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第108話 賢者は先代魔王と対決する

「…………は?」


 バルクが間の抜けた声を洩らす。

 彼は自らを穿つ槍と魔王を交互に見つめていた。

 開いたままの口から血が垂れる。


「えっ……いや、これ、は……なぜ……」


 バルクはようやく状況を理解する。

 彼はひどく混乱し、無意味な言葉を吐き始めた。

 演技ではない。

 バルクは本気で焦っていた。


 その時、鼻を鳴らす音がした。

 魔王が発したものである。


「――笑止。われを支配できると思うたか」


 魔王は低い声で言う。

 そこに込められているのは、怒りではない。

 大きな呆れであった。


 一方、バルクは吐血しながら弁明する。


「ま、魔王様……これは、違うのです。いや、実は」


「皆まで言うな。聞くに堪えん」


 魔王は槍を振るう。

 遠心力に引かれたバルクが宙を舞った。

 彼は遥か遠くに落下した。

 そこで大の字に倒れて血だまりを広げていく。

 四肢が弱々しく痙攣しており、起き上がりそうにない。


 魔王は自らの胸に手を当てる。

 そこに魔力が集中し、体内から数十の黒い蛇が引きずり出された。

 魔王はそれらを握り潰す。

 蛇は白煙を上げながら蒸発していった。


 バルクの仕込んだ隷属の術が破壊されたのだ。

 魔王は焼けた手を軽く振る。


「愚か者が。吾を縛ろうなどという考えが甘いわ」


 ため息を吐いた魔王は、ゆっくりとこちらを向いた。

 交錯する互いの視線。

 頭部を覆う鱗と甲殻が剥がれ崩れていく。


 そうして内側から現れたのは、灰色の肌をした女の顔だった。

 濃紺の髪を揺らし、側頭部からは二本の角が生えている。

 金色の瞳は、神秘的な輝きを帯びていた。


 先代魔王は、竜人族の女であった。

 その素顔は当時から少しも変わっていない。


「待たせたな。これで邪魔者はいなくなった」


 魔王は薄い笑みを湛えて槍を下ろす。

 彼女は親しげに手を広げた。


「賢者よ。再びお主に会えるとは思わなかったぞ」


「……私も同じ心境だ」


 すべては十年前に終わらせたつもりだった。

 こういった事態にならないように、死体は念入りに消滅させて、誰も復活できないようにしたのである。

 何事も完璧に防止するのはほぼ不可能ということだろう。

 最も起きてほしくない事態が起きてしまった。


 魔王が私をじっと見つめる。

 その次に王都を見た。

 彼女は感知魔術を使い、認識範囲を際限なく広げていく。


 魔王は世界を探っているのだ。

 十年の空白期間を埋めるように、点在する無数の情報を取得していた。

 状況把握を終えた魔王は、憐憫を含んだ眼差しを私に送る。


「吾を殺して世界に平和を取り戻すと息巻いておったが、その様子だと上手くいかなかったようじゃな」


「……この展開を予測していたのか?」


 私は思わず尋ねる。

 魔王の口調は、当然とでも言いたげだった。

 親愛や優しさすら感じられる態度である。


 魔王は私の問いに頷く。


「無論。人間とはどこまでも愚かなものよ。過ちの果てにいずれ自滅する」


 痛烈な皮肉であった。

 魔王は達観した考えを持っている。


 私は彼女の言葉を否定できなかった。

 それどころか、心底から同意してしまっている。

 人間が愚かであるのは、よく知っていた。

 この身を以て味わっている。


 魔王はそこで苦笑いした。

 私への同情が見え隠れしている。


「もっとも、お主が不死者になるとは思わんかった。力の源泉は死者の谷じゃな? まったく、とんだ禁忌に触れたものよ。あそこは吾でも近付きたくない」


「私だって、望んで飛び込んだわけではない」


 生前の出来事が脳裏を瞬く。

 痛みを伴う記憶だった。

 存在しない心臓が鼓動する感覚があった。


