表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
処刑された賢者はリッチに転生して侵略戦争を始める  作者: 結城 からく
第五章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

126/288

第126話 賢者は先代魔王の答えを聞く

 私達は世界樹の森の中へと入る。

 前方には一本道が続いていた。

 行き来するエルフ達が使っており、以前までは無かったものである。

 付近には野生動物を除けば外敵がおらず、侵入対策をせずとも良くなったために設けたのだ。


 もっとも、不用心かと言えばそうではない。

 周囲には無数の魔術が張り巡らされている。

 分かりやすいものから、巧妙に偽装したものまで多種多様だ。

 熟練の魔術師でも、それらを突破するのは困難だろう。

 悪事を企む者が近付けば、たちまち死が訪れる。


 これらの魔術は、私とローガンが共同で設置したものだった。

 基本的に発動することはなく、万が一の設備だ。

 実際、今まで一度も使ったことがなかった。

 これからもそうであることを願うばかりである。


 ディエラは道を進みながら辺りを見回す。

 葉の隙間から差す日光に、彼女は眩しそうに手をかざした。


「相変わらず綺麗な森よな。侵略できなかったのが惜しいくらいじゃ」


 ディエラが言っているのは、現役の魔王だった時のことだ。

 当時の魔王軍は、大陸全土に向けて攻撃を仕掛けていた。

 各地で魔族が暴れているような状況で、まさに混沌そのものであった。


 だから私とあの人は、世界中を旅して魔族を打ち倒していた。

 その過程で瘴気を防ぐための手段も探していた。

 対策をしなければ、魔王の本拠地――現在の旧魔族領で戦うことなどできないからだ。


 あの時は本当に困難続きだった。

 命がいくつあっても足りない状況であった。

 よく生き残れたものだと思う。


 一方で魔王軍も常勝かと問われれば、実際はそのようなことはなかった。

 現魔王軍と比較して、まったくと言っていいほど統率が取れておらず、魔族同士で争うことがあったほどだ。

 魔族の侵略経路にも規則性がなく、明らかに破綻している場合も多かった。


 この世界樹の森は、魔族の脅威にほとんど晒されなかった珍しい地域だ。

 隣接して帝国があったことも大きい。

 その関係上、魔族も迂闊に攻撃できなかったのだ。


 現代では滅亡した帝国だが、当時は凄まじい力を保有していた。

 魔族すら容易に寄せ付けない力を誇っていたのである。


 加えて先代魔王ディエラには、大きな弱点があった。

 それを思い出した私は、懐かしみながら呟く。


「精霊魔術が弱点だったな」


 竜人族は魔術全般に高い耐性を持つが、例外的に精霊魔術が苦手なのだ。

 私にとっての聖魔術のようなものであった。


 するとディエラは苦笑いを洩らす。


「弱点と言っても、致命的なほどではなかったがの。しかしエルフ達には何度も悔しい思いをさせられた。今でも列挙できるほどじゃ」


 地理的に厄介な場所に、自らの弱点を突けるエルフの住処がある。

 ディエラからすれば、非情に面倒だったろう。


 もっとも、現在の彼女はその弱点を克服している。

 二度の蘇生で体質が変わったのだ。

 当時のディエラが今の状態だったなら、世界各地の被害はさらに深刻だったろう。


 十年前の出来事を振り返りつつ、私はディエラに訊く。


「エルフ達に恨みは残っているのか」


「恨んでいるのなら、宴の会場に選ばぬよ。元より恨んだことなどない。当時、彼らには彼らの正義があった。吾と同じじゃ。互いの正義が衝突しただけで、どちらが悪いということもない。強いて言うなら、虐殺と征服を肯定した吾が悪じゃな」


 ディエラは歩きながら述べる。

 いつになく真面目な口調だ。

 それが彼女の軸となる考えなのだろう。


 自らを悪と断じた上で、ディエラは魔王という役目を全うした。

 魔族の復権という目的を実現するためだ。

 その在り方は、今の私と似ていた。


 私はディエラの語りに指摘を挟む。


「魔王が善悪を語るのか」


「お主だけには言われたくないことじゃな」


 喉を鳴らして笑うディエラは、グロムに視線を向けた。

 そして彼に問いかける。


「グロム、お主はどう思う。魔王という存在について、何か考えはあるのか」


「ふむ……」


 足を止めたグロムは、地面を見つめながら沈黙する。

 眼窩の炎は、小さくなって燻っていた。

 やがてグロムは、噛み締めるような口調で発言する。


「我は、魔王様の心意気を支持している。この御方だからこそ、仕えているのだ。いくら我を生み出した相手とは言え、納得できなければ忠誠は誓えない。先代よ。もし貴様が主だったなら、我は服従していなかったろう」


「うぐ、はっきり言われると心が痛むぞ……」


 ディエラは苦しそうに胸を押さえる。

 私が特に反応していないのを見ると、彼女は咳払いをして話を再開した。


「少し傷付いてしまったが、そういうことじゃ」


「何がだ」


「魔王としての生き方じゃよ。以前、吾に助言を求めたじゃろう」


 ディエラの言葉で思い出す。

 そういえば彼女に訊いたことがあった。

 当時はどうしようもない回答を聞いて、拍子抜けもとい呆れるしかなかった。

 おそらく気まぐれなのだろうが、今回は真面目に答えてくれたようだ。


「配下に恵まれること。それが一番の秘訣じゃな。お主が初志を軽んじぬ限り、皆が自然と追従するはずじゃ」


 それに関しては全面的に同意する。

 私だけの力では、今の状況を作るのは不可能だった。

 配下に支えられることで魔王領を運営できている。

 頼もしい限りであった。


「…………」


 不意にディエラが私の正面に立つ。

 彼女はそっと手を伸ばすと、顔に触れてきた。

 涼やかな微笑みを湛えるディエラは、親しみを込めて私に告げる。


「吾と違ってお主は賢い。頭が回る分だけ気苦労も多いじゃろうが、迷いながら進めばよい。永劫の時を生きるのなら、適度に力を抜くべきじゃよ」


「……善処する」


 私は、目の前の人物が先代魔王であることを強く意識した。

 特に魔力や殺気を放っているわけではないというのに、圧倒的な存在感を纏っている。


 これこそが求心力。

 彼女を魔王たらしめた要素だろう。


 普段のディエラは、控えめに言って優れた点が見当たらない。

 堕落した者の手本のような存在である。

 しかし、こういった瞬間を垣間見ると、彼女がかつての宿敵であることを思い出す。


 私の顔から手を離したディエラは、ここぞとばかりに胸を張った。

 直前までの雰囲気を消すと、彼女は陽気な調子で私に尋ねる。


「どうじゃ! 魔王らしかったか?」


「否定はできないな」


「ふふん、もっと崇めるがよいぞ。ついでに小遣いの増額を受諾するのじゃ」


 ディエラは当然と言わんばかりに手を差し出してきた。

 私は即座に首を振る。


「……それは断る」


「なぜじゃ! お主は人の心を失ったのかっ!?」


 ディエラはこの世の終わりかのように嘆いた。

 彼女は膝から崩れ落ちると、目に涙を浮かべながら懇願を始める。


「…………」


 私は思わずグロムを見る。

 グロムは、額に手を当てて明後日の方角を向いていた。

 決してディエラを視界に入れようとしない。


(情緒不安定、なのか?)


 この先代魔王は、印象の高低差が激しい。

 彼女のことを理解するのは、まだまだ難しいようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
口先:依存しない誇り高き先代魔王 現実:酒や金を集る不所属の乞食
[気になる点] 依存しないとは何だったのか…w
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