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第115話 賢者は魔王軍の進歩を振り返る

 翌日、私は王都の外周にある広大な敷地へ赴いた。

 草原の中に設けられたそこは、赤茶色の大地が剥き出しとなっていた。

 あちこちが陥没し、焼けたような痕跡も目立つ。

 少し離れた場所には、木造の建造物がそびえていた。


 ここは魔王軍専用の訓練場だ。

 人員増大に伴って王都内の訓練場が手狭となり、ヘンリーからの要望を受けて新設したのである。

 ここならば実戦に近い条件での訓練も可能で、魔術で様々な地形を再現できる。

 結界によって囲んでいるため、外への被害も考えなくていい。

 防音も完璧であり、周囲の環境への配慮は徹底されていた。


「ほほう、これはすごいのう。兵士の練度が高いというのも納得じゃな」


 隣で感嘆の声を上げるのは先代魔王ことディエラだ。

 彼女はやけに元気であった。

 夜通しでグロムと戦いを繰り広げたことで、心身共に満足しているようだ。

 ディエラは、ヘンリーに勝るとも劣らない戦闘狂なのだ。


 彼女は興味津々といった様子で周りを観察している。

 ふと気になった私は、ディエラに質問をした。


「お前の代では、こういった施設を造ろうと思わなかったのか」


「配下の育成などできる状況ではなかったわ。お主がもう少し手を抜いてくれれば、その余裕ができたかもしれんがの」


 魔王は横目で私を見てくる。

 若干の批難が込められていた。


「……謝らないぞ」


「当然じゃ。お主にはお主の使命があった。今更、とやかく言うつもりはない」


 ディエラは肩をすくめて笑う。

 どうやら今のは軽い冗談だったらしい。


 彼女は過去を気にしていない。

 新たな人生を楽しんでいる様子だった。

 たまに今のように掘り返すこともあるが、それも本気ではない。

 それどころか、私の反応を楽しんでいる節があった。

 当時は知る由もなかったが、ディエラはこういう性格らしい。


「それにしても、これだけの建築技術があるのならば、吾の家くらい建ててくれてもいいのじゃよ?」


「自力で何とかしろ。資材の提供は済んでいる」


 私は即答する。


 現在、ディエラは旧魔族領に住んでいる。

 かつては瘴気で汚染されていたあの土地も、私の禁呪による破壊で洗浄されていた。

 今では他の土地と大差ない環境となっている。


 彼女はそこで細々と暮らしている。

 魔王軍の傘下に入るつもりはなく、あくまでも隣人という立ち位置を維持していた。

 彼女なりのこだわりなのだろう。


 とは言え、生活の不便さを感じることは多いらしい。

 頻繁に魔王領を訪れるのがいい証拠であった。


「ぬぅ、なんと非情な……どこかの賢者が吾の城を爆破しなければ、そのまま住めたのじゃがなぁ……」


 ディエラはまたもや私を横目で見つめてくる。

 私が大魔術で彼女の城を吹き飛ばした出来事に言及しているらしい。

 あれは最善策を選んだ結果だった。

 まさか十年後に魔王本人から文句を言われるとは思っていなかった。


 そんなやり取りを交わしていると、遠くで魔王軍が整列し始める。

 彼らは素早い動きで陣形を組み、的に向けて攻撃を行った。

 無数の発砲音が響き渡る。


 それを目にしたディエラは、目を凝らして観察する。


「杖のように見えるが、あの武器は何じゃ?」


「鉄砲だ。鉛の弾を飛ばして敵を攻撃できる。弓の発展型に近い」


 魔巧国にて鹵獲した鉄砲は、さらに改良が重ねられて独自の武器に進化した。

 連射速度や射撃精度が向上して、実戦運用も十分に可能な水準に達している。

 既に量産も開始していた。

 魔王軍の中でも、専門の部隊が作られているほどだ。


 ディエラは鉄砲の訓練風景を観察する。

 彼女は顎を撫でつつ意見を述べた。


「あの具合だと、対人用じゃろう。魔術師は毛嫌いしそうよな」


 彼女の指摘は正しい。

 鉄砲は、今後の戦争において魔術師殺しの武器となるだろう。

 遠くから詠唱を必要とせずに正確な攻撃ができる上、弓のように膨大な訓練も必要ない。

 最低限の操作さえ習得すれば、あとは誰でも使いこなすことが可能だ。

 これほど汎用性の高い武器は珍しい。


 鉄砲部隊の背後では、さらに新たな兵器が登場した。

 ディエラは眉を寄せて首を傾げる。


「あれは……鉄の馬車か?」


「戦車と呼ばれる兵器だ。魔力の光線によって、遠距離から対象を破壊する。並の魔術では防御も回避もできない」


 私は解説する。

 あれも同じく魔巧国から鹵獲した兵器の一つである。

 砲から放つ強力な光線が特徴だ。

 まだ数は揃えられていないが、こちらもいずれ部隊を作るつもりであった。


「あれだけ凶悪な兵器を開発してしまうとは、賢者の知恵は健在じゃの」


「私が考えたものではない。現代の技術者が発案したものを流用しただけだ」


 いずれもジョン・ドゥの閃きが元となっている。

 彼の才覚は、間違いなく人類の文明を飛躍させただろう。

 やむを得ない理由があったとは言え、私はその可能性の芽を摘み取った。

 後悔はないものの、その事実は忘れないでおくつもりだ。


 しばらく観察していたディエラだが、ふとこちらを向いた。

 そして私に対して疑問を呈する。


「なぜ今になってこれらを吾に見せたのじゃ?」


「観光の一環だ。ちょうど形になったから披露したかった」


 ディエラと私には、魔王という共通点がある。

 かつては宿敵同士だったが、今は先輩と後輩のようなものだ。

 彼女の意見は貴重である。

 観光という建前も嘘ではないいものの、先代魔王の観点での改善点を知りたいのが本音だった。

 魔王軍はまだまだ発展途上だ。

 改善点を反映させることで、さらなる強化に努めていきたい。


 そういった部分に気付いているであろうディエラは、呆れたように笑いを洩らす。


「お主は律儀じゃなぁ……ところであれは、吾にも操縦できるのか?」


 彼女が指を差したのは戦車だ。

 先ほどからやけに注目していると思っていたが、どうやら気になるらしい。

 やけに浮き足立っており、全体的に落ち着きがない。


「操縦は可能だ。よかったら体験してみるか」


「おお! 是非してみたいのじゃ!」


 ディエラは両手を掲げて歓喜する。

 まるで子供のような反応だった。

 実に無邪気である。

 その姿からは、元魔王だとは連想できない。


 私達は訓練中の魔王軍のもとへ移動した。

 配下達は私達を見て驚愕するも、訓練の動きは止めない。

 動揺を押し殺して仮想敵への攻撃を続けている。

 その中でヘンリーが私達のもとへやってきた。


「やあ、大将。今日はどうしたんだい」


「ディエラが兵器を使ってみたいそうだ。その説明を頼みたい」


「ああ、いいぜ。任せてくれよ」


 ヘンリーはすぐさま快諾する。

 一方でディエラは、少し不安そうに自己申告をした。


「吾は槍しか扱えぬが、大丈夫か?」


「基本操作くらいなら誰でもできるさ」


 ヘンリーは快活な調子で答える。

 彼はディエラを促して最寄りの戦車へ向かっていった。

 その様子を眺めていると、ディエラがこちらを振り返って大声を発する。


「ドワイトよ! 何を止まっておる。お主も一緒にやるのじゃぞっ」


「……私はいい」


「魔王が消極的でどうする! 弓兵もそう思わぬか?」


 ディエラは信じられないと言わんばかりに叫ぶ。

 あろうことか、隣のヘンリーにまで意見を求め出した。

 ヘンリーは腰に手を当てて思案すると、獰猛な笑みを覗かせる。


「確かになぁ。徹夜明けの大将には悪いが、ちょいと遊ぼうぜ? 鉄砲の撃ち合いもやりたかったんだ」


「……分かった」


 期待の視線を受けて、私は渋々ながらも頷く。

 ゆっくりと傍観するつもりだったが仕方ない。

 案内を決めたのは私だ。

 少しくらい付き合ってもいいだろう。

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