第121話 賢者は改造兵器を発見する
私は訓練場に到着した。
ヘンリーの証言によれば、ディエラは武器の手入れをしているはずだ。
そろそろ解放してもいい頃合いだろう。
彼女が長居すると、他の者達が緊張してしまう。
ディエラの正体については、当初は秘匿していた。
しかし、彼女が頻繁に口を滑らせることで、半ば公然の事実と化している。
隠し続けるのは不可能と悟り、私も気にしないようにしていた。
竜人族のディエラは、私の能力で蘇った先代魔王である。
軍内ではそういった認識をされていた。
そのため幹部のような扱いを受けている。
実情とは異なるのだが、訂正するのも面倒なので放置している。
今のところ不都合もなかった。
彼女自身、私の配下と勘違いされることに抵抗はないらしい。
私は訓練場を歩く。
今の時間帯はほとんど人もいない。
ちょうど休憩しているのか、或いは別の場所で鍛練を行っているのだろう。
しばらく散策していると、奇妙な兵器を発見した。
それは戦車だったが、外装が鱗と甲殻に覆われている。
しかも通常の戦車と異なり、上部の砲身は三本も設けられていた。
左右の二本は魔導砲だ。
よく見ると、鱗と甲殻の隙間からいくつもの鉄砲が覗く。
多方面への射撃が可能な仕組みらしかった。
(何だこの戦車は……)
私は困惑する。
このような代物は、魔王軍で採用した兵器の中にはない。
研究所でも見たことがなかった。
そんな戦車が、なぜ訓練場にあるのか分からなかった。
「おお、吾に会いに来たか! くるしゅうないぞっ!」
戦車の陰からディエラの顔が飛び出した。
彼女は私のもとへ駆け寄ってくる。
その後ろから現れたのは大精霊の分体ことユゥラだ。
珍しい組み合わせである。
二人で何かをしていたらしい。
私の前に来たディエラは、誇らしげな顔で胸を張る。
「安心せい。武器の手入れと整地は済ませておる。今の吾は叱られる可能性がない……すなわち無敵ッ!」
「それよりこれは何だ」
「ほほう、やはり気になるか。ならば教えてやろう」
ディエラは嬉しそうに含み笑いをする。
そして目を見開いた彼女は、異形と化した戦車を指し示した。
「これぞ吾が専用機――魔竜羅刹号じゃっ!」
「…………」
「魔竜羅刹号じゃっ!」
私の沈黙をどう解釈したのか、ディエラは繰り返し叫ぶ。
それでも私が何も言わないのを見て、彼女は不安そうに眉を下げた。
「反応が薄くないか? なぜじゃ」
「ユゥラ、状況を説明してくれ」
私は早々にやり取りを打ち切り、話の通じそうなユゥラを呼んだ。
彼女は静かに頷く。
「マスターの指示を受諾――一連の経緯を伝達します」
ユゥラによると、この戦車は彼女とディエラの二人で製造したらしい。
基盤となっているのは、この前の模擬戦闘で大破した戦車だ。
ディエラが自由に案を出して、ユゥラがそれを叶える形で改造したのだという。
「説明を終了――戦車の改造がマスターの励ましになると聞いて実行しました」
「そうなのか?」
私は今度はディエラに尋ねる。
ディエラは当然とでも言いたげな調子で首肯した。
「男は浪漫溢れるものが好きじゃろう。この戦車を見せれば、お主の気分も有頂天という寸法じゃ!」
「私が有頂天になった姿を見たことがあるか?」
「むっ、そういえば無い気がするのう……」
当たり前の指摘を受けたディエラは、腕組みをして言葉を詰まらせる。
その顔を汗が伝う。
私はさらなる追い打ちをかけることにした。
「戦車を改造した本当の目的は何だ」
「ユ、ユゥラの持つ専用機のゴーレムが羨ましかった……! それで自分の専用機も欲しいと思った。修理できない戦車なら、自由に弄んでもよいと判断した次第じゃ」
「…………」
苦しげに白状したディエラを見て、私は頭痛を覚える。
どうやら彼女は、私の名を出すことでユゥラを説得したらしい。
