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処刑された賢者はリッチに転生して侵略戦争を始める  作者: 結城 からく
第四章

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第107話 賢者は先代魔王と対峙する

 バルクの言葉は、私に少なくない衝撃を与えた。

 魔力反応の正体については、かなり前の段階から分かっていた。

 しかし、改めて明言されると平常心ではいられない。

 私にとって魔王とは、それだけ因縁のある存在なのだ。


「ははは、良い反応をしてくれるじゃないか。嬉しいぞぉ、貴様に見せたかったんだ」


 愉快そうに手を叩いたバルクは、そっと右腕を掲げてみせる。

 その際、緑色の目がじろりとこちらを見た。


「ドワイト、貴様が何を訊きたいか分かっている。なぜ右腕が現存しているのか。そうだろう?」


「……ああ、間違っていない」


 私は素直に頷いた。

 こちらの考えは見抜かれている。

 それならば、正直になって情報を引き出した方が賢明だろう。

 案の定、バルクは得意げな顔で語る。


「これは私が復元したものだ。魔王様の角を触媒に、複数の禁呪を用いて構築している。角は生前に譲り受けたものだ。三日三晩にも及ぶ懇願の末、直々にいただいたのだよ」


 バルクはおもむろに右腕を凝視すると、いきなり頬ずりを始めた。

 彼は呆けた顔でだらしなく笑っている。


「この圧倒的な魔力と瘴気……はぁ、堪らない。右腕だけでこれだ! あの御方が如何に素晴らしかったかよく分かるだろうっ!」


「悪趣味だな。崇拝対象の腕を杖代わりにしているのか」


「杖代わりではない。力をお借りしているのだよ。この光栄が分からないのかね」


 嘲るような表情になったバルクは右腕から顔を離した。

 対する私は断言する。


「分かりたくもない」


「はっは、貴様にはまだ早い話だったようだ。まあ、右腕だけで留まると思っているのなら大違いだ。今から続きを披露しよう」


 バルクは右腕をそばに置いた。


 すると腕の断面が蠢き、不気味に盛り上がる。

 そこから肩や胴体が生えてきた。

 さらに首と下半身と左腕のような部位まで膨らんでくる。

 今はただの肉塊だが、徐々に人型を形成しつつあった。


(放置するのは不味いな)


 私は斬りかかろうとして、寸前で思い止まる。

 直感的に危険を察知したのだ。

 これは、あの人の戦闘勘であった。

 迂闊に近付いてはいけないと囁いている。


 代わりに私は、数種の魔術を撃ち込む。

 いずれも音もなく肉塊に吸収された。

 少しも破損していない。


(ありえないほどの変換率だ)


 命中した術の魔力や瘴気を残らず取り込んでいる。

 剣で攻撃などすれば、たちまち力を吸い尽くされるだろう。

 肉塊は極端な再生力を発揮していた。


 私の行動を見たバルクは、指を振りながら舌を鳴らす。


「余計なことはしない方がいい。この状態は私でも制御できないのだよ。あとは発現するのみだ」


 右腕だけだったそれは、急速に形を変えていく。

 私の知る姿に近付いていた。

 それを認識した瞬間、脳裏を数々の光景が瞬く。


「……っ」


 頭に鈍い痛みを感じるも、気を抜かずに監視し続ける。

 一瞬でも隙があれば、そこを突かねばならない。


 そんな私の考えとは裏腹に、肉塊の成長は一向に衰えない。

 既に全身の形が完成され、血飛沫を立てながら細部の構成に取りかかっていた。

 今の状態で干渉すると、巻き添えで致命傷を食らうだろう。


(こうなると安定したところを攻撃する方が安全か)


 観察の末、私は結論を出す。

 ここで下手に手を出すと碌なことにならない。

 半端に発動した魔術ほど危険なものはないのだ。

 過去には初歩的な魔術の失敗で一つの都市が滅んだという話もある。


 少し遠くを見れば、王都が見えるような位置だ。

 ここは慎重に行動すべきだろう。


 一方でバルクはのうのうと話題を転換する。


「そういえば、なぜ私が生き返っているのか気になっていたな。冥土の土産に教えてやろう」


 彼は勝利を確信し、自らの功績を語りたくなったのだろう。

 勝手に喋らせておけばいい。

 慢心は必ず綻びを生み出す。

 戯言に耳を貸すのは癪だが、相対的には私の得が多かった。


「十年前、確かに私は貴様の魔術で死んだ。だが、自我の消滅だけは免れた。私の執念がそうさせたのだろう。貴様も同じような要領のはずだ。こうして対峙すれば分かるぞ」


 バルクの指摘は正しかった。

 処刑された私が生きていたのは、ひとえに執念の賜物である。

 様々な感情が渦巻く中、気付けば私は脆弱な不死者と化していた。

 自問自答を延々と重ねながら、十年間を生き永らえてきた。


「その後は簡単だった。何年もの月日をかけて破損した魂を修復し、適合しやすい人間の肉体を乗っ取った。仕上げにその人間の精神を砕けば、晴れて復活というわけだ」


 バルクの事情を知った私は、彼のしぶとさに感心する。

 簡単に語っているが、その内容は想像を絶するものだった。

 死を迎えた者が自力で魂を修復するなど、到底できることではない。

 それをバルクは、執念だけで乗り越えてみせたのだ。

 彼がどれだけ復讐心に燃えていたかがよく分かる。


 その時、鱗混じりの肉塊から瘴気の炎が噴出した。

 焼けるような音を立てながら、いよいよ姿形が安定状態へと移行していく。

 バルクは興奮した様子で両手を掲げた。


「そら、再誕するぞ。刮目するがいいッ!」


 最高潮にまで高まった炎が、時間をかけて静まる。

 炎の跡に佇むのは、一人の亜人だった。

 全身に鱗と甲殻の混合物を鎧のように纏っている。

 肌の一切が露出していない。

 その風貌は、重厚な鎧騎士を彷彿とさせる。


(――懐かしい。昨日のことのように思い出せる)


