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第125話 元賢者は列車で移動する

 私はディエラに引っ張られるようにして城を出た。

 そのまま王都外周にある露店街へと赴く。

 人々が独自に営むその場所は、日に日に立派な様相を呈していた。


 たまに住人がこちらを見て、途端に血相を変えた。

 中には平伏する者もいる。

 これは長居すると迷惑そうだ。

 私が足早に通り過ぎようとする一方、ディエラは彼らの反応を満喫していた。

 魔王時代の気分でも疼いたのだろうか。

 恥ずかしいのでやめてほしいものである。


(見慣れない建物が多いな。人も増えているようだ)


 私が観察する隣で、グロムも感心したように声を発した。


「この辺りも随分と発展しましたな。通りの街並みと大差ありませんぞ」


「そうだな。私も驚いている」


 露店街については、自然と規模が大きくなっている。

 この地に暮らす人々が、自分達の生活に合わせて発展させたのだ。

 私が統治する王都内に比べると、自治領に近い性質を持つ。


「かなり自由にやっているようですが、介入される予定はあるのですか?」


「特にない。ここも王都の経済成長に貢献している。邪魔をすることはないだろう」


 擬似的な自治領と言えど、露店街は王都と隣接している。

 ここに店を構える商人達は、私に許可を得て経営を行っていた。

 たまに密偵が調査して違法な物品がやり取りされていないかを確認している。

 怪しい品々は紛れているも、危険な薬物や魔道具等はない。

 現状、こちらで規制する必要はないだろう。


 私の見解を聞いたグロムは、尊敬の念を込めて呟く。


「さすが魔王様。大海のように広い心をお持ちですな」


 大袈裟な口ぶりだ。

 世辞のように感じられるが、これがグロムの本音である。

 常にこの調子で疲れないのだろうか。

 少し気になったものの、彼は実に上機嫌だった。

 私が気にかけることではないようだ。


「こっちじゃ! よそ見をしておる場合ではないぞ」


 先を進むディエラが、元気に手招きをする。

 彼女はとても張り切っている。

 宴をするとは聞いていたが、よほど楽しみなのだろう。


 そういえば、彼女は大の酒好きだった。

 無一文にも関わらず、王都の酒場に入り浸っているという苦情が殺到している。

 ルシアナが定期的に小遣いを渡しているのだが、すぐに使い切ってしまうらしい。

 事あるごとにディエラが金をせびるとぼやいていた。

 なかなかの厄介者ぶりには、本当に魔王を務めていたのかと疑いたくなるほどである。


 そんな彼女にとって、憂いなく酒を飲める機会は貴重なのだろう。

 だから、あれだけはしゃいでいるに違いない。


 ディエラに連れられた先は鉄道だった。

 この半年間で完成したそこは、往復用に二本の線路が敷かれている。

 片側には列車が待機していた。


 現在、鉄道は一般利用ができない。

 主に里を行き来するエルフのための施設である。

 許可した者のみ使えるようになっていた。


 私はディエラに尋ねる。


「なぜ鉄道まで来たんだ」


「もちろん利用するために決まっておる。宴の会場はエルフの里じゃからのう。列車がちょうどいいのじゃよ」


「それなら転移魔術で一瞬だ。そちらの方が効率的だろう」


 私は反論する。

 別に列車を使いたくないわけではないが、転移魔術なら距離の制限もなく移動が可能だ。


 ところがディエラは、舌を鳴らしながら首を振る。

 そして深々とため息を洩らした。

 まるで私が見当違いの反論をしたかのような仕草である。

 ディエラは腰に手を当てて私を諭す。


「お主は甘いのう。否、無粋と評すべきか。あえて列車を使い、道中の景色を楽しむ。そこに風情があるのじゃ」


「風情、か……」


 私はディエラの言葉を反芻する。

 考えていなかった答えだった。


 転移よりも列車の移動の方が風情がある。

 ディエラはそう言っているのだ。

 正直、あまりよく分からない分野であった。


 私の反応を見て、ディエラは軽く笑う。


「クハハ、お主にはまだ早かったようじゃ。グロムはもう分かっておるというのにな」


「そうなのか?」


 私はグロムに視線を移した。

 グロムは若干言いづらそうに述べる。


「いや、その……まあ、はい。わたくしも遠征は好きですので……」


 私はそれを聞いて人間だった頃――あの人と共に旅をした日々を思い出す。