そして戦車の改造を手伝わせたのだ。
こういった時にだけ、よく悪知恵を働かせてくる。
困った先代魔王であった。
一方、ディエラは焦りながら言い訳を連ねる。
「ま、まあ今回はユゥラも同罪じゃ! 共犯者と言えようっ!」
「個体名ディエラの主張に反論――私は騙されました。責任の過半はあなたにあります。マスター、彼女に厳しい叱責をお願いします」
「何っ、謀ったな……!?」
ディエラとユゥラは醜い争いを始めた。
このままでは収集が付かなくなるため、私は仲裁を図ることにする。
「喧嘩をするな。どちらも罰しない。ただ、今後このようなことをするのなら、事前に許可を取ってほしい。よほどのことでない限り、禁止することはない」
「クハハッ、今代の魔王は寛容じゃのう。吾の時代ならば、首と胴が離れるところであったわ」
ディエラはすっかり調子を取り戻して笑う。
直前の態度など影も形もない。
あまり反省しないと困るので、少し脅しておくことにした。
「……そうなりたいのか?」
「嫌じゃ! 全力で抵抗するぞッ!」
ディエラはユゥラの背後に回り込むと、彼女を押し出して盾にした。
当のユゥラは、とても煩わしそうにしている。
色々とひどい光景だ。
これがかつての宿敵とはあまり思いたくない。
胸中の嘆きを押し殺しつつ、私はユゥラに声をかける。
「ディエラが迷惑をかけたな。あとは私に任せてくれ」
「マスターの指示を受諾――迷惑ではありませんでした。楽しかったです」
「それは良かった」
戦車の改造はユゥラも満喫していたらしい。
本当に嫌ならば、ここまで付き合わないだろう。
彼女も楽しんでいたというのは、嘘ではないようである。
改造された戦車も有用だ。
兵器として安定しており、なかなかに面白い状態となっている。
後ほど研究所に持ち込んで、所長に見せるべき完成度だ。
彼女もさぞ張り切って内部構造を解析することだろう。
ユゥラの意外な特技が見つかったのも収穫である。
そういったことを考えて戦車を観察していると、ディエラが手を打った。
「お主と打ち合わせを約束しておったが、魔王領の方針は決まったのか?」
「ああ、決まった」
私は先ほど会議室で決めた内容を伝える。
それを聞き終えたディエラは、顎を撫でつつ頷いた。
「ふむふむ。共和国の領土を捨てて、地盤固めに専念するか……悪くない案じゃな。」
「旧魔族領にも、他国の者が介入するかもしれない。一応、気を付けてほしい」
私が警告すると、ディエラは鼻を鳴らした。
彼女は獰猛な顔で舌なめずりをする。
「事もあろうに、それを吾に言うのか? お主に二度も敗北した身じゃが、先代の力は衰えておらぬよ」
「違う。やり過ぎるなということだ。防御機構については知っているだろう?」
私の視線を受けて、ディエラは途端に苦い顔をした。
何か嫌な記憶を思い出している模様だ。
「……もちろん知っておる。連中は厄介極まりないからのう。関わらないようにするのが一番じゃ」
先代魔王のディエラは、やはり防御機構に関する知識は有していたらしい。
人類と戦う中で、何らかの警告を受けていたのかもしれない。
かつての彼女の目的は、魔族の復権だった。
防御機構の処罰対象には入らないはずだ。
互いに距離を置いて存在を黙認していたのだろう。
しばらく苦い顔だったディエラだが、ふと私を見て真顔になる。
すぐさま彼女は胸を張って大笑いをした。
「無論、その気になれば抹殺もできるんじゃがな! 吾は二度の死を乗り越えて、大いなる成長を遂げた。たとえ大精霊や竜神だろうと、赤子のように捻り潰してくれよう!」
「さすがは先代魔王ですね。強気な物言いです」
その時、横合いから淡々とした声が響いた。
私達は咄嗟にそちらを向く。
少し浮遊して佇むのは、膨大な魔力を帯びたユゥラだった。