 十年前、世界を混沌に落とした人類の宿敵。

 私とあの人が死闘を演じた悪の化身。

 先代魔王が、そこにいた。


「ハッハッハッハ! これぞ至高! これぞ終焉! 魔王様が、ついに復活なされたのだァッ! 感謝するぞ、ドワイトよ。貴様のおかげで為せた偉業だ」


「どういうことだ」


 高笑いするバルクの言葉に、私は引っかかりを覚えた。

 魔王復活に協力した覚えなどない。

 阻止できるのなら、もっと早い段階で対処していたくらいである。


「魔王様の右腕には、角の他にもある触媒を使った。何か分かるかね」


「…………」


「今代勇者と聖女の遺灰だよ。貴様が荼毘に付して埋葬したものだ」


 バルクの説明に合点がいく。

 二名の遺体は、私が処理した。

 焼いて灰にした後、それぞれ戦った場所に埋めていたのである。


 バルクはそれを暴いたのだろう。

 私が共和国の首都に赴いた僅かな間に、二名の遺灰を盗み出したのだ。

 事前に場所を調査して、好機を窺っていたに違いない。


「遺灰には何の力も残っていなかった。しかし、魔術的な価値は大いにある。賢者と謳われた男なら、当てられるのではないのかね。遺灰はどのような意味を持っている?」


「――魔王を倒す者。魔王に殺された者」


 私は閃きのままに答える。

 それしか考えられなかった。

 するとバルクは、涙を流しながら私を指差す。


「素晴らしい! その通りだよドワイト。この二つの意味が重要なのだ。前者は貴様を葬るための事象を引き寄せる。後者は転じて魔王の生存を暗示する。どちらもこの御方の蘇りには欠かせない要素だ。貴様が勇者と聖女を殺したからこそ、実現させることができた!」


 魔王を倒す者とは、そのままの意味で私を殺す存在を指す。

 魔王に殺された者というのは、曲解して魔王は殺されていないと定義できる。

 一方が死んで敗者となっているのだから、勝者である魔王が死んでいるのはおかしいという論法だ。

 やや飛躍気味だが、そういった風に捉えられないこともない。

 これらの意味を内包する遺灰を使うことで、バルクは術の効果を確立させたのである。


(流石だな。見事と言う他あるまい)


 魔術には様々な系統が存在する。

 バルクが得意とする呪術は、屁理屈や誤魔化し、こじ付けを積み重ねることで力を発揮するものだ。

 一見すると無駄のように見えて、そこに意味を持たせる。

 結果として世界が歪む。


 此度の復活術は、呪術師であるバルクならではの発想だった。

 一級の触媒が揃っていたという条件があるにしろ、常人には真似できない手法である。

 魔王殺しのために魔王が誕生するという矛盾。

 バルクはそれをやり遂げてみせた。


「偽りの魔王よ。私は貴様を葬り去り、真の魔王軍を復興させる」


 そう言ってバルクが片腕の袖をまくり上げる。

 彼の腕には術式が刻み込まれていた。

 バルクはそれを魔王に触れさせる。


 術式が無数の蛇となり、腕を這いずって魔王へと浸透していく。

 どうやら肉体に魂を定着させたようだった。

 肉塊だった頃に比べて高い安定感を保っている。


 バルクは魔王の肩に手を置いた。


「魔王様の魂には隷属の術を仕込んである。自我はあるが、決して私には逆らえない」


「崇拝しているのではなかったか?」


「だからこそだ! 魔王様には理想の存在でいてもらいたい。私の頭脳が反映されることで、それが永遠に為されるのだ。嗚呼、何たる光栄! これほど待ち遠しかったことはないだろう!」


 バルクは歓喜の声を上げる。

 狂気に浸り切った目だった。

 崇拝と同時に、支配する愉悦を感じている。

 バルクは号泣しながら魔王に語りかけた。


「魔王様、目の前の不死者が分かりますか? あれは賢者ドワイトです。貴方様の手で始末してしまいましょう」


「…………」


 魔王が僅かに顔を上げる。

 頭部を覆う甲殻の奥から視線を感じた。

 その感情は読み取れない。


 魔王の片手に魔力が集中し始めた。

 指先から鱗と甲殻が溢れ出し、一本の槍が生み出される。


 それは、かつて私達を苦しめた武器だった。

 万夫不当の魔槍である。


「フハハハハハハッ! ドワイトよ、これで貴様も終わりだ。さあ、闇の時代の贄となるがいいッ!」


 バルクが邪悪な口ぶりで宣言する。


 直後、魔王の腕が動いて槍が霞んだ。

 私は反射的に身構えるも、すぐに唖然とする。


 ――魔王による神速の一突きは、バルクの胴体を貫いていた。

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