 過酷な道のりの合間、私達は地方の料理に舌鼓を打ち、秘境の絶景に目を奪われた。


 確かにあれはよかった。

 貴重な体験だった。

 不死者になり、復讐心や魔王の責務に駆られたことで、すっかり忘れていた。


「これを機に、お主も風情を知るとよい。存外に悪くないものじゃぞ?」


「……ああ、努力する」


 私は素直に頷く。

 人間性を失いすぎると碌なことにならない。

 情に流されるのも考えものだが、人心を理解できるようにしておかねば。

 怪物になり果てるのは遠慮したいものである。


 私達は列車に乗り込み、充填された魔力を燃料に稼働させた。

 ディエラは車外に顔を出して指を差す。


「それでは出発じゃ!」


 間もなく列車が走り出した。

 揺れは小さい。

 試行錯誤の末に改善したのだ。

 初期の列車は、揺れが強すぎてエルフ達から改善の要望が出ていた。

 今では快適だと感謝されている。


 流れゆく外の景色に、ディエラが目を細めた。


「相変わらず速いのう。便利な世の中じゃ」


 私はその呟きに引っかかりを覚えた。

 感じたことをそのままに質問する。


「列車を使ったことがあるのか?」


「す、少し興味が湧いて乗ってみたのじゃ。壊してはおらんぞ」


 ディエラは慌てて口を押さえて狼狽える。

 以前、列車が無許可で使われた形跡があり、犯人が分からずじまいだった。

 まさかここで誰の仕業か判明するとは思わなかった。


 私はグロムに囁く。


「……鉄道の防犯設備を徹底してくれ。遠視の魔道具を設置してもいいだろう」


「かしこまりました」


 グロムは呆れたようにディエラを見やる。

 汗を垂らすディエラは、視線を車外に固定していた。

 こちらを見ようともしない。


(あまり追及するのも酷だな)


 私は責めるような視線をやめる。

 過ぎたことなのだから、反省してくれればいい。

 そこまでの悪行でもない。


 高速移動する列車は、開けた場所に出た。

 畑が広がっている。

 少し遠くでは、農民が鍬を振るっていた。


「ほほう、この辺りは農耕地帯なのか。何を育てておるのじゃ?」


「主流の作物はだいたい揃っている」


 膨れ上がった王都の人口に合わせて、食糧を自給しているのだ。

 支配する都市からの献上もあるが、余裕のあるうちに生産体制を整えておきたい。

 さらなる発展を望むのなら、十分な量の食糧が必須だろう。

 何事も、民が餓えない状況を固めてからだ。


 畑を眺めるディエラは、小声でぼやく。


「点在する不死者がいなければ、もう少し良い風景なのじゃがなぁ……」


 彼女の指摘する通り、畑の各所にはアンデッドがいた。

 何をするということもなく佇んでいる。


「仕方のない措置だ。こうでもしないと不埒なことを考える者がいる」


 線路が金属製であることに加え、畑の作物も大切な資源だ。

 見張りを置いておかなければ、盗もうとする輩が現れるのである。

 これまでにも何度かあった。


 ちなみにその者達は、今では畑を監視するアンデッドに仲間入りしている。

 末路も含めて人々に通達したおかげで、盗人が出没することは無くなった。


 私達はしばらく無言で列車に揺られる。

 途中、隣に座ったディエラが私を見つめてきた。


「どうじゃ? こういった移動も趣があるじゃろう」


「……悪くないものだな」


 いつか世界が落ち着いた暁には、身分を隠して各地を巡るのもいいかもしれない。

 立場上、長期間の旅は不可能だから、ほんの少しだけ散策する程度になる。

 それでも気晴らしにはちょうどいいだろう。


 やがて列車は終点に到着した。

 私達はそこで降りる。

 前方には世界樹の森が広がっていた。

 私が禁呪で強引に引き寄せた特殊地帯である。


「ここからは徒歩じゃな」


 ディエラは意気揚々と歩き始めた。

 私はその背中に尋ねる。


「今更だが、エルフ達に許可は取っているのか?」


「もちろんじゃ。ローガンが里の者から承諾を得ておる。吾が先導しよう。付いてくるがよい」


 ディエラは自信満々に答えると、軽い足取りで進んでいく。

 グロムはそんな彼女を睨み、地鳴りのような声音で私に問いかける。


「魔王様に尊大な言葉遣いを……如何しましょう。ご命令とあれば、この場で処しますが」


「構うな。いつものことだろう」


「ぐ、承知しました」


 悔しげに呻いたグロムは、恭しく頭を下げた。

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