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第10話 賢者は首都を破壊する

 運河での初戦を制した魔王軍は、引き続き侵攻していく。

 国境を超え、ついには小国の領土へ踏み入った。

 暴虐の限りを尽くして、各所に設けられた防衛網や街を突破する。


 戦死者をアンデッド化して仲間とするため、軍の規模は爆発的に拡大していった。

 小国軍は圧倒的な数の差を前に虐殺される一方である。

 たまに聖魔術による反撃を試みてきたが、それで出せる被害などごく微小に過ぎない。


 こちらにはアンデッドの他にも魔物がいた。

 彼らに聖魔術の効果は薄い。

 度重なる勝利を味わった魔物達は、その力で兵士を蹂躙してみせた。

 彼らは破竹の勢いで小国の首都を目指す。


 一方、私は骨の馬車の中にいた。

 数百体のスケルトンを組んで造ったものだ。

 馬車を引くのはグールの馬で、魔王軍の最後尾をゆっくりと進んでいく。


 いずれもアンデッド操作の応用が為せる技だ。

 色々と権能の力を試すうちにできるようになった。

 別に私は徒歩でよかったのだが、ルシアナからこの方が魔王らしいと言われたのだ。


 確かに骨の馬車は目立つ。

 今後のためにも、私の存在を大々的に主張するのは重要だ。

 そういったやり取りを経て、この移動方法に落ち着いたのであった。


「面白いくらい順調ね。張り合いのある人間はいないのかしら」


 隣に座るルシアナは、退屈そうに息を吐く。

 当初は戦いに参加していた彼女だが、途中から飽きてこの調子だった。

 その気持ちは理解できる。


 小国はそれなりに対策をしていた。

 しかし、こちらの軍勢の力が強大すぎる。

 彼らは陥落した王都に攻め込むつもりだったようだが、とてもそれができるとは思えない戦力であった。


 やはり他国に唆されたか、侵略を強制されたのだろう。

 それも突き止めなくてはいけない。

 王城に行けば、証拠となる書類が見つけられるはずだ。

 余計な策略を巡らせた国には、相応の罰を与えようと思う。


 ただし、滅ぼしはしない。

 適度な損害で困窮させて、各国が協力し合うように仕向けるだけだ。


「小国は怠りなく崩壊させる。不測の事態は起きないに越したことはない」


 私の言葉に、ルシアナは不満げな顔をした。

 彼女は両脚をぶらぶらと揺らす。


「えー、そんなのつまらないわ。小さいとはいえ国なんだから、強い人間だっているものじゃない?」


 私は首を横に振ってルシアナの言葉を否定する。


「実力者はいるが、この軍勢をどうにかできる者など稀だろう。それこそ……」


「かつての勇者や賢者じゃないと無理。そう言いたいんでしょ?」


「…………」


 私は思わず沈黙する。

 返すべき言葉が思い付かなかった。


 少し口を滑らせてしまったが、概ねルシアナの言う通りだ。

 魔物の軍勢を相手にできる個人など、ほんの一握りに過ぎない。

 王国内で幾度も戦闘を行っているものの、未だにそういった人間を見かけなかった。

 私が人間だった頃でも数えるほどしかいなかっただろう。

 十年の月日を経たところで、そう簡単に英雄は生まれないのである。


「とにかく、小国はこのまま攻め潰して占領する。真面目に遂行しろ」


「了解。アタシ、やる時はやる女だから心配しないで」


 ルシアナは力こぶしを作ってみせる。

 冗談の目立つ彼女だが、元四天王の実力は健在だ。

 様々な魔術を行使できる上、戦いの中でも冷静さを失わず、的確な動きを取れる逸材である。

 配下と共に魔王のいない十年を生き延びた手腕は伊達ではない。


 その後、およそ半日ほどの移動の末、遠くに街の外壁が見えてきた。

 小国の首都である。

 そこまでの道のりに相手の軍はいなかった。

 隠れているという雰囲気でもない。


 外壁を利用した籠城戦に持ち込むつもりらしい。

 下手な迎撃で自軍の戦力が低下することを恐れ、決戦の場を首都に定めたのだ。


(潔いが、考えが甘すぎる)


