないからのう」


 ディエラは胸を撫で下ろす。

 そこで安堵するならば、どうして世界樹の森を宴の会場にしたのかと訊きたくなる。

 彼女のことだから、あまり深く考えていなかったのだろう。

 実にディエラらしい反応であった。


 しばらく歩いたところで、ディエラがこちらに目を向けた。

 頭部から爪先までをじっと観察してくる。

 何かおかしな点でもあるのか。

 そう思って確認するも、いつも通りの身体であった。

 不審な部分は何一つとして見当たらない。


 私が訝しげに思っていると、ディエラがしみじみと言う。


「不死者は日常生活に支障を来たす印象があったが、お主らを見ていると認識を改めざるを得ないのう」


「私達は例外だ。通常なら日光でも毒になる」


 不死者は基本的に脆弱だ。

 生者に比べて複数の有利な特性を持つが、代わりに様々な弱点を抱えている。

 聖魔術はその代表例だろう。


 有史において、著名な不死者は数多く存在する。

 彼らはいずれも滅びの運命を辿っていた。

 英雄譚でも、往々にして討滅されている。

 不死者とはそういう認識なのだ。


 私が魔王になった当初、人々はすぐに解決する脅威と見なしていただろう。

 彼らは王国内部に留まる問題と判断し、早急な対処に動かなかった。

 私が魔王を自称していた点も、ただの戯れ言として流していたに違いない。

 だからこそ私は、速やかに王国を乗っ取ることができた。

 そうなることは予想していたとは言え、初動を邪魔してこなかった他国には感謝する他あるまい。


「人間に戻りたいとは思わぬのか。魔王をやるのに不死者である必要はないじゃろう」


「あまり考えたことがなかったな。そもそも私は人間に戻れない。どのような術でも不可能だ」


 私は断言する。

 そこに何かを感じ取ったのか、ディエラは意味深な眼差しを返してきた。


「死者の谷の呪いか?」


「そうだ」


 私は死者の谷の権能を保有する。

 あの地からほぼ無尽蔵の力を供給され、同時に私も死者の谷に屍を還元している。

 言うなれば共存関係だった。


 もっとも、これは良いことばかりではない。

 私は死者の谷に縛られている。

 あの地を浄化されると、命の危機に晒されるのだ。

 そしてどのような魔術を使っても、不死者からの変貌は叶わない。

 私を蝕む権能がそれを邪魔している。


 どれほどの努力をしようと、私が不死者をやめることは叶わない。

 不死者でなくなるのは、二度目の死を迎えた時だろう。

 無論、そのような事態を起こすつもりはない。

 故に私は永久に不死の魔王なのだ。


 神妙な表情をするディエラは、続けてグロムの顔を覗き込む。

 彼女は静かに問いかけた。


「お主は人間になりたいと思わぬのか?」


「この身体は、魔王様からいただいた大切なものだ。我は既に満足している」


 グロムは即答した。

 そこに一切の逡巡はなく、固い決意が窺える。

 ある意味では私以上かもしれない。


 個人的な意見を述べるのなら、グロムの好きにすればいいと思うのだが、彼なりに不死者の身体を気に入っているようだ。

 正確には、私と同質の存在であることが重要なのかもしれない。

 もし私が人間になったら、グロムも嬉々として真似をしてきそうだった。


 そうして雑談を挟みながら歩いているうちに、前方に木造建築の家屋群が見えてきた。

 エルフの里だ。

 いつの間にかすぐそこまで近付いていたらしい。

 早速、ディエラが駆け足で先行する。


「着いたようじゃな!」


 久々に訪れたエルフの里は、ほどよいにぎわいに包まれていた。

 和やかな暮らしぶりを見せている。

 こちらに対する敵愾心なども感じられない。

 エルフ達は目が合うと会釈した。


 少し素っ気ない反応だが、これが平常である。

 嫌われているわけではない。

 むしろ歓迎されている。

 彼らが本当に私達を拒否しているのなら、こうして里に入ることすら簡単にはいかなかっただろう。


 どのような状況であれど、エルフは誇りを捨てない。

 たとえ命を落とすことになっても、信念を曲げない種族である。

 だから好感が持てるのだ。


 建前上は従属関係だが、エルフ達とは比較的良好な距離感を保てていた。

 この地に森を移してから、彼らの扱いや心情を気遣ったのが功を奏したのである。


「吾が通るぞ! 道を開けいっ」


 ディエラが大声を発しながら闊歩していく。

 別に誰も道を阻んでいないというのに、気迫のこもった叫びだった。

 私とグロムは、困惑するエルフ達に謝りながら進む。

 迷惑極まりない行為であった。


 やがて私達は、族長ことローガンの家に到着した。

 家の前では、彼が待機している。


「集合は夜だというのに、随分と早い到着だな。そんなにも楽しみだったのか」


「ドワイトが待ち切れないようだから、早めに移動したのじゃ」


 ディエラがため息を洩らしながら述べた。

 ローガンは眉を寄せて彼女に確認する。


「……そう、なのか」


「うむ」


 ディエラは当然といった風に頷く。

 実際は真っ赤な嘘なのだが、それを感じさせない口ぶりであった。

 私は面倒なので訂正せず、反論しかけたグロムを押し止めた。

 ローガンは、何かを察した様子で話を続ける。


「じきに他の者達も来るだろう。それまで寛いでくれ。森を散策してもらってもいい」


「世界樹を見てもよいか?」


「……ドワイトを同行させるなら構わない」


 それを聞いたディエラは即座に踵を返した。

 彼女は私を見て激しく手招きをする。


「よし! 恩に着るっ! ドワイト! さっそく見に行くぞ! 吾に付いてくるのだッ」


 ディエラはこちらの返答も聞かずに里の奥へと走り出した。

 慌てて離れるエルフ達をよそに、すぐに姿が見えなくなってしまう。

 よほど世界樹が気になるのだろうか。

 現役魔王の時代には見られなかったことが、彼女の関心を高めているのかもしれない。


 一部始終を目撃した私は、ローガンに視線をやる。


「……私に押し付けたな?」


「仕方ないだろう。子守りは必要だ。それに、お前も世界樹に興味がないわけではあるまい」


 ローガンは毅然とした態度で反論する。

 確かにその通りだ。

 世界樹を目にできることなど、滅多にない機会である。

 興味はあった。


 私はグロムに尋ねる。


「お前はどうする」


わたくしは食事の下準備がありますので、残念ですがご一緒できませんな」


「分かった」


 頷いた私は、ディエラの後を追って移動を開始する。

 本当はゆっくりと休みたかったが仕方ない。

 ディエラの我儘に付き合おうと思う。

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