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第118話 賢者は旧友に打ち明ける

 その日の夕暮れ、私は城の屋根の上にいた。

 王都内で最も高い位置に立ち、眼下の街並みを俯瞰する。

 一度はアンデッドの街となり果てたこの地も、再び活気を見せていた。

 かつての面影は無く、新たな首都として機能している。


「…………」


 強い風が吹き抜ける。

 空はだんだんと暗みを増していた。

 今日は雲がない。

 綺麗な夜空が見えることだろう。


 本当は事務作業を進めなければならない。

 こうしている間にも、着々と消化すべき案件が増えているだろう。

 配下達が奮闘している頃だ。

 怠けている暇はない。

 だが、それらに手を付ける気にはなれなかった。


 そうして何をするということもなく佇んでいると、背後で足音がした。

 現れた気配は、私のそばで立ち止まる。


「どうした。星空でも待っているのか」


 振り返るとそこにいるのはローガンだ。

 腕組みをする彼は、感情の読めない目で私のことを見ている。


 何かを追及されている気がして、なんとなく居心地の悪さを感じた。

 その感覚をよそに私は首を振る。


「天体観測の趣味はない」


「知っている」


 ローガンは即答すると、こちらへ一歩近付いた。

 そして、静かな口調で私に問いかける。


「ドワイト、何を悩んでいる」


「…………」


 私は伏し目がちになって沈黙する。

 骨の身でなければ、露骨に動揺していただろう。

 しかし、ローガンならばアンデッドとなった私の心境にも気付いているはずだ。

 彼はそういう男だ。

 嘘や誤魔化しは通用しない。


 続けて彼は、核心を突く問いを口にする。


「勇者――クレア・バトンのことか?」


 その言葉に、私は硬直した。

 やはり気付かれていた。

 声が震えないように注意しながら、私は話に応じる。


「……なぜ、分かった」


「お前が思い詰めることなど、原因は限られている。何年の付き合いだと思っているのだ」


 ローガンは少し怒ったように言う。

 おそらく実際に怒っているのだろう。


 私は彼に反論できない。

 全く以てその通りであった。

 昔から隠し事はすぐに見抜かれていたのだ。

 それは今も変わらないらしい。


 ローガンは落ち着いた声音で私に提案する。


「俺に話せ。それで心の整理を付けるといい」


「だが……」


「今は魔王の肩書きなど捨てろ。ただのドワイト・ハーヴェルトとして、旧友に悩みを打ち明けるだけだ」


 畳みかけるようにローガンは私に告げる。

 彼の言葉には、普段の彼からは想像もつかないほど熱が込められていた。

 それほど真剣なのだ。

 とても断れるような雰囲気ではない。


 決心した私は頷く。


「――分かった」


 私とローガンは屋根の縁に腰かけた。

 宙に足をぶら下げながら、隣り合うようにして街を見下ろす。

 その状態で私は、隠してきた悩みを切り出した。


「結論から述べると、私は迷っている。二つの選択肢で、どちらを取るべきか決められない」


「その選択肢とは何だ」


「あの人を、蘇らせるべきか否かだ」


 それを口にした途端、心の痛みが膨らんだ。

 視界が狭まるような錯覚に陥り、言葉が詰まる。


 この半年間、ずっと悩んできたことだった。

 いつも脳裏に潜んでいた。

 誰にも話さず、どうにか答えを出そうとしていた。

 だが、駄目だった。


「平和になった世界をあの人に見せたい。これは、私自身の望みだ。しかし、彼女はそれを望んでいないのかもしれない」


「根拠はあるのか」


「唯一あの人だけが、私の能力で不死者にできない」


 これは事実である。

 死者の谷の権能は死霊魔術より格上で、どのような死体でもアンデッドにできる。

 そこに魔術を加えれば、様々な工夫や改造も可能だった。

 任意の種族のアンデッドを生み出すこともできる。


 ところが、あの人だけは例外であった。

 どれだけ能力を使っても不死者として蘇らない。

 遺骨が残っているため、本来は簡単なはずなのだ。


 地上に舞い戻ってから一年以上が経過した。

 権能は当初に比べて強大なものとなっているも、それだけは叶わなかった。


(あの人は世界の平和を望んでいた)


 だから彼女は勇者となり、ついには魔王まで倒した。

 そして自らの処刑をも受け入れた。

 抵抗することで新たな争いになると分かっていたからだ。

 彼女の平和に対する想いは、間違いなく本物であった。


 私は平和になった世界を見せたい。

 だから彼女の意志を引き継いで、こうして尽力している。

 平和までの過程はまるで異なるが、目指す気持ちは同じつもりだった。


 ところが、それは間違いだったのかもしれない。

 彼女は今の世界を見たくないのだろうか。


 その疑念は、私の心を大いに乱した。

 常に不安を誘い、思考に歯止めをかけてくる。

 魔王の責務がなければ、自死を望んだかもしれない。


「そもそも平和になった世界に過去の勇者を呼び出すのは、争いを生む行為に他ならないだろう。余計な混乱しか招かない。私の存在意義と対立している」


 勇者の再来と、抑止的な世界平和。

 これは両立するのは困難である。

 方針としては矛盾していた。


 魔王の立場からすれば、勇者など出現するべきではない。

 今までもそう考えて英雄を排除してきた。

 あの人の蘇生は、これまでの方針を曲げることと同義である。


 私はあの人と戦うつもりはない。

 しかし世界中の人々は、勇者が魔王を倒すことを期待するだろう。

 誰もが勧善懲悪の終結を望んでいる。


 私にとっては歓迎できない展開だった。

 現代に蘇ったあの人も、自らの立ち位置に困惑するはずだ。

 平穏に暮らせなくなってしまう。


「研究所では、死者の蘇生術を探求している。今はまだ実現できていないが、きっといつか成功させるだろう」


 私はそれを確信していた。

 あの施設、世界の最先端の技術を保有している。

 何百年、何千年と時間をかければ、いずれ蘇生術に到達するに違いない。

 不死者としてではなく、完全な人間のままあの人を現世に戻すだろう。

 そのような技術が手に入った時、私はどうしたらいいのか決めかねている。


「ディエラが言った。今の私を見たあの人はどう思うのか、と。私は何も答えられなかった」


 あれは半年前、バルクの暗躍の末に戦った時のことだ。

 その言葉を受けた私は隙を晒し、大きな傷を負う羽目になった。

 私の未熟さが招いた事態である。


 これも並行する大きな悩みだった。

 ただの挑発や揺さぶりなら、私は動じなかった。

 私自身が心の奥底で同じことを疑問に思っていたからこそ、致命的な隙を生んだのだ。


 これは認めざるを得ない。

 今まで無意識のうちに目を背けてきたことであった。

 率直に言えば、自らの行為と手法を信じ切れていない。

 あの人に軽蔑されることを恐れていた。

 もしかすると人々の期待とは関係なく、彼女と刃を交えることになるかもしれない。


(現代の魔王である私は、堂々とあの人に会えるのだろうか)


 自らに問いかけるも、即答できることではなかった。

 とにかく負い目があるのは間違いない。

 これらが、私の抱く悩みと葛藤であった。

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