 私の魔術なら、一撃で外壁を粉砕して侵入が可能だろう。

 防御魔術が張られていたとしても容易に貫通できる。

 小国はいよいよ進退ままならなくなったようだ。


 それを察した私は、ルシアナに声をかける。


「途中経過をグロムに連絡してくる。すぐに戻る」


「はいはーい。いってらっしゃい」


 見送りの言葉を口にするルシアナ。

 私は意識を集中させる。


 一瞬の浮遊感と共に、視界に映る景色が変わった。

 私は整然とした室内に立っていた。


 ここは王都の城内である。

 支配するアンデッドの一体に意識を乗り換えたのだ。

 訓練の結果、身体を破壊されずとも、乗り換えができるようになっていた。

 支配下のアンデッド間なら、距離を問わず可能である。

 転移魔術に比べると、消耗が極小で済むのが利点だ。

 円滑に行使できるように、最近は密かに練習していた。


「……ふむ」


 私が乗り移ったのはグールの身体だ。

 身体の調子を確かめていると、血肉が瘴気で蒸発し始めた。

 剥き出しになった骨は黒く変貌し、あっという間にいつもの姿となる。


 以前に試した際も同じ現象が起きた。

 どのようなアンデッドだろうと、強制的に黒いスケルトンのようになってしまう。


 私という存在がこの姿で固定されているのだろうか。

 現状、大して困ることはないが、少し気になるところではある。

 調整して他の外見で固定できるように練習してもいいかもしれない。


 私は転移魔術で謁見の間へ移動した。

 そこにグロムの気配を感知したのだ。


「ふんふーん、ふふーん」


 呑気な鼻歌が聞こえる。

 グロムは屈み込んで何かの作業をしていた。

 背後から覗き見ると、玉座を熱心に磨いている。

 鼻歌の調子からして随分と機嫌がいい。

 よほど浮かれているのか、私に気付いていない様子だ。


「グロム」


「な、ななっ!?」


 声をかけると、グロムは肩を跳ねさせた。

 彼はこちらを向くと直立不動の体勢を取る。

 反射的な行動としては百点満点だろう。


 グロムは露骨に狼狽えながら話しかけてくる。


「こ、これは魔王様! なぜここにおられるのでしょうかっ」


「途中経過を連絡しに来た」


「そ、それは有り難き幸せ。して、どういった状況でしょうか」


 玉座磨きについては触れず、私は此度の戦いを伝える。

 とは言え、話すべき事項は少ない。

 魔王軍が蹂躙を繰り返して小国領内を突き進み、もうすぐで首都に着くことくらいだ。


 それを聞いたグロムは胸を撫で下ろす。


「ふむふむ、当然の結果ですな。人間ごときが魔王様の軍勢に対抗できるわけがありませんから。わたくしもこうなると予想しておりましたぞ」


「おそらく明日には帰還する。引き続き王都の守護を頼む」


「ええ、お任せくださいませ。ご帰還の際は祝杯を上げましょう!」


 嬉しそうにするグロムを横目に、私は再び集中する。

 そして、骨の馬車で待機する身体に意識を戻した




 ◆



 私は上空に立つ。

 小国の首都を一望できる位置だ。


 私が正門を破壊したことで、魔王軍は足止めを受けずに都市内へ侵入を果たしていた。

 現在は戦闘も終盤に差し掛かり、既に兵士の過半数がアンデッドと化していた。

 私が何もせずとも勝敗は決していく。


「魔王サマーっ」


 眼下の惨劇を傍観していると、ルシアナが飛んできた。

 彼女は私のそばで宙返りをしてから静止する。


「戦況はどうだ」


「魔王軍は首都の大部分を掌握したわ。だけど一つ問題があって……」


 ルシアナは頬を掻いて苦笑する。

 彼女にしては歯切れの悪い言い方だ。

 なんとなく嫌な予感がする。


「何が起こっている?」


「監獄内で囚人に抵抗されて、アンデッドが次々と倒されているようなの。そこだけ増援が必要みたい」


 意外な報告だった。

 増援が必要なほどの損害が生じるのは予想外だった。

 それも監獄の囚人とは。

 苦戦する場面も一度くらいはあるかと思ったが、それは守りが最も厳重であろう城だと考えていた。


「血気盛んな人間が集まっているようだな。それで、相手の規模は?」


 私が問いかけると、ルシアナは返答を躊躇した。

 何か言いにくいことらしい。

 少々の間を置き、彼女はぼそりと発言する。


「……一人」


「何」


「たった一人の囚人が、魔王軍を相手に互角以上の戦いをしているの。おそらくだけれど、英雄に匹敵する実力者よ」

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