第104話 賢者は共和国に侵攻する
私は魔王軍の戦力を分散させ、領内各地に迫る共和国軍の対処に回すことにした。
幹部及び準幹部達を指揮官に据えて派遣する。
事態は同時多発的に進行していた。
戦力を固めて動かしていては間に合わない。
やや不安が残るも、手分けして投入するのが最適だろう。
私は彼らを信頼している。
一部、理性が危うい者もいるが、上手く働いてくれることを祈るしかない。
現状、単独で魔獣や魔族と渡り合える者は貴重なのだ。
頑張ってもらわなければ。
一方で私は、転移で共和国の首都へと赴く。
配下は連れていない。
共和国軍の対処に人員を割いている関係上、この采配となった。
ここは私だけで十分だ。
全力で戦う場合、配下は足枷になることもあった。
此度は共和国との戦争だ。
ならば中央部にあたる首都を調査した方がいい。
さすがにバルク本人が潜伏しているとは思えないが、何らかの手がかりがあるのではないだろうか。
主戦派による内乱はこの地で発生した。
バルクが共和国を新たな魔王軍に仕立て上げるつもりなら、その準備を密かに進めているかもしれない。
仮に手がかりが無かったとしても、別に構わなかった。
首都を始めとする重要都市を次々と破壊していくだけである。
旧魔族領と同じ要領で禁呪を連打して、共和国の領土を更地に変えてみせよう。
その規模の殺戮ともなれば、さすがのバルクでも何らかの行動を起こすはずだ。
今まではやられてばかりだったが、こちらからも攻勢に打って出なくてはならない。
後手に回るばかりでは、相手の思う壺である。
もはや共和国は存続させるべきではなかった。
バルクの思惑通り、魔族の国と化している。
魔王領と同質の脅威を有しており、世界平和の弊害となっていた。
将来的には、人々に多大なる不安をもたらすだろう。
(だから徹底的に破壊する。魔王の本領発揮の時だ)
私は以前のように首都の上空に出現した。
そこから街を見下ろす。
埋め尽くさんばかりの密度の魔獣が蔓延っていた。
呻き声を上げながら無意味に徘徊している。
魔獣にしては妙に大人しく、互いに攻撃している様子もない。
その光景は、私の支配下にあるアンデッドを彷彿とさせた。
バルクが何らかの手段で支配下に置いているのだろう。
魔獣達を注視したところ、今回は術の干渉が見受けられた。
やはり操られているようだ。
(ここに残っている個体は、首都の防衛用だろうか)
私は魔獣達を一望しながら推測する。
第一陣の戦力で魔王領を消耗させて、後ほど駄目押しに攻め込ませるつもりかもしれない。
どのみち排除しておいた方がいいだろう。
そうして観察していると、魔獣がこちらに気付いた。
翼の生えた個体や、脚力に優れた個体が一斉に接近してくる。
飛んできた炎や氷の息吹を防御魔術で凌ぐ。
なかなかの威力だが問題ない。
間を置かずに魔獣達が飛びかかってきた。
爪や牙による攻撃を繰り出してくる。
数に任せた暴力は、躱すだけの隙間が存在しなかった。
(だが問題ない)
私は空中を疾走し、形見の剣を振るっていく。
解体された魔獣が地上へと落下していった。
襲いかかる個体は肉片となって散る。
所詮は獣だ。
集団で襲いかかるくらいの知性しかない。
強靭な肉体はあれど、それを活かすだけの技量を持っていなかった。
剣を振るい続ける中で、私は魔術を行使する。
手から放たれた小さな火球が、流れるように落下していった。
そして、魔獣の只中に飛び込んで爆発する。
直撃を受けた魔獣は、燃え上がりながら四散した。
破裂した火球は、彼らの魔力を吸収して再構成される。
今度は二回りほど膨張していた。
復活した火球は、付近にいた別の魔獣に襲いかかって爆発し、さらに魔力を吸収して肥大化する。
あの火球は標的がいる限り半永久的に炸裂する。
爆殺した相手の魔力を吸収することで、威力を高めていくのだ。
魔力量の関係で人間相手だと持続できず、対象が魔獣だと絶大な威力を発揮する。
あとは放っておくだけで魔獣を自動追尾して殺戮していく。
あの火球は、既存の魔術を私が独自に改造したものだ。
魔獣を大量虐殺するために開発したのである。
標的を選べないので無差別攻撃となるため、味方のいる場所では使えない。
しかし、今回のような場面だと最適解に近かった。
さらに私は、ばらばらになった魔獣の死骸に意識を向ける。
死骸は独りでに蠢き、寄り合わさって百足のような肉塊のアンデッドとなった。
一匹が人間大の異形を際限なく生み出していく。
材料はいくらでも散乱しているため、遠慮なく組み合わせていった。
そうして出来上がった百足の大群を、未だ生存する魔獣へとけしかける。
同士討ちになっては困るため、爆発する火球とは反対方向に進ませた。
魔獣達は、あらん限りの力で百足を蹴散らす。
咆哮を上げて胴体を引き千切り、或いは頭部を踏み潰した。
さらには大口を開けて噛み砕く。
無数の百足は、瞬く間に倒されていった。
しかし、百足はアンデッドである。
肉の寄り合わせである以上、急所も存在しない。
たとえ粉砕されようが、別々の肉塊同士が繋がって蘇る。
百足はそのしぶとさを発揮して魔獣に反撃を始めた。
殺された魔獣は同じくアンデッドとなり、新たな犠牲者を増やすために動き出す。
形勢は徐々に覆りつつあった。
(もう大丈夫だな)
アンデッドに貪られる魔獣を見て私は判断する。
これで下準備は済んだ。
放っておいても魔獣達は駆逐されるだろう。
あとは頃合いを見て火球を解除すれば、アンデッドが勝手に増えていく。
生物が相手なら、私の力は絶対的な優位性を持つ。
たとえ術の支配が施されていようと、死者の谷の権能の前では無意味だ。
一切の効果を封じて効果を及ぼすことができる。
殲滅用の手段を放った私は、首都内の調査を開始した。
接近する魔獣を切り崩しながら、主立った施設を巡っていく。
その過程で様々な指示書や魔獣薬が見つかった。
いずれも密偵では探り切れなかった場所で、魔獣薬や内乱に関する新情報が判明する。
ただ、それらは既に過ぎたことであった。
今の段階で役立つことはない。
(あまり進展していないが、仕方ないか)
私は屋外で暴れている火球を解除する。
残りの魔獣はアンデッドに任せればいい。
収穫は乏しかったが、共和国の大戦力を事前に奪うことができた。
向こうが魔王領に侵攻するのなら、私は一人で共和国を攻撃する。
侵攻速度の観点で言えば、私の方が遥かに速い。
バルクが現れるまで、何度でも都市を滅ぼしてみせよう。
強い誇りとこだわりを持つ彼ならば、私の暴挙を黙認できないはずだ。
別の都市に転移しようとしたその時、付近に不審な魔力反応を感知した。
間も無く窓が突き破られ、何かが転がり込んでくる。
現れたのは下位の魔族だった。
白目を剥いて痙攣し、口から泡を噴いている。
体内の魔力が、何者かの干渉を受けて滅茶苦茶に掻き乱されていた。
むくりと起き上がった魔族は、白目をこちらに向ける。
「――ドワイト・ハーヴェルト。久方ぶりだな。賢者は引退したのかね」
魔族は小馬鹿にするような口調で尋ねてくる。
泡に塗れた口元は、愉悦に歪んでいた。