 魔王は槍を何度か回転させ、軽く構えを取る。

 記憶にある通りの構えだった。

 全方位からの攻撃すら凌ぐ超絶的な槍術である。


「さて。積もる話もあるが、そろそろ死合うぞ。覚悟を決めよ」


「やはりそうなるか……」


 復讐を企むバルクが死に、残るは先代魔王だけになった。

 これで戦う意義を失うかと思いきや、彼女はやる気になっている。


 魔王は槍を担いで息を吐いた。

 金色の双眸は、虚空を眺めている。


「この肉体には、勇者と聖女の因子が含まれておる。それらがお主を殺せと訴えるのじゃ」


「そうか……」


 私はバルクの話を思い出す。

 目の前に立つ魔王には、今代勇者と聖女の要素が混入していた。

 それを蘇りの礎としている。

 人格的には同一だが、かつての彼女とは別の存在と化していた。


「まあ、肉体的な事情を抜きにしても、お主とは戦いたいと考えておる。敗北したままというのも悔しかろう? 先代魔王の意地じゃよ」


 魔王は狂暴な笑みを浮かべる。

 思ったよりも好戦的だった。

 彼女は私との一騎討ちを強く望んでいる。

 そこに偽りはなかった。


「先代……私を魔王と認めるのだな」


「ん? 別におかしいことか? お主は吾を乗り越え、現代の英雄をも殺してきた。魔王を名乗るに不都合などあるまい」


 魔王は首を傾げる。

 何を言っているのだと言いたげであった。

 彼女にとって、私は紛れもなく魔王なのだろう。

 言うなれば後輩にあたる関係だ。

 いつの間にか認められていたらしい。


「しかし、せっかくこうして蘇ったのじゃ。お主の好きにはさせんぞ。この戦いに勝利して、吾は再び魔王を名乗ってみせよう」


 魔王は洗練された殺気を発散する。

 隙のない構えだった。

 間合いに立ち入れば、強烈な一撃を繰り出してくる。

 バルクを貫いた動きなど、彼女にとっては序の口であった。


 私を見据える魔王は、その顔に改めて笑みを湛える。


「……運命とは皮肉なものよな。まさか吾が次代の魔王を屠るための存在になるとは」


「不服か?」


「とんでもない。悔いが残っていたわけではないが、己の死後の世界を目にできたのじゃ。そして生涯唯一の敗北を挽回できる機会が巡ってきた。不満などあるはずもない」


 魔王は数歩だけ前進する。

 そして、研ぎ澄まされた闘気を極限まで高めた。

 彼女は私の隣を一瞥すると、どこか残念そうに呟く。


「惜しむらくは、勇者がいないことか。あの女はどこへ……という問いは無粋だな。訊かずともだいたい分かる。人間とはそういうものだ」


「…………」


 魔王はあの人の末路を察している。

 世界を救おうとする私達を前にして、このような未来を当時から予測していたのだろうか。


(……きっと分かっていたのだろう)


 魔王の性格ならありえないことではない。

 彼女はその上で私達と対峙し、世界の命運を決する戦いに挑んだに違いない。


「二人の魔王が殺し合うなど、またとない機会じゃな。互いに満喫しようではないか」


 魔王が言葉を発した途端、場の空気が軋む。

 きりきりと引き締まるような感覚だった。

 大地が揺らぎ、音を立てて亀裂が走る。


「――元賢者の魔王よ。先代の力をとくと見せてやる」


 甲殻と鱗が蠢き、彼女の頭部を再び覆い隠す。

 あっという間に兜のような形状になった。

 刹那、彼女の足が土を蹴り出す。

 先代魔王が、槍を手に突進してきた。

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― 新着の感想 ―
ルシアナは、マジで『一番強い』事が重要だったんだなぁ……。 強さの前には性別種族関係なくて、肉体的欲求も凌駕してるわけか。 それならスケルトンでも問題ないな。
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