第122話 賢者は大精霊から忠告を受ける
ユゥラの外見に大きな変化はない。
しかし、纏う魔力と精霊の力が規格外であった。
普段の彼女なら、絶対にありえない質量となっている。
(これは大精霊か?)
私は瞬時に理解する。
ユゥラを生み出した大精霊が憑依しているのだ。
そうとしか考えられない状態である。
感じられる気配も、以前のそれと同質だった。
一方、ディエラは愉快そうに目を細める。
彼女は不敵に微笑みながら大精霊に話しかけた。
「ほほう、噂をすれば現れたか。盗み聞きとは、趣味が悪い奴よな」
「陰口は感心しませんね。慢心は身を滅ぼしますよ」
「ただの事実じゃ。お主なら、以前の吾と違うのが分かるのではないか?」
ディエラがそう言うと、大精霊は沈黙する。
その視線はディエラを注視していた。
やがて感心したような口調で言う。
「確かに凄まじい力ですね。限界値を超過しています」
「そうじゃろう、そうじゃろう。もっと褒めてもよいのだぞ」
ディエラは上機嫌に胸を張った。
両者のやり取りを見るに、以前から面識があるらしい。
魔王時代のディエラは大精霊と会っていたようだ。
大精霊はディエラを一瞥すると、意外そうに述べる。
「それにしても、あなたが蘇生するとは予想外でした。破滅の運命に打ち勝ったのですね」
「クハハ、吾は不滅じゃ。何度でも蘇ってみせよう」
ディエラは自信に満ちた様子で言ってみせる。
彼女が蘇生できたのは偶然が重なった結果なのだが、なぜか誇らしそうにしていた。
そこを指摘しかけるも、無粋だと思って黙っておく。
口を挟んだところでディエラの機嫌を損ねるだけだろう。
ディエラと会話していた大精霊は、続いて私を見た。
彼女は幾分か穏やかな雰囲気で話しかけてくる。
「お久しぶりです。変わらず世界平和に尽力しているようですね」
「ユゥラを介して私を監視していたのか」
「はい。あなたの様子は定期的に窺っていました。まさか先代魔王と和解するとは思いませんでしたが、概ね問題ないようで安心しました」
大精霊とユゥラの繋がりは切れていたはずだ。
しかし、実際は密かに接続して私を見張っていたらしい。
彼女ならそういったこともできてもおかしくない。
私自身、その可能性は考慮していた。
秘石の一件により、大精霊からは少なからず興味関心を抱かれていたからだ。
こうして再会したのも予想の範疇である。
大精霊は私達を見ながら一礼した。
「わたしの分体――ユゥラの記憶と同期して確認しました。この子は良い環境に恵まれているようですね。ありがとうございます」
「いや、こちらこそ感謝する。ユゥラには世話になっている」
ユゥラは大精霊から褒美として授かった分体だ。
今や魔王軍でも数々の活躍を残している。
先日の魔獣騒動でも、多くの人々を救っていた。
何かと力を借りており、他の者達からも我が子のように慕われている。
魔王軍にとって無くてはならない存在となっていた。
ユゥラの貢献を振り返りつつ、私は大精霊に尋ねる。
「今日は何の用件だ」
「先代魔王と話をしたかったのです」
大精霊の答えに、ディエラは自身を指差した。
彼女は不思議そうに首を傾げる。
「吾か?」
「はい。あなたの力は世界に大きな影響を及ぼしかねないものです。改めて忠告すべきだと判断しました」
私は大精霊の事情を聞いて納得する。
大精霊は、防御機構の役割を担っている。
世界が滅びないようにするための存在だ。
そんな彼女にとって、蘇生したディエラは見逃せなかったのだろう。
魔王時代から強大な力を持っていたディエラは、現在ではさらなる強さを獲得している。
彼女が本腰を入れて動き出せば、世界はたちまち存続の危機に陥ってしまう。
当然、防御機構の監視対象に入る。
紆余曲折を経て蘇ったディエラは、勇者と聖女の能力を手に入れた。
弱点らしい弱点もなく、相当な難敵と化している。
周辺諸国にも、彼女の存在は知れ渡っていた。
やはり私の配下として認識されているようで、彼らの警戒心を大いに煽っている。
無論、ディエラ本人にそのような自覚はなかった。
「安心せい。吾はもう魔王ではない。隠居生活を満喫する身じゃよ。それに万が一の時は、此奴が吾を止めるじゃろ。なぁ、ドワイトよ」
穏やかに言うディエラは、私に視線を向ける。
そこには奇妙な信頼が感じられた。
視線の意味を訝しみつつも、私は頷く。
「……そうだな。殺してでも阻止する」
世界の平和を乱すのならば、たとえ誰であろうと排除する。
それが私の使命だ。
生前から変わらない意志である。
私達の話を聞いた大精霊は、静かな口調で発言する。
「わたし以外の防御機構も、あなた達の動向に注目しています。くれぐれも注意してください」
それは初耳だった。
しかし、別に驚くことではない。
私は魔王だ。
現在進行形で人類を相手に戦争を展開している。
防御機構が関心を寄せるのもおかしなことではなかった。
きっと私の行為次第では、容赦なく襲いかかってくるだろう。
その脅威は、人間の軍の比ではない。
私にとって何の益もない事態なので、目を付けられないように気を付けようと思う。
自戒を込めた思考をしていると、大精霊が私を凝視し始めた。
彼女は少々の間を置いて告げる。
「破滅の運命は、虎視眈々とあなたを狙っています。油断は禁物です」
「一体それはどういう――」
思わず尋ねようとしたその時、彼女の身体から光が霧散した。
圧倒的な魔力や精霊の力が消失し、残されたのはいつものユゥラの姿だった。
彼女は辺りを見回すと、少し困惑した様子で私に報告する。
「短時間の思考停止を確認――申し訳ありません。意識が途切れていました」
「……疲れているのだろう。少し休むといい」
「マスターの意見を肯定――休息のために帰還します」
ユゥラは素直に頷いて飛行し、そのまま王都の方角へと去っていった。
彼女に一連のやり取りの記憶はないようだ。
大精霊が憑依したことで、意識が追いやられていたのだろう。
一部始終を見届けたディエラは、苦笑いを浮かべる。
「意味深な言葉を残していったのう。もっと具体的に教えてくれてもいいと思うのじゃが」
「向こうにも事情がある。あまり肩入れできない立場なのだろう」
防御機構は、基本的に中立の立場にある。
あえて言うなら世界の味方だ。
しかしそれは、決して人類の味方と同義ではない。
結果として救うことがあると、大精霊は言っていた。
彼女自身、人類の生存には興味がないのだろう。
それは私のような魔王に対しても同様である。
防御機構が特定の勢力に力を貸すようなことはしない。
先ほどのように会話ができるのも、例外的な措置に違いなかった。
「不吉なことを言い残されたが不安か?」
「そうでもない。いつものことだ」
私は首を振る。
命を狙われることなど日常茶飯事である。
人間だった頃は、魔族から刺客を送られた。
不死者になってからは、人類を相手に戦っている。
さらには世界の意思も介入して、私を滅ぼそうとしていた。
もはや慣れ親しんだ状況であった。
今更、破滅の運命と言われても、大して心に響くものではない。
もっとも、気を抜くつもりはなかった。
他でもない大精霊による忠告だ。
世界のどこかで私を殺すための事象が起き始めているのだろう。
警戒するに越したことはない。
「ふうむ、達観しておるのう。本当にお疲れ様じゃな」
ディエラは他人事のように言う。
あまりの威厳の無さに心配しそうになる。
もっとも、彼女はそういった部分を気にしていないのだろう。
魔王の肩書きを失ったことで、実に気楽そうだった。
私はふと閃いてディエラに質問をする。
「魔王としての生き方について、何か助言はあるか? 先代の意見を聞いておきたい」
「む、そうじゃの……」
ディエラは眉を寄せて難しい顔をする。
腐っても先代魔王を務めたほどの人物だ。
長年に渡って人類を苦しめ、暗黒の時代を築き上げた手腕は伊達ではない。
魔王を担った歴も、今の私より遥かに長かった。
そんな彼女なら、何らかの秘訣を見つけているはずだ。
「…………」
ディエラは暫し沈黙する。
真剣な様子で考え込んでいるようだった。
やがて顔を上げた彼女は、腕を掲げて力強く回答する。
「困ったら殴って解決すればよいぞ! 暴力こそ正義じゃからの」
「そうか……」
私は形ばかりの相槌を打つ。
答えは自力で模索した方がよさそうだ。