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処刑された賢者はリッチに転生して侵略戦争を始める  作者: 結城 からく
第四章

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第109話 賢者は先代魔王の力を目にする

 接近する魔王が刺突を放ってきた。

 私は彼女の動きを見極め、形見の剣で受け流そうとする。


 衝突の寸前、槍の軌道が変化した。

 穂先でこちらの剣を掬い上げると、そのまま私を貫くように迫る。


(こちらの剣術を読んでいる……?)


 私は瞬時に理解する。

 魔王は槍術の達人だ。

 唯一、あの人の剣と互角の戦いを演じられた傑物である。

 当時の経験が残っているのならば、こうして受け流しが失敗したのも納得だった。


 私は顔を反らしながら踏み込む。

 槍の刺突が、突風を伴って額を掠めた。

 骨が削れて割れる音が響く。

 痺れるような痛みが走るも、無視できる損傷だった。


 私は不死者だ。

 生者と違って滅多なことでは致命傷になり得ない。

 たとえ全身を木端微塵にされようと、予備の身体さえあれば復活できる。


 私は間合いを詰めながら剣を一閃させた。


「ぬっ」


 魔王は傾けた槍で防御する。

 硬い音が鳴り、鱗と甲殻が飛び散った。

 斬撃が槍を粉砕したのだ。


「これならどうじゃ」


 武器が壊れても魔王は動じない。

 彼女は折れた槍を逆手に掴むと、石突で殴りかかってきた。


 私は極小の結界で受け止める。

 破壊されるまでの一瞬で飛び退いて距離を取った。


 こちらを眺める魔王は、槍を弄びながら微笑む。

 彼女は感心したように声をかけてきた。


「よい動きじゃ。まさか剣士に転向したのか?」


「分かっているはずだ。この剣術は借り物に過ぎない」


 感情を出さず、毅然と返す。

 私がただ努力しただけでは、決してこの領域には辿り着けない。

 おそらく不死者の半永久的な寿命を以てしても、再現はまず不可能だろう。

 死者の谷で技術や経験を吸収したからこそ、こうして疑似的に会得できたのである。


 魔王は深く長い息を吐き出した。

 兜の奥で遠い目をしているようだった。

 彼女は様々な感情の込められた声音で述べる。


「……ああ、忘れるはずもない。吾を屠った勇者の太刀筋よ。お主はそれを使いこなしておる。その馴染み具合を見るに、数え切れないほどの命を斬り殺してきたな?」


「目的のために必要だった」


 問いかけを受けた私は答える。

 今まで繰り返してきたのは、許されざる虐殺の数々だった。

 罪のない人間も等しくアンデッドに変えて、彼らの命を身勝手に浪費してきた。


 私が背負っているのは、もはや使命だけではない。

 幾万もの命を犠牲にこの場にいる。

 決して立ち止まってはいけない。

 私のもたらした死を、意味のあるものにするのだ。

 その責務があった。


 一方で魔王は私を見て顎を撫でる。


「ふむ。そういえば聞いておらんかったな。魔王を名乗るお主の目的とは何じゃ?」


「不滅の世界悪となり、人間同士の争いを抑止することだ。そうして恒久的な世界平和を実現する」


 答えを聞いた魔王は固まった。

 何か考え込んでいる様子だった。

 小さな唸り声も聞こえる。

 やがて彼女は呟く。


「――面白い。立派な目的じゃ。だが、その道は果てしなく険しい。進み続ける覚悟はできておるか?」


「…………」


 私は形見の剣の切っ先を魔王に向ける。

 言葉はいらない。

 これが意志表示であった。


 今更、問われるまでもない。

 魔王になったあの時から、私は覚悟を決めている。

 そうでなければ、ここまでやり切れていない。

 精神が破綻していただろう。


 私の反応を目にした魔王は、含み笑いを洩らす。

 そこには確かな親愛が窺えた。


「良い面構えじゃの。悪くない」


 魔王の手から再び槍が生み出された。

 そこには強烈な聖属性が宿っている。

 既視感があった。

 あれは今代勇者が使っていたものだ。

 当時は聖剣だったが間違いない。


(遺灰を取り込んだことで、能力を得たのか?)


 考えられるとすれば、それしかない。

 特に効果のない遺灰が、蘇りの術に組み込まれたことで力を発揮したらしい。

 そういった作用があったとしても不思議ではなかった。

 何より目の前で魔王が聖なる力を使っている以上、否定することはできない。


「休憩はここまでじゃな――行くぞ」


 魔王が突進の構えを取る。

 あの槍で何度も傷を受けるのは不味い。

 不死者である私にとっては致命傷となり得るだろう。

 魂の破損に繋がる恐れもある。


 私は彼女が動き出す前に瘴気の炎を放った。

 炎は辺り一面を燃やし尽くす。

 ところが魔王は槍を回転させて黒炎を絡め取ると、そのまま掻き消してしまった。


「惜しいな。これだけか?」


 私は返答代わりに魔術を使い、片手から雷撃と風の刃を飛ばす。

 魔王は空いた手に鱗と甲殻の盾を生成した。

 彼女は魔術を防ぎながら真っ直ぐ疾走してくる。


 そこへ私は瘴気の杭を発射した。

 杭は盾にめり込むも、魔王を傷付けることはなかった。

 続けて打ち込むも結果は同じだった。

 魔王は勢いを落とさずに接近してくる。


(かなり貫通力を高めたつもりだが、大した防御力だ)


 放たれた槍の突き上げを、今度はしっかりと受け流す。

 魔王がほんの僅かに体勢を崩した。


 その一瞬を利用して、私は槍に添えるように剣を走らせる。

 割り込んできた盾を両断し、さらに踏み込んで斬り上げを繰り出す。

 魔王の胴体に斬撃が叩き込まれた。


「……っ」


 魔王が槍の連続突きの反撃をしてきたので、後方への転移で躱す。

 まともに受ければ、途端に不利になってしまう。

 ここは確実に回避するのがいい。

 少し離れた地点に転移した私は、彼女の損傷を確かめる。


 魔王の胴体には、斜めに斬痕が残っていた。

 真っ赤な血が流れ出している。

 できれば胴体を断ち切りたかったが、踏み込みが浅かったようだ。


 魔王の纏う鱗と甲殻が蠢き、傷を塞いで見えなくした。

 あの内側で治癒を始めているのだろう。

 彼女は血に濡れた胴体を軽く撫でる。


「痛み……これほど生を実感できる瞬間はあるまい。そう思わないか?」


「傷を受けずに勝てるのなら、それが一番だ」


「クハハッ、お主はやはり堅物じゃのう。姿形が変わっても、根本の性格は変わっておらん。勇者を支える賢者のままよ」


 笑う魔王の足元から、何かが出現する。

 澄んだ金属音を鳴らして宙を回るのは、聖なる光で構成された鎖だった。

 数十本の鎖は、魔王を守護するかのように彼女の周りをうねっている。

 こうして眺めているだけで、存在しない目が痛む。


 あれは聖女マキアの神聖魔術だ。

 忘れるはずもない。

 あの光の鎖には、随分と手を煩わされたのだから。


 今代勇者の力を使った時点で予感していたが、魔王は聖女の能力をも使えるらしい。

 どちらも私にとって致命的な力である。

 対魔王という観点では最高峰だ。

 さすがに反則だと思うも、抗議したところで意味はない。


 魔王は、自らの槍と光の鎖を見やって苦笑する。


「これだけ聖なる力を帯びると、もはや魔王は名乗れんな」


 そう言って彼女は私を注視すると、這うように低い体勢で槍を構えた。

 研ぎ澄まされる殺気。

 またも空気が軋み始める。


「吾はまだ成長するぞ。死なぬように付いてこい」

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― 新着の感想 ―
[一言] バルク、完全に忘れられてる…。まだ倒れたまま? 先代魔王を支配しようなんて考えなければ戦う姿を見られたのに、欲張ったらだめですね